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装備


 教団の寮の自室へと戻ったアイリスは壁に立て掛けていた「純白の飛剣」と「戒めの聖剣」を腰に差し、靴をいつも任務の際に重宝している青嵐の靴(ブルゲイル・ブーツ)へと履き替えた。


 やはり、魔物を討伐するためにそれなりの準備をしておかなければ、返り討ちに合うのは自分の方だろう。


「……」


 緊張はしていないはずなのに、心の奥ではずっと不安による(もや)がかかったままだ。


 部屋の外の廊下では誰かが忙しなく走っているのか、激しい足音が響いている。室内唯一の窓を閉め切っているのに、外からは多くの人がざわめいている声が入って来ていた。


 ……これほど、教団の中が騒がしい日なんて、今まであったかしら。


 恐らくアイリスが入団してから、このような混乱は初めてだろう。それどころか、敵となるものが、絶対強固とされた教団の結界内に侵入すること自体があってはならないことだ。


 アイリスは念のために右足の太ももに小型のナイフが数本備わっている革製のホルダーを装備してから、気合を入れ直すように深く息を吐く。


「……よし」


 広い場所で使う長剣と、狭い場所で使う短剣。そしていざという時の飛び道具となる小型のナイフに、身動きを軽やかにする魔法靴。

 これが自分の完全装備だ。魔物討伐をする際には状況だけでなく、戦闘する場所もかなり重要とされるので、長剣と短剣は両方持っていた方がその場に応じた攻撃がしやすいのである。


 ……魔物を本格的に討伐するのは久しぶりね。


 今の自分は魔具調査課に属しているため、回収する魔具に魔物が関わっている場合を除いては、魔物と剣を交える機会は極端に減っていた。

 だからと言って、自分の魔物討伐の腕が落ちているわけではない。


 装備を確認し終えたアイリスが扉を開けて、部屋から出ると廊下にはすでに準備が整っているクロイドとミレットの姿があった。


 二人とも、普段とは違ってずっと真面目な表情のままだ。自室の扉の鍵を閉めてから、アイリスはミレットの方へと向き直る。


「……それじゃあ、ミレット。魔物の捜索をお願い」


「了解」


 アイリスに短く答えると、ミレットは魔具である「千里眼」を外套の下から取り出し、手帳の形をしているそれの表紙をすっと右手で撫でる。

 今、彼女の魔力を千里眼に込めているのだろう。ミレットは薄く目を瞑って、集中しているようだ。


 十数秒ほどが経った後、調べが終わったのか、ミレットはすぐさま手帳を開いて目的のページを目指して捲っていく。そしてとあるページでぴたりと手を止めて、アイリス達へと見せて来た。


 開かれたページには、何となく見覚えのある大きな広間の設計図のような絵が浮かび上がっており、その中に黒い点がいくつも記されている。

 恐らく、この黒い点が昆虫型の小型の魔物のことを指しているのだろう。


「どうやら、食堂にまで侵入しているみたいね」


 苦い表情をしながら、ミレットは千里眼のページを閉じて外套の下へと仕舞い込む。


「……あの場所には非戦闘団員の調理員の人達がいるわ。早く行かないと」


「アイリス、急ぐのはいいけれど、慌て過ぎないでね? 魔物の中には人に寄生する奴がいるんでしょう?」


「分かっているわよ。そういうミレットの方こそ気を付けてよね」


 三人は小走りで廊下を走りつつ、階段を一気に駆け下りていく。

 ちらりとミレットの方へ視線を向けると、アイリスとクロイドの足の速さに彼女はちゃんとついて来ていた。


「……もしかして、身体強化の魔法でもかけているの?」


 普段のミレットはほとんど運動が出来ない人だ。普通の状態なら、自分達の足の速さに付いて来ることは出来ないと知っている。


「もちろんよ! 足の速さだけじゃないわ。防御魔法もすでにかけてあるんだから」


「……それなら、別に良いんだけれど」


 どうやらやる気に満ち溢れているらしい。だが、最初から全力を出し過ぎて、あとから疲労が一気に襲って来て、動けなくならないと良いのだが。




 そうやって喋りながら走っているうちに、アイリス達は食堂前へと続く廊下へと辿り着いた。


 だが、何かの反応を受け取ったのか、突然クロイドがアイリス達の前へと飛び出て、右手から魔法を瞬間的に放った。


「――風斬り(ヴァン・ラーマ)!」


 クロイドの黒い手袋から出現した風の刃が向かった先は、曲がり角から姿を見せようとしていた小型の魔物だった。

 魔物は避ける暇さえないまま、クロイドの魔法によってその身を真っ二つに切り裂かれていく。


冷酷な業火クルエルド・ブレンネン


 廊下の上へと落ちた死体に向けて、クロイドは更に浄化して灰にするために、炎の魔法の呪文を躊躇うことなく唱える。

 魔物は先程と同様に、その姿を一瞬にして灰と化し、空気の中へと消えていった。


「ひゃ~……。よく曲がり角から魔物が来るって分かったわねぇ」


 ミレットが驚きの声を上げつつ、クロイドに向けて軽く拍手を送り始める。


「ここまで距離が詰まっているなら、ある程度の魔力は察知出来るからな」


「そりゃあ、何とも心強いことで」


 クロイドの何でもなさそうな一言に、ミレットは喉を鳴らすように低く笑っていた。自分のことではないが、自分の相棒が褒められるのはやはり嬉しいものだ。

 しかし、それを顔に出してしまえばミレットにからかわれると分かっているので、アイリスは真面目な表情を取り繕っていた。


「それにしても一体どこから、入って来ているのやら。食堂だって、扉を開けっ放しにするような場所じゃないし」


「まさか、魔法陣で移動しているハオスが至るところに出現して、魔物を撒き散らしている、なんてことは無いわよね……」


 自分で言ったにも関わらず、アイリスはその言葉に顰め面をしてしまう。


 もし、そうならば、この教団に存在している情報の全てをハオスに知られてしまう可能性だってあるのだ。ハオスに対して強い危機感を持たなければ、危うい事態を起こしかねないだろう。


「……その可能性もないとは言い切れないな」


 クロイドの表情も何か渋いものを食べたように歪んでいる。


「まぁ、今は目の前の事に集中しましょう。というわけで……アイリス、クロイド。二人の出番よ!」


 食堂へと着いた途端に、ミレットはすぐにアイリス達から数歩程の間隔を空けて離れる。


「私は基本、戦闘には手出ししないから。後は宜しくね!」


 右手の親指を立てつつ、ミレットは爽やかな笑顔を向けて来る。彼女の出番は魔物の捜索までなので、食堂の中まで入って来る必要はないだろうが、一人放置しておくのもそれはそれで気が引ける。


「……結界でも張って、見守っていて頂戴」


「もちろん! それじゃあ二人共、いってらっしゃい!」


 自分達を見送る気分でいるのか大きく手を振って来るミレットに、アイリスは軽く手を振り返す。そして、腰に下げていた長剣をすっと引き抜き、左手で食堂の扉の取っ手に手をかけた。

 隣で魔具の手袋を構えているクロイドの方をちらりと見やると、準備は出来ていると言うように彼は小さく頷き返した。


 一つ深い呼吸をしてから、アイリスは一気に食堂の扉を開けて、中へと滑り込むように入って行く。

 扉を開け放した瞬間に視界に入って来たのは、食堂の空間を我が物顔で飛び回っている数匹の昆虫型の魔物だった。



   

    

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