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水晶

 

 イグノラント王国の裏舞台に存在する魔法を専門とした秘密組織、「嘆きの夜明け団」の総帥であるウィータ・ナル・アウロア・イリシオスは、先程から幼い顔を苦いものを食べたようにかなり顰めて、腕を組んでいた。


 教団本部のそれぞれの建物自体に強固な結界が張ってあり、教団内で一番の高さを誇っている時計塔の天辺にイリシオスは住んでいた。

 まるで鳥籠に閉じ込められた姫のようだと遥か昔に揶揄する者もいたが、イリシオスは自らの意思で塔の天辺に閉じこもっていた。


 普段の生活をする上で、自身の身の周りを世話してくれる者がいるおかげで不便だと感じることはほとんどない。

 ただ、「不老不死」という身体を背負っている以上、安易に結界が張ってある塔の外に出ることは(はばか)られていた。


 もちろん、大事な会議や火急の用があれば、自ら塔を出て赴くことはある。それでも、塔の外に足を運ぶのは最低限に抑えていた。


「……全く、一体何が起きていると言うのじゃ」


 イリシオスは全く成長しない小さな背を精一杯に伸ばしつつ、開け放した窓の向こう側に見える景色に鋭い視線を向ける。


 先程、数度に渡る地響きによって、塔は大きく揺れていた。昔の事情により魔力を失っているが、自分は元魔女だ。

 数度の地響きが敵による襲撃であり、その襲撃によって教団全体を覆っていた防御の結界が破壊されたことはすでに感じ取っていた。


「ふむ……。魔物か」


 遠い場所に位置している塔の天辺からでも、運動場に黒く大きな影が落下してきたのは見えていた。

 運動場には武闘大会に参加していたほとんどの団員達が集まっているらしく、突然の魔物の襲撃にすぐさま対応してくれているようだ。


 だが、普通の魔物は夜行性であることが多いため、力がかなり強い魔物以外は昼間に出現することはほとんど無い。

 運動場で暴れている魔物が昼間の街中に姿を見せてしまっては、一般人は大混乱を起こしかねないに決まっている。早急に教団全体に結界を張って、魔物を閉じ込めることが得策だろう。


「これはハロルドの奴に結界の修復を急ぐように頼んだ方がいいじゃろうな」


 イリシオスは自らの背に合わせて作られている机の上に置かれた透明な水晶を手に取った。


 時代が近代化していくと共に、教団全体に電話回線を引くようになったのだが、昔から会話対象と交信する際にはこの水晶を使っていたのでこちらに慣れている分、使い勝手も良かった。


「――ハロルド」


 小さな両手で水晶を持ったまま、交信したい相手の名前を呼べば、すぐに水晶の中に交信相手側の景色が見え始めて来る。


 呼び出したのはハロルド・カデナ・エルベート。

 役職は総帥である自身に次ぐ「三碧(さんへき)黒杖(こくじょう)」の一人であり、魔法使いの名家エルベート家の現当主だ。


 その歳は70を超えているはずだが、魔法を研究することが好きで、自身の研究室に籠ってばかりの日々を送っている。


「ハロルド。おいっ、返事をせんかっ!」


 数度、名前を呼べば、水晶越しに見える光景にやっと白髭が伸びた老人が姿を現す。見た目の姿はイリシオスより遥かに年上だが、これでも彼は自身が魔法を教えた弟子の一人でもあった。


「おやおや、イリシオス先生。……どうかなされたのですか?」


 このハロルドという人物は研究に集中すると、中々自分の世界から帰ってこない場合が多いため、このように何度も名前を呼ばなければならないのが玉に瑕だ。


「全く、お主という奴は……。――ハロルド、お主が作った結界が壊された事くらい、すでに察知済みだろう?」


「そういえばそうでしたねぇ。わしはすっかり、団員の誰かが武闘大会中に誤って壊したのかとばかり」


 顎髭をさすりながら、ハロルドはのん気そうに呟く。どうやら本気でそう思っているらしい。全く、我が弟子の一人ながら、何とおっとりというか、のんびりというか。

 イリシオスは頭を抱えそうになるのを抑えつつ、重要事項を伝えることにした。


「少しは地下室から出て来いっ。……魔物が結界を壊して、教団の敷地に侵入してきておる」


「……ほう?」


 イリシオスの一言で、水晶越しに見えるハロルドの表情はほんの少しだけ険しいものへと変わっていた。

 団員に自身が作った結界を壊されるのは構わないが、敵である魔物に壊されるのは彼の中の魔法使いとしての矜持が許さないのであろう。


「教団に侵入した魔物を塀の外に出すわけにはいかぬ。今までと同じ強度の結界をすぐに張るのは無理だとしても、魔物を教団内に閉じ込めておくための結界ならすぐに張れるじゃろう?」


 挑戦的な瞳でイリシオスがハロルドに視線を向けると、彼は顎髭を撫でていた手を止めて、口元をにやりと緩めた。


「――お任せを」


 その一言だけを答えると、交信していた水晶はハロルドの姿を映さなくなってしまった。恐らく、向こうが交信を遮断させたのだろう。今すぐにでも結界の修復をしてくれるようだ。


 だが、そのことに安堵する暇はない。

 現在、何が起きているのかを確かめなければと思っていた時だ。


 足音が部屋の扉の向こうから聞こえ、少し慌てたように扉を三回叩いて来る。


「入れ」


 イリシオスの返事に、転がり込むように中に入って来たのは自分が受け持った弟子達の中で最年少のブレア・ラミナ・スティアートだった。

 普段、冷静である彼女の表情はかなり強張っており、魔物が教団内に侵入したこの状況が只事ではないことを暗に表していた。


 ブレアは扉を閉めると、すぐにイリシオスのもとへと真っすぐ歩いて来る。


「ご報告します」


「……何があった」


「現在、教団内に侵入した魔物についてですが……。その魔物を連れて来たのはブリティオン王国の組織『永遠の黄昏れ』に属する悪魔、混沌を望む者(ハオスペランサ)との情報が入りました」


「何じゃと?」


 先日、ブレアから聞いた話では、ブリティオン王国のローレンス家に属している悪魔と魔具調査課のアイリス達が戦闘を行ったと聞いている。その悪魔が教団に攻撃を仕掛けて来たということだろうか。


「彼が連れて来た魔物の体内には小型の魔物が大量に隠されており、その魔物による混乱が教団内で起き始めています」


 イリシオスがちらりとブレアの腰辺りに視線を向けると彼女の本気の装備である愛用の長剣が下げられていた。


「魔物自体は普通の魔物と同じ討伐方法で倒せるのですが……。少々厄介な性質を持っていまして」


「何じゃ。申してみよ」


「……この魔物には二つの種類があり、一つは身体に張り付くとその者の魔力と血を吸い取るようです」


「魔力と血を……?」


「はい。そして、回収し終えると自ら魔法陣を出現させて、どこかへ転移しているようでした。魔力と血を吸われた者は命に別状はないですが、それでも貧血のように倒れたままで、かなりの人数の団員が被害を受けております」


 団員が被害を受けている、という言葉にイリシオスは幼い顔を思いっ切り顰めた。

 人的被害が出ることを一番心苦しく思っていることをブレアは分かっているらしく、自身と同じように眉を深く寄せながら頷いていた。


「そして、もう一種類の魔物がかなり厄介でして」


 ブレアは一つ咳払いしてから、気まずそうに告げる。


「黒い姿をした魔物は、人に寄生するらしいんです」


「……」


 自分がどんな顔をしているか、それはブレアの反応を見れば分かる。

 ブレアもまた、教団内を掻き回す魔物に対して同じように思っているらしく、その表情は無表情であるのに、冷めているように見えた。

   

   

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