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古代魔法

 

 イリシオスは小さな拳を作り、何かに耐えるように爪を指に食い込ませながら、歯ぎしりをする。


「……何と愚かしいことを」


 幼い声色にも関わらず、イリシオスは怒りを含んだ低い声で独り言のように呟いた。

 目の前に立っているブレアも同じように思っているらしく、口では言わないものの彼女の冷めた表情を見れば、人に対して寄生する魔物に嫌悪感を抱いているのは明らかだった。


「医務室に確認したところ、魔物に寄生されて他の団員を攻撃した者がすでに数名おります。何でも、この魔物は寄生することによって、宿り主の意識だけでなく身体と魔力も操ることが出来るそうです」


「はぁ……。本当に厄介な奴を連れてきてくれたのぅ」


 イリシオスは自身が持っている魔法の知識の中で、ブレアから聞いた話に基づく魔法は何か存在していたか、記憶を辿るように探し始める。


 一人の魔女として生まれ、気が遠くなる程の時間を生きて、すでに1000年が経っている。見た目は少女のままでも、培ってきた魔法の知識と記憶ははっきりと思い出すことは出来た。


「……確か古代魔法の中に、近しい魔法ならあった」


 腕を組んだまま、イリシオスはぽつりと呟く。イリシオスの言葉にブレアは一歩だけ足を前に進めて来る。彼女としても、教団内が混乱している現状を早く治めたいのだろう。


「本当ですか」


「寄生する、というよりも相手の意識を魔法で乗っ取って、その者の身体だけではなく魔力さえも扱える魔法だ。……だが、従順魔法に近いこの魔法は古代魔法の類に入る。遥か昔に古代魔法に関するものは全て消滅させてきたはずじゃが……」


 自身が不老不死となった時代あたりには、生命に関する魔法は数多く存在していた。

 あの頃は「死」というものを極端に恐れていた時代だったからこそ、生命に関する魔法が次々と発案されては闇の中へと消えていった。


 例えば、死んでいる者と生きている者の魂を入れ替えて復活させる方法や、延命するために若い身体に魂を移し替える方法など、現代から思い返してみれば、倫理や道徳と呼ばれる枠組みに大きく反する魔法ばかりであった。


 古代魔法の多くは死と紙一重なものが多く、魔法使いの多くが犠牲となって、この世から去っていった。


 イリシオスの不老不死も古代魔法の一つで、己の身を魔法の犠牲として捧げることで、特定の人物を不老不死にするものだったが、失敗して今に至る。

 この魔法を行なった際、その場に居た自分以外の人間全てが犠牲となっていたことを思い出し、イリシオスはブレアに気付かれないように唇を噛み締める。


 いくら高度な魔法だとしても、古代魔法を推奨出来ない理由は、多大なる犠牲を支払うことになるのが一番の大きな理由だった。


 それでも、イリシオスが黎明の魔女と呼ばれているエイレーン達と「嘆きの夜明け団」を作った時代には生命に関する魔法、つまり古代魔法を扱える者は減少していた。

 それは当時、頻繁に起きていた魔女狩りの影響がかなり大きかったため、魔法を扱える者の方が珍しい存在へと移り変わったからである。


 だが、時代が移っても人の心までそう簡単に変わることはない。

 魔法使いの中には古代魔法を悪用する者もいたため、「嘆きの夜明け団」が創立された時期にそれらの魔法を使用することを一切禁じ、古代魔法に関するものは見つけ次第、全て焼却してきていた。


 ……古代魔法をいまだに扱える者がおるじゃと?


 この身に刻まれた古代魔法と同じ知識を持っている者が、まだ現代の世にいると言うのならば、危惧しなければならないことだ。


 魔法というものは、使う者の心次第で用途が大きく変化してくる。もう二度と、大きな犠牲を払う魔法を発展させないために、古代魔法はこの世から一片の欠片も残すことなく消滅するべきだ。


 イリシオスはふっと顔を上げて、更に現状について、ブレアに問いかける。


「それで教団内に侵入した混沌を望む者(ハオスペランサ)という悪魔は何をしておるのじゃ?」


 だが、イリシオスの問いかけにブレアが眉をほんの少しだけ寄せたように見えた。彼女がこういう表情をする場合、ブレアにとって良くないことが起きていることを表しているのだと知っている。


「……転移魔法陣を使って、姿を消しました」


「何じゃと?」


 転移をする魔法陣は、実は存在している。だが、教団内で人間を転移させることは禁止させていた。


 元々この次元にいる人間を同じ次元の別の場所に転移させるのはかなり高度な上に難易度の高い魔法だからだ。

 それは想像によって作られる召喚獣や別次元から呼び出す召喚魔の魔法とは全くの別物となってくる。


 対となる魔法陣同士を繋ぎ、無機物による転移なら今のところ成功している。だが、生き物を転移させるとなると、途端に難しくなってくるのだ。


 以前、小動物を使い、対となる魔法陣を二つ用意して、転移の実験を行っていた。

 一つの魔法陣から転移の魔法をかけられた小動物は吸い込まれるように魔法陣の中へと消えていったが、対となるもう一つの魔法陣に小動物は出現することがないまま、その姿を二度と見せることはなかったと実験の報告として聞いている。


 物理的に安全だと保障が出来ていない現在の魔法技術ではかなりの危険が伴ってくるため、教団の魔法使い達には転移魔法陣を使うことを禁じていた。


 その転移魔法陣を「永遠の黄昏れ」に属する悪魔はいとも簡単に使用しているということに驚愕と懸念を隠しきれずにいた。


「教団の中に潜んでいるのは分かっています。ですが、彼の目的が我ら教団の魔法使い達の魔力と血を回収するだけが目的じゃないことも有り得るかと」


「……わしか」


 ブレアの言葉を続けるように、イリシオスは気難しい顔をしたまま小さく呟く。


「……その可能性は、高いかと思います」


 師匠である自分に遠慮しているのか、ブレアは決して言い切らずに少々言葉を濁しながら同意してくる。


 これまで、不老不死である自分が持つ魔法の知識を狙って来る輩はどの時代にも数多く居た。

 それぞれが魔法使いとしての権威を高めるために、この身に宿るあらゆる魔法を会得することを望む者ばかりだった。


 中には不老不死のこの身体の一部を食べれば、その者自身も不老不死になれると異常な考えを持っていた者もいたくらいだ。


 小さな身体には1000年という気が遠くなるほどの時間の間に培ってきた魔法の知識と膨大な情報、そして――古代魔法が眠っている。


 もちろん、二度と古代魔法を使う気はないため、記憶の隅に置いて墓場まで持って行くつもりだ。不老不死の自分に墓場という終わりがあるかは分からないが誰かに古代魔法の知識を伝えることないだろう。


「……ふむ。教団の結界は破られたが、まだこの塔の結界は破られてはおらぬ。だが、念のために解除が複雑な結界を重ねて、防御に徹した方が良さそうじゃな」


 魔力を失ってしまった自分の身を守るために結界内に籠っていると思われるかもしれないが、全ては身体に溜め込んでいる禁忌とされる魔法を外に出さないためだ。


 強固な結界の中で、自分は守られるだけの身だ。外では数多くの団員達が魔物と戦っているにも関わらず、総帥である自分は傍観者にならなくてはいけないことは、何かが千切れそうに歯がゆく感じられる。


 それでも、自分が一歩でも結界の外に出れば、良くない事態を巻き起こす可能性だってあるのだ。


 禁忌の魔法を背負っている以上、感情的に行動することは出来ない。自分が死ぬことが出来る身ならば、古代魔法を全て闇に葬り去ることが出来るだろう。

 だが、それは出来ないことだ。


 死ぬことを許されないならば、生き続けて、守らなければならないのだ。

  


この度、新しい物語「呪魔狩りと夜凪の王子」の連載を開始しました。

こちらは「真紅の破壊者と黒の咎人」と同じ世界観で、約100年後くらいが舞台のお話となっております。

もし、宜しければどうぞなのです。

 

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