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真紅と黒

 

 その後、本部へと帰還したアイリスとクロイドの二人はブレアによって、怪我をしたことについてこっぴどく叱られ、それを聞きつけたミレットには半分泣きながら、片手で手刀を作った一撃を頭に入れられた。


 二人とも身体が汚れた状態のままだったが、それでも傷は治すべきだとブレア達に念を押されたため、すぐに医務室へと向かうこととなった。


 だが、ミレット辺りから自分達のことを聞いていたらしく、笑顔で待ち構えていたクラリスに笑みを浮かべたままで危ないことはするなと説教された事が一番怖かったが。



 そして「光を愛さない者(メフォストフィレス)」を封印した「悪魔の紅い瞳」を祓魔課に持って行って詳しく調べてもらった所、ちゃんとした方法で封印出来ていると確認が取れたため、そのまま魔法課の地下保存室へと保管されることとなった。



 一方、医務室で治療を受けていたローラは体調も元に戻り、完全に回復したため孤児院へとこっそり送ることにした。


 シスターと他の子ども達が起きる時間の前にローラを孤児院の自室まで送ったが、昨日の今日で髪をばっさりと肩の高さまで短く切ってしまったので、孤児院の皆からあとで何か言われるかもしれない。

 だが、頭の良いローラのことだ。その辺りの言い訳は考えているらしく、自分に任せて欲しいと言われた。


 今回の件で、ローラが魔具を使ったことは子どもだったことと、悪魔に取り入られていたという理由で魔的審査課に送られることはなかったと聞き、アイリスは密かに胸を撫でおろしていた。


 魔具回収という任務が終わったため、見習いのシスターに扮していたアイリスとクロイドは孤児院から引き上げることになったが、その後は時間を見つけてはアイリス一人で孤児院を訪れるようになっていた。

 一度、知り合ってしまえば、彼らのことが気にならないわけがないし、無理に魔法を使って倒れてしまったローラの体調を確認するためでもあった。


 髪を切った後のローラは以前の明るさを取り戻したと、シスター達がどこか嬉しそうに話していたため、アイリスもそのことに安堵していた。

 現在、ローラは嘆きの夜明け団に入団するべくこっそりと魔法についての勉強をしており、アイリスは魔法に関する本を貸したりするなどして、今も交流は続いている。



 孤児院の人事不足についても、アイリスがブレアに進言した事で本部で行われる課長会議の中でその提案が出されたらしい。

 繰り返された会議で決まったことは、修道課の魔法使いが見習いとして現場に入る体験期間を設け、この国の各地に置かれている孤児院へと派遣されては、現場の仕事を覚えるための研修を新しく作ったと聞いた。



 やっと全ての事が片付いて、アイリスはふっと溜息を深く吐いた。

 魔具調査課で書類仕事をしていたのだがつい先ほど終えて、今は自ら紅茶を淹れて一休みしているところだ。


 開いている窓からすうっと優しい風が吹き、アイリスは顔を上げる。


「……料理は出来ないが紅茶だけは得意なんだな」


 隣の席に座っているクロイドがアイリスの淹れた紅茶を飲みながら、ぼそりと呟く。


「失礼ね! 料理も練習すれば上手くなるわよっ! ……多分」


 料理の腕前の自信は全くないが、紅茶を淹れるのであれば負ける気はしない。こう見えて、自分は紅茶にはうるさい人間なのだ。


「最近、やっと落ち着いて来たな」


「ええ。……どうせ今頃、ハルージャが私の事を話の種にして、誰かに悪い噂をばら蒔いているんじゃない?」


 先日の任務の際に廃墟の教会が全壊した件だが、次の日にはすでに噂として教団内に広まっていた。

 正しい情報が広まるのならば、まだ良い方だがどこで歪曲されたのか、アイリスが教会の壁を蹴破って建物が崩壊したと言う噂が広まってしまっている。

 恐らく、ハルージャ辺りが話を捻じ曲げて広げているに違いない。


「まだ仲が悪いんだな……」


「まぁね」


 アイリスは呆れた表情で答えつつ、紅茶を淹れたカップに再び口を付ける。

 久しぶりに訪れた静かで穏やかな時間だ。


 だが、そんな穏やかさも勢いよく開けられた扉の音に全て壊されてしまう。


「――アイリス、クロイド! 次の任務だぞー!」


 扉を思いっ切りに開けて入ってきたのは相変わらず元気なブレアだ。

 先日の任務以降は会うたびに、身体は大丈夫なのかと問いかけて来ていたが、ここ数日でやっとその質問も問われないようになっていた。


「今、ミレットから情報を受け取って来てな。この前、強盗団から押収した魔具を販売した相手の名前が書かれた名簿があっただろう? それに付け加えて調べた情報をまとめた書類が出来上がったらしいぞ。ほいっ」


 そう言って、ブレアから遠慮なく投げ渡されたのは薄い冊子である。アイリスは数枚分だけ、書類を捲って見たが、一瞬では数えきれない量の魔具と買った相手の名前がずらりと記載されていた。

 どうやら、今回の魔具回収も中々、骨が折れそうだ。


「そこに誰が何を買ったのか、また住所が記載されている。あとはまぁ、各個人の秘密情報とか?」


 平然と伝えてくるブレアは笑顔のままである。

 何となく、この後に言われる言葉を予想してしまったアイリスは引き攣った表情のまま、顔色を窺うように訊ねた。


「……もちろん、今からですか?」


 たった今、書類仕事が終わったばかりなのに、という不満は決して顔には出さないように努めていたが、ブレアにはお見通しらしく、彼女はにやりと笑いながら、眼鏡のふちを指先で上げていた。


「これが終わったら、全快祝いとチーム結成のお祝いに、行列が出来る程に旨いミートパイの店に連れて行ってやるから」


 ブレアはぐっと親指を立てて右目でウィンクする。お酒好きのブレアのことなので、恐らくミートパイの店で飲むつもりなのだろう。

 だが、舌が肥えている彼女のことだ。その店のミートパイは凄く美味しいに違いない。


「よし、行くわよ。クロイド」


 食べることも好きなアイリスにとってはやる気が出るブレアの申し出に、気合が入った言葉をクロイドへと告げると彼は苦笑しつつも頷き返してきた。

 どうやらクロイドも、今から突然の任務が入っても構わないと思ってくれているらしい。


 立ち上がり、身支度を始める二人にブレアは思い出したように再び口を開いた。


「そういえば、クロイド。お前、今度の日曜日に魔法の使用許可の試験を受けるらしいな?」


「はい」


「そうか。まぁ、お前の実力なら、努力を怠らなければいけるだろう」


 現在、クロイドは任務の合間にアイリスから魔法についての勉強を教わっている。

 元々、頭が良いのかクロイドは飲み込みが早いため、アイリスとしても教え甲斐があった。


「準備は出来た? じゃあ、行くわよ、クロイド!」


「ああ」


「それじゃあ、宜しく頼むよ。――チーム『(アルバ)』!」


 手を振って来るブレアに二人は軽く頭を下げて、魔具調査課の部屋から出て行く。





 扉の向こうへと去って行った二つの背中をブレアは愛おしそうに見つめながら、小さく呟いた。


「全く……。子どもというものは、あっという間に成長するもんだねぇ」




・・・・・・・・・・



「はぁー……。やっぱり休まる暇なんて無いのねぇ」


 溜息を吐きつつも何故か任務に臨むことが、満更ではない気がしている自分は以前と比べて本当に変わったなと思う。


「仕方ないだろう。あれだけ大事を起こしたんだから。それでも減給にならなかったのはブレアさんのおかげだ」


「そうね……。あの人には一番、迷惑をかけているし……」


 アイリスは歩きつつ、身体をほぐすように背伸びする。

 メフィストとの戦いで身体に負った傷は全て治してもらっているがまだ本調子ではない。今日は誰かと争う事なく、無事に任務を完遂出来るといいのだが。


「さぁて、一仕事を終わらせてブレアさんに美味しいミートパイをご馳走してもらうわよっ!」


「はいはい……」


 アイリスの性格に慣れて来たのかクロイドはすっかり扱い方を会得しているようだ。

 隣で苦笑しているクロイドの表情は、彼が自分自身を受け入れたあの日から、ずっと穏やかなままだ。


 廊下を歩く二人に異物を見るような視線が集まるが、そんな周りの目なんて気にする必要はない。 


 ただ、自分達のやるべき事を遂行する。それがこのチーム『(アルバ)』という存在だ。

 アイリスはそう思っている。恐らく、隣に居るクロイドも。


 きっとこれからも、隣で支え合うように戦ってくれるのだろう。


 自分の全てに終わりが来るその日まで。

 二人が進む道のその先まで。




 今はただ軽視されている二人だが、『真紅の破壊者クリムゾン・クラッシャー』と『呪われた男』の名が、後世まで伝えられる事になるのを彼らはまだ知らない。


 前へ進むことを決意して、少しずつ歩き始めた二人の物語はまだ始まったばかりである。




   

                 暁編 完 

  

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