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加勢


 アイリスの言葉の意味を深く受け止めたのか、ミレットが喉を鳴らすように唾を飲み込む。


 クロイドも今の状況の中で、魔物に寄生されている相手の気を失わせる以外に暴走を止める方法はないと思っているらしく、アイリスの意見に賛成するように頷き返してくる。


「――行くわよ」


 アイリスの合図と共に、三人は同時に動き出す。

 視界の端でクロイドが倒れている団員に向けて治癒魔法をかけはじめたことを確認し、アイリスは魔物に寄生されている団員の仲間2人に声をかけた。


「――加勢するわ」


 仲間相手に剣を振るうことを躊躇っていた団員2人の前にアイリスは跳び出し、ジャスと呼ばれていた男の前に対峙する。


「……」


 割って入って来たにも関わらず、自分自身以外は敵だと思っているのか、虚ろな瞳をしたジャスは迷うことなくアイリスに向けて長剣を振り下ろしてきた。


 しかし、アイリスは手馴れたようにジャスの長剣を片手に握っている短剣で軽々と受け止めて、押し込むように相手へと跳ね返した。


「君は……」


 アイリスの突然の登場に団員2人は驚いていると同時に、安堵しているようだった。

 誰しも、仲間が暴走すれば訳が分からないに決まっている。彼らの表情はまさに混乱という言葉が似合うものが表われていた。


「今のうちに呼吸を整えて。……仲間相手に剣を交えることはやりづらいでしょう。私が彼の相手をするわ」


「それは……」


 アイリスの言葉が図星だと言わんばかりに団員2人は黙り込む。


 ジャスの方へと目をやると、アイリスによって剣を跳ね返された反動で地面の上に身体を倒していたが、すぐに起き上がり、再び一歩ずつアイリス達の方へと近付いて来ていた。

 どうやら、こちらを完全に倒すまで、向こうは攻撃を止めるつもりはないらしい。


 ……でも、何のために自分以外のものを攻撃しているのかしら。


 寄生している魔物が人間は敵だと認識しているからこそ、自分以外の人間を襲うのだろうかと考えたが、今はその疑問に考えを巡らせる時間はないため、アイリスは頭の隅に置いておく事にした。


「今、私の相棒があなた達の仲間を治療しているわ。……あなた達に怪我は?」


「な、ない。やられたのはあいつだけだ」


 団員2人は肩で息をしつつ、しっかりとした声で返事をする。それでも顔は青白く、やはり恐れが混じった表情をしていた。


 任務で荒事に慣れている団員は多いと思うが、まさか自分達の仲間が敵となって対峙する状況などには陥ったことないはずだ。

 動揺から平静へと戻ることが出来ないのは、仕方がないことなのかもしれない。


「そう……。それで、どういう状況で彼は魔物に寄生されたの」


 アイリスは虚ろな表情まま、身体をゆらりと動かしているジャスに剣先を向けつつ、団員2人に状況説明を求めた。


「お、俺達は4人で魔物討伐をしていたんだ。一度、休憩を取ろうとして、ここで別れて暫くして戻ってきたら、ジャスの奴が苦しそうな顔をして地面の上に倒れていて……」


 説明をしていた男は一度そこで言葉を切ってから、悔しそうな表情をする。別行動を取らなければこんなことにはならなかったのかもしれないと思っているのだろう。


「そうしたら、黒い魔物があいつの肩に張り付いていたんだ。何とか取ろうとしたが、防御の魔法でもかけられているのか、触れなくて……。あいつの目が覚めたかと思えば、急に俺達を攻撃し始めるし。もう、何が何だか……」


 突然の仲間からの攻撃に団員2人は心身ともにかなり疲弊しているようだ。

 確かに一歩間違えれば、自分の仲間を殺してしまう可能性も、自分がやられてしまう可能性もあるのだから、身が削れないわけがない。


「なぁ、ジャスの肩に張り付いているあの黒い魔物が、さっき悪魔が言っていた寄生する奴ってことだろう?」


「……ええ」


 比較出来る魔物をアイリス達は先程、食堂で見てきている。

 ジャスの肩に張り付いている黒い光沢を帯びた昆虫型の魔物は明らかに赤い魔物と見た目は別物だし、何よりジャスの様子がおかしいことから間違いなく寄生する魔物だろう。


「どうにか、あの魔物を切り離せればいいんだが……」


「でも、それだとジャスを怪我させちまうかもしれないだろうっ」


 少し言い合いになり始めた団員2人の言葉を遮るように、アイリスはわざとはっきとした言葉で言い切った。


「――気絶させるわ」


「え……」


「本人に自意識がなければ、意識を失わせればいいのよ。……大丈夫、大きな怪我はさせないから」


 アイリスの言葉に、何と反応すればいいのか団員2人は迷っているようだ。だが、魔物に寄生されたジャスの気を失わせなければ、暴走が止まることは無いだろう。


「……あんたに、任せていいのか」


「あなた達2人だと仲間相手に剣を向けるのは、やりづらいでしょう? 私は彼の知り合いじゃないもの。躊躇う要素がないわ」


 はっきりと答えるアイリスに対して、男達は何かを決断したのか、お互いの顔を見合わせつつ頷き合っていた。


「……すまない。頼んだ」


「ええ」


 やはり、彼らとしてはいくら魔物に寄生されているからと言って、普段から仲間として接している者に剣を向けることはやりづらくて仕方がないのだろう。

 その気持ちはアイリスもよく分かっていた。


 ……もし、仮に……。クロイドやミレット……私の知り合いが同じ状況に陥ったら、私は――。


 自分は、大事な人に剣を向けることが出来るだろうか。そんなことを考えてしまう。

 だが、今は目の前のことに集中するべきだと小さく頭を横に振って、息を整えた。


 虚ろな瞳をしているジャスは意識がないにも関わらず、アイリスの隙を探しているのか、ゆらりと動いてはこちらの様子を窺っている。


 ジャスは長剣が彼の得物らしいが、ハオスが言っていた言葉通りになるのなら、寄生している魔物がジャスの魔力を使って、戦闘中に魔法を放って来る場合だってあるかもしれない。

 その辺りはしっかりと注意しておいた方がいいだろう。


 団員2人が後ろへと数歩下がり、自分の周りに誰もいないことを確認してから、アイリスは短剣を軽く薙いで、空気を切り裂く。


「……」


 戦う準備はすでに出来ている。あとはどう動くか、それを見極めようとしていた時だ。

 ジャスが剣を平に倒して、アイリスに向けて槍のように突如として突き刺して来たのである。


「っ!」


 しかし、武闘大会の試合の中で何度も見た事がある一撃にアイリスは素早く身体を反応させる。

 遠慮なくアイリスの頭を狙ってきた長剣を自らの短剣の刃で滑らせるようにしながら避けつつ、アイリスは下から上へと突き上げるように、ジャスの剣を空に向けて跳ね返した。


 激しい金属音がその場に響き、アイリスの力の方が勝ったのかジャスの長剣が彼の手元から離れて行く。

 今こそ、ジャスを気絶させる絶好の機会だと思い、アイリスが彼の間合いに入ろうとした時だ。


「――おいっ! ジャスの魔具は一つじゃないからな!」


 背後に下がっていた団員が思い出したように突然叫んだ声が聞こえた。しかし、その忠告はアイリスにとってはすでに遅いものとなっていた。


 手元が空になったジャスは空中を回転しながら舞う彼の得物に見向きもせず、アイリスに向けて、空の右手を向けて来る。

 いや、向けられた右手首から見えたそれは――魔具の腕輪だった。


「っ……!」


 それでも、気付いた時には一歩遅かった。



   


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