危惧
「……はぁー……」
「こ、これで……一安心、なのか?」
それまで、起き上がったジャスからの攻撃に構えていた団員達は一安心したのか、魔具を持つ手を少しずつ下ろしていく。
余程、安堵しているらしく、肩の力が盛大に抜けているのか、彼らが手に掴んでいる魔具は今にも掌から抜け落ちそうだった。
アイリスはすぐにクロイドの方へと振り返った。彼はすでに負傷している団員の応急処置があらかた終わっていたらしく、突然の危機に対して手助けしてくれたようだ。
眠りの魔法は使い手によって、対象に魔法がかかるまでの時間が変わって来るものとされている。
クロイドがジャスに眠りの魔法をかけてから、ジャスはすぐに眠っていたので、そこからクロイドの魔法の技量の高さが窺えた。
こうやって、突然の事態にも対応出来るようにクロイドは様々な魔法を身に付け続けているのだろう。見知らぬところで努力している彼には感謝しかない。
「ありがとう、クロイド。二度も助けられたわね」
「相棒だからな。気にするな。……だが、アイリスの一撃を受けて、気絶しないなんて……」
クロイドは地面に倒れているジャスを細めた瞳で見つつ、気難しい顔をしている。確かに、クロイドの言う通りだろう。
アイリスも一切、手加減せずにジャスのみぞおちに一撃を押し込んだが、これが通常の場合だったら、即効で相手は倒れているはずだ。
「眠りの魔法も一時的にしか効かないかもしれない。早めに彼を医務室に連れて行こう」
「お、おお……」
クロイドの提案に、安堵によって呆けていた団員2人は我に返ると、芝生の上に倒れているジャスを運ぶために、手に掴んでいた剣を鞘へと収め直した。
黒い魔物に触れないように注意しつつ、団員2人はジャスの肩に腕を回して、左右から身体を担ぎ上げるように立たせる。
「こっちの負傷者は俺達が運ぶ。先に彼を医務室へ。……目覚めた後のことも考えて、武器になりそうなものは剥ぎ取っておいた方がいいかもしれない」
「分かった。……手助けしてくれて、ありがとうな」
「十分に気を付けてね」
アイリスの見送る言葉に対して、団員2人は首を縦に強く振った。運ばれていくジャスを眺めつつ、アイリスはクロイド達の方へと振り返る。
「応急処置は済んでいるのよね? その人も早く運びましょう」
「俺が彼を抱きかかえるから、アイリスとミレットは周囲に魔物が潜んでいないか注意していてくれないか」
「それなら、私の出番ね。医務室までの通路に魔物が居ないか先に捜索しておくわ」
ミレットは外套の下から魔具である千里眼を取り出すと、すぐに周囲と医務室までの通路に魔物がいないか調べ始める。
クロイドは負傷している団員に重さが軽くなる魔法をかけてから、激しく動かさないように注意しつつ、抱き上げていた。
「……」
ふと視界の端に煌めくものが見えた気がした。アイリスは太陽によって何かが反射したように見えた方へと身体の向きを変える。芝生の上に無造作に落ちていたのは先程、ジャスが使っていた長剣だった。
アイリスはジャスが落としていった長剣を無言のまま拾い上げる。
ジャスとの戦いの中で魔物に寄生されたならば、どのような状態になるのか、もう分かっていた。
……意識だけじゃない。自分が持っている記憶まで寄生している魔物に伝わっていたということ?
でなければ、それまでジャスが長剣を持っていたにも関わらず、武器が手元から離れたとは言え、すぐに別に持っていた魔具の存在に気が付くには、寄生している魔物がジャスのことをあまりにも理解し過ぎているように感じたのだ。
アイリスが深く思案していることに気付いたのか、負傷した団員を抱えていたクロイドが進もうとしていた足を止めて声をかけてくる。
「……アイリス?」
その声にアイリスははっと我に返り、すぐにクロイドとミレットの元へと駆け足で近寄った。
「ちょっと、考え事をしていたの。……行きましょう」
いくら魔法の技術がそれなりに高いクロイドが負傷している団員に応急処置として治癒魔法をかけていても、医療に関しては素人だ。早く医務室の医者に診せる方がいいだろう。
ミレットは千里眼を使って、周囲に魔物の気配がないか調べているようだ。アイリスもクロイド達を守るために警戒を解くことなく、周りを見渡しつつ歩いた。
「……それにしても、人に寄生する魔物があれほど恐ろしいものだったなんて……」
「え?」
ミレットが魔法を使いつつもぼそりと呟いたため、アイリスは思わず聞き返していた。
「いや、だって、怖いに決まっているでしょう。さっきの人は……魔物討伐課の中堅より少し下くらいの実力の人だったから、まだ太刀打ち出来たけれど……。もし、あの黒い魔物が魔力や戦闘能力が高い人に寄生して、暴れ回るのを想像したら背筋が凍るだけじゃ足りないくらいよ」
「……」
「下手すれば、教団の建物が崩壊、人的被害も最大になりかねないわ。……討伐する以外で、早めに何か手を打たないと」
ミレットが気難しい顔をしながら、先導するように廊下を歩いて行く。
情報通の彼女のことなので、寄生する魔物について色々と調べてくれているのだろうが、やはり情報収集は上手くいっていないのだろう。
今、手元にある少ない情報の中で、アイリスも寄生する魔物について考えを巡らせてみる。
あの黒い魔物は最初から人の手が触れられないように防御の力が働いていると、先程ジャスの仲間達が言っていた。
……でも、それならどうして黒い魔物は人の身体に触れることが出来ているのかしら。
ジャスの肩に載っていた黒い魔物は身体に張り付くように、針を体内へと食い込ませ、細い脚で皮膚を噛むようにしがみ付いていた。
もしかすると、防御に徹しているのは魔物の殻の部分だけで、針と脚の部分には防御の魔法はかけられていないのだろうか。
もしくは、寄生されている間は魔物に触れる際に防御によって跳ね返されることで起きる痛みさえも感じられないようになっているのかもしれない。
……寄生されたいわけじゃないけれど、寄生されなければ分からないことも多そうね。
アイリスはぐっと込み上げて来る悔しさのようなものを飲み込んだ。教団にはかなりの人数の魔法使い達が存在している。
だが、それは逆を言えば、大きな力を使える者が揃っているということだ。
……まるで、監獄みたいだわ。
教団という外から隔離されたこの場所に放たれた魔物を全て討伐するまで、簡単に安心は出来ない状況となっている。
しかも、自分の仲間が敵となって攻撃してくる可能性だってあり得るのだから、気が休まらないわけがない。
「……私達が思っているよりも、この戦いは長期戦になりそうね」
アイリスの言葉に、クロイドとミレットは黙ったままだ。耳を澄ませば、どこからか人の怒声に近い声が耳へと入って来る。ここ以外の場所で同じような現状が起きているのかもしれない。
それでも、今の自分達にはこの現状を最善へと持って行くために何が必要なのかさえ分からなかった。




