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対峙


 食堂の扉から外へと出て、魔物が侵入しないようにとアイリスは扉をしっかりと閉めたことを確認する。あとは調理員の人達が食堂内に魔物が侵入出来ないように結界を張ってくれるはずだ。


 ふと視線を感じたので振り返ると食堂の外の壁際では、ミレットが結界を張った状態でアイリス達の帰りを待っていたようだ。


「お疲れ様。無事に終わった?」


「ええ、問題なく」


 アイリスの返事を聞いたミレットは、アイリス達の身体を上から下まで眺めたあと、怪我がないことを確認出来たらしく、満足そうに頷いていた。


「それじゃあ、次の魔物を探すわね」


 ミレットは自身を囲っていた結界を解いてから、外套の下から千里眼を取り出す。


 だが、その間に魔力反応を察知したのか、クロイドがぱっと素早く動き視線を巡らせる。彼の視線が定まった先には、廊下の壁に張り付く昆虫型の魔物が壁を上っている姿があった。


 その一匹に向けて、クロイドは迷うことなく魔法を放つ。吹きさらしの渡り廊下であるため、魔法は運動場の場所で放たれた炎の玉よりも、大きさも熱量も抑えられていた。

 クロイドの動きは一瞬で、アイリスが瞬きして、瞳を開けた瞬間には魔物は灰となって消えていった。


「……鮮やかな手捌きね」


 アイリスがクロイドに微笑を浮かべると、彼は小さく肩を竦めながら短く息を吐くように笑っていた。


「広範囲による察知はさすがに無理だけれどな」


「察知出来るだけで十分よ。……あなたが居てくれて助かるわ。私一人だと、察知どころか浄化も出来ないし」


 魔物討伐課に属していた頃の自分ならば、後先考えずに魔物に突撃するだけで、周囲のことをしっかりと見ていなかったかもしれない。

 そう考えるとやはり相棒という存在はかなり大きいもののように感じた。


「――うん、見えたわ。次は大図書館前の空き地ね」


「図書館……。あの辺りは魔法厳禁なんだけれど」


 教団の大図書館には、一度きりの人生では読み切れない量の本が所蔵されている。中には禁書とされる本もあり、図書館から外へ持ち出すことが許されない、この世で一冊しかない本だって存在していた。


 そのため、図書館内だけでなく、その周辺一帯は火気厳禁どころか許可された者以外は魔法さえも厳禁とされていた。


「……その辺りは図書館の責任者に交渉するしかなさそうね」


 魔物の侵入を許してしまった教団内は今、緊急と言っていい事態に陥っている。通例の規則を守っていては、討伐の手が遅くなってしまう可能性だってあるだろう。


 さっそく、大図書館に向けて、三人で移動を始めていた時だった。



「――ぎゃあっ……」


 短い悲鳴がどこからか聞こえたため、アイリス達は進んでいた足を止めて顏を見合わせる。


「今のは……団員の声よね?」


「どっちの方向から聞こえた?」


「……こっちだ」


 三人の中で最も耳が良いクロイドが、悲鳴が聞こえた方向へと先導するように一番前を少々駆け足で進み始める。

 もしかすると、団員への魔物の被害が出たのかもしれないと思い、アイリス達は更に急いだ。


 クロイドによって、導かれた場所は食堂近くの空き地だった。青い芝生が広がるこの空き地は、魔法や武術の自主鍛錬が行われる場所の一つでもある。


 空き地へと辿り着いたアイリス達は視界に映った光景を目に入れると、そこで一斉に足を止めていた。


「……え?」


 隣に立っているミレットも何が起きているか分からないと言った様子で呆けている。

 その理由は簡単だ。3人の男の団員達が、なぜか2対1で魔具を持ちつつ、凄い形相で対峙していたからである。


「何が……」


 思わずそう呟いてしまう程に、その中の1人が特に不審な動きをしていた。虚ろな瞳をした1人の団員が、他の2人に向けて、長剣を振りかざそうとしていたからだ。


 団員の1人は躊躇うことなく、他の2人に向けて攻撃を続けている。その光景を一言で言うならば、異質という言葉が似合う程だ。


 視線を巡らせれば、対峙している2人とは別に、もう1人が地面の上へと倒れていた。

 倒れている団員は怪我を負っているらしく、うつ伏せになっている彼の背中には大きく赤い一閃が刻まれていた。


 虚ろな瞳の団員が持つ剣は赤い血で染まっており、恐らくこの者が倒れている団員を斬りつけたことは安易に予想出来た。


「おい、ジャス! 何やってんだよ!!」


「ジャス! やめろって……!」


 恐らく、この虚ろな瞳をしている男がジャスという名前なのだろう。しかし、ジャスは名前を呼ばれても返事をすることなく、他の2人に目掛けて、何度も剣筋を流れるように振り下ろすばかりだ。


「……おい、あいつの肩……」


 呆然と見ていたアイリス達の意識を戻したのはクロイドの低い呟きだった。

 彼が指で示す先に視線を移すと、ジャスという男の左肩には昆虫型の魔物がぴったりと張り付いているのが目に入って来る。

 だが、張り付いている魔物の色は赤ではない。――黒色だった。


「っ……」


 瞬間、ハオスが言っていた言葉を思い出す。


 黒い昆虫型の魔物は人に寄生する。

 そして、意識を奪い、その者の魔力を使う――。


 その光景が今、目の前で起きているのだ。黒い魔物によって寄生された団員は彼の仲間だと分からないまま、一心不乱に他の団員達を斬ろうと迫り続けている。


 自分達の仲間が、魔物に寄生されたことで暴走するとは思っていなかったらしく、2人の団員達はただ逃げるように攻撃を避け続けている。その表情には戸惑いと恐れが強く表れていた。


 息を一つ吐いてから、アイリスは強く一歩を踏み出す。


「……クロイド、倒れている団員に治癒魔法を」


「分かった」


 倒れている団員の仲間は治癒魔法をかけるどころではないだろう。早く止血の魔法を施さなければ、命に危険が迫ってしまうかもしれない。


「ミレットはクロイド達を守る結界を張ってあげて」


「了解。……って、アイリス。まさか……」


 ミレットが眉を大きく中央に寄せながら、顔を顰める。どうやら彼女は自分が考えていることがお見通しらしい。

 だが、現状でアイリスが出来ることと言えば、一つしかないのだ。


「……私は――彼を止めて来るわ」


 静かに言葉を零し、アイリスは長剣ではなく短剣を抜く。広い場所にいるにも関わらず、長剣ではなく短剣を選んだのには理由があった。短剣の方が人の間合いに入りやすいのだ。


「寄生されているということは、あの団員の自意識が何らかの方法で封じられているってことよね? ……少し手は荒いかもしれないけれど、気絶させるわ」


「……」


「現段階で、寄生された人の意識を戻す方法は分からないもの。……多分、魔法課あたりが調べてくれていると思うけれど、それを待っているだけだと、二次被害が出てしまうわ」


 クロイドもミレットもアイリスが言いたいことは分かっているのか、表情を暗くして、顔を顰めていた。


「……仲間だと思って、攻撃を躊躇すれば……やられるのは自分達の方よ」


 でなければ、魔物の寄生による暴走を止める方法は気絶させる以外にその者を殺すことしかないのだろう。

 アイリスは強く決断した瞳で、仲間に向けて剣を振るい続ける団員を静かに見据えた。


    

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