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医務室

 

 負傷した団員を医務室へと連れて行ったが、医務室はアイリス達の予想以上にごった返していた。

 怪我をしている者、気絶している者で医務室内は溢れており、その中でも特に目立ったのが黒い魔物に寄生されている団員の姿だった。


 先程、アイリス達が対峙したジャスだけではない。すでにジャスを含めた5人の団員が身体のどこかに黒い魔物から寄生されている姿が目に入って来た。

 彼らは身体だけでなく手足も動けないようにと、ベッドの鉄製の支柱に布製の紐で固定されていた。


 魔法で眠らされている者もいるようだが、意識がある者はどうにかして縛られた身体から自由を得ようと、もがいては人間らしくない叫び声を上げている。


「……」


 医務室での惨状を見たミレットの表情はすでに青いものとなっている。怪我人を見慣れているアイリスでさえ、思わず一歩後ろへと足が下がってしまった。 

 医務室の中は混沌という言葉が似合う程に人で溢れては、怒号、悲鳴、呪文の言葉が飛び交っていた。


 医務室の入口辺りでアイリス達が呆然としていると、その姿に気付いた修道課のクラリスが慌てたように声をかけてきた。


「――アイリス?」


「クラリスさん……」


 クラリスは忙しそうに医務室内を動き回っていたようだが、それでも医務室内全ての現状を把握するために目を光らせているらしい。


 アイリス達を追いこすように別の負傷者が担ぎ込まれるや否や、クラリスと同様に治療を専門としている他の団員に軽く指示を飛ばして応対を任せつつ、アイリス達の方へと近付いて来る。


「そちらの団員はどうしたの? ……とりあえず、こっちへ」


 クロイドが抱えている負傷した団員を見たクラリスは眉を深く寄せつつも、すぐにベッドが空いている場所へと案内してくれた。


 入口に近いベッドはほとんど他の負傷者達で埋まっており、いくら医務室に設置されているベッドの数が多くても、このまま負傷者が増え続ければ、空きが足りなくなるのは目に見えて分かった。


「……魔物に寄生された人に襲われたんです」


 アイリスは声を少し落としつつ、隣を歩くクラリスに向けて、負傷した団員についての説明を簡潔にした。


「そう……。同じことが他の人でも起きていたのね」


 クラリスの言葉は、医務室内に連れて来られた魔物に寄生された団員達も、自意識を乗っ取られたまま他の団員を襲ったという意味が暗に含められていた。


「この人の傷で一番深いのは背中だけ? ああ、応急処置の魔法はかけてあるのね。……ゆっくりとうつ伏せの状態でベッドの上に下ろしてあげて」


 苦渋に満ちた表情をしつつも、クラリスはクロイドに指示を出す。


「はい」


 クロイドは出来るだけゆっくりと、負傷した団員をベッドの上へと下ろした。

 白いベッドは団員に付着していた血がシーツへと移ったのか、少しずつ色を白から赤へと染めていく。生々しい色に、ミレットは少しだけ視線を逸らしているようだった。


 クラリスはすぐに魔具である白手袋を取り出して、顔を顰めたまま気絶している団員に止血と止痛の魔法をかけはじめる。


「――とめどなく流れるもの、堰に阻まれよ。身に及ぶ痛みは風と共に消えよ」


「……」


 負傷者がよく医務室へと運び込まれるためか、クラリスの治癒魔法の手際はかなり素早かった。

 医療を専門としているクラリスの魔法がよく効いているらしく、それまで辛そうな表情をしていた団員の顔が少しずつ柔らかいものへと変わっていく。


「……命に別状はないみたいね。糸で縫う程までじゃないけれど、背中に大きな傷がある以上、傷口を消毒して綺麗にしないと薬も塗れないわね」


 ここから先は自分達に出番はないだろうとアイリスは一歩、クラリスへと近付く。


「クラリスさん、すみませんがその人の治療、宜しくお願いします」


「ええ、任せて頂戴。……でも、まさか教団内に魔物が出現したことで、こんなにも混乱するなんて……」


 常に冷静なクラリスでさえ、医務室に溢れる団員達の数の多さを見た事はないらしい。


「アイリス達は魔物に寄生された人がどうなるか、その様子を見たのよね?」


 クラリスは細めた視線をベッドに固定されるように縛り付けられている団員に向けつつ、どこか悲しそうに呟く。


「……先程、剣を交えました。一度は腹部を殴って気絶させたのですが、すぐに意識を取り戻し、立ち上がっていました。眠りの魔法なら、少しは有効みたいですね」


「そう……。やっぱり、寄生された人を眠らせる以外に、今のところは良い方法が見つかっていないみたいね」


 クラリスの声に重なるように、すぐ近くの場所から奇声にも似た声が上がる。

 魔物に寄生されている団員が、身体が固定されたベッドから逃げようと暴れているらしく、かなり激しい音が耳に入ってきていた。


「……医務室も、魔法課も手は尽くしているけれど、寄生する魔物の引き剥がし方さえ、まだ分かっていないの。……このまま、同じように寄生された人が増えるなら、人的被害は止まることがないでしょうね」


「……」


 クラリスの言葉に、アイリス達は何も言葉を返せずにいた。

 現状として、被害を防ぐには魔物から寄生されないように自衛するしか方法はないと分かっているからだ。


「……私達は引き続き魔物討伐の方に戻ります。クラリスさんも、寄生する魔物には十分に気を付けて下さいね」


「ええ。……あなた達も、どうか気を付けて」


 心配そうな表情でクラリスは小さく頷く。医務室に勤める彼女としても、これ以上、魔物による被害は出て欲しくないのだろう。クラリスのいつもと同じ優しい微笑みは彼女から消えたままだ。


「では、行ってきます」


 クラリスに軽く頭を下げてから、アイリス達は背を向けた。




 医務室から出る前にアイリスは拾っておいたジャスの長剣を持って、ベッドの上で眠りの魔法によって寝かされているジャスのもとへと近付いた。


「……」


 ジャスは他の団員と同じように、布製の紐によって身体を動けないようにとベッドに固定されていた。

 彼の仲間の団員はジャスが寄生された状況を医務室勤務の医師に詳しく話しているらしく、今はこの場から離れている。


 眠ったままのジャスの表情は穏やかで、虚ろな瞳が先程までそこにあったのかさえ、疑いたくなるほどだ。

 だが、彼の左肩に張り付くように乗っている黒い魔物の存在だけが、ジャスが起こした異常な行動の原因なのだと物語っている。


 アイリスはジャスの長剣を彼が寝ている場所から、手が届かない場所へと置いておくことにした。


 ……早く、黒い魔物を捕まえないと。


 どこかに潜んでいる黒い魔物を検体として捕らえることが出来れば、魔法課でも詳細に調べやすいだろう。

 それだけではなく、寄生されている団員から魔物を引き剥がし、元の状態に戻すことだって出来るかもしれない。


 アイリスは眠っているジャスから視線を逸らして、自分を待っていたクロイドとミレットの方へと向き直る。


「ミレット。魔物の捜索をお願い」


「了解」


 アイリスの頼みにミレットは快く答えて、千里眼で魔物の居場所を捜索し始める。その間にも医務室には魔物によって傷を負った者が次々と担ぎ込まれていた。


 血の匂いが濃く、鼻の奥へと到達して来る。嗅ぎ慣れた匂いであるにも関わらず、今は鼻を摘まんで匂いを遮断してしまいたかった。

 だが、今は甘い考えを捨てるべきだ。


 ……私は、私の出来ることを。


 心ばかりが焦っていても意味がないと分かっている。それでも――傷付き、呻く団員達の姿が残像のように頭の奥に残り、消えなくなっていた。


   

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