合流
「アイリス、無事か!?」
先程、アイリスがハオスの結界に突っ込んで跳ね返された瞬間をクロイドは目撃していたらしく、かなり心配した表情で迫って来る。
「わ、私は平気よ」
鏡が無いので自分の顔がどのような状態になっているのか確認することは出来ないが、まだ痛みが残っているので顔が赤くなっているかもしれない。
「それよりも、先に……」
すると、クロイドの真後ろに小型の魔物が迫っていることに気付いたアイリスは木製の長剣の剣先で、魔物の腹に向かって勢いよく突き刺した。
クロイドも突然、自分の顔の真横にアイリスの剣が通り過ぎると思っていなかったらしく、目を丸くしたまま固まっている。
「……」
アイリスは魔物の腹に刺した剣を素早く引き抜き、クロイドに向かって告げる。
「浄化を!」
「っ……。――冷酷な業火!」
クロイドが右手で指を鳴らすような仕草をすると、彼の手袋から火花が散り、それはやがて大きな炎の玉となった。
形成された拳くらいの大きさの炎の玉は地面に落ちていた小型の魔物に直撃すると、それを一瞬にして灰と化す。
魔物を討った後、放置しておくとその身を自己再生するものもいれば、死んだ際の瘴気によって別の魔物を引き寄せてしまうものもいるため、必ず魔法による炎で浄化しなければならなかった。
やはり、魔物を浄化する必要性を考えるならば、魔力の無い自分一人で行動するのは討伐の限界を感じてしまうかもしれない。
「……二人で行動した方が良さそうね」
自分が魔物を討って、死体の浄化をクロイドにしてもらった方がいいだろう。クロイドもアイリスの意見に同意らしく、軽く頷き返してくれた。
「魔具を取りにいかなくてもいいのか?」
「……出来るなら、魔具があった方が討伐しやすいわ」
「それなら、寮に取りに戻ろう」
先程、クロイドから木製の剣に耐久力が上がる魔法をかけてもらったが、やはり魔具の方が使い慣れているし、何より魔法が使えない自分には必要とされるものだ。
「……ええ」
アイリスは強く頷き返すとクロイドと共に、一度教団の寮に向けて走り出す。他にも寮に魔具を置いている者がいるらしく、自室へ取りに戻る者で途中の道は溢れていた。
溢れる団員達の中にミレットの姿がないか密かに探してみる。そんなアイリスの不安な表情に気付いたのか、隣を走っていたクロイドが顔を窺ってきた。
「どうしたんだ」
「……ミレットが……。ミレットは戦えないもの。……無事だと良いけれど」
この大人数の中、視線だけで探し出すのは無理なことだと分かっている。それでも、探さずにはいられないのだ。
ハオスが言っていた人に寄生する魔物の被害にミレットが遭っていないことを願うしかない。
「……なるほど」
クロイドはどこか納得したように一言だけそう呟くと、口を一文字に閉じた。
「……」
そして、何か考え事をするような難しい顔をし始めるクロイドに対して、今度はアイリスがどうしたのかと首を傾げる。
「――見つけた」
「えっ?」
クロイドがそう呟いた瞬間、アイリスの右手首を突然掴んで、進んでいた方向とは少し逸れた別の方向に向かって突然走り始める。
「え、ちょっと……。クロイド?」
戸惑うアイリスに対して、クロイドは視線を前に向けたまま早口で答えてくれた。
「ミレットの無事を確認したいんだろう? それなら、合流した方が早い」
「……」
そういえば、クロイドは魔犬の呪いの影響で、誰よりも匂いを嗅ぎ分ける感覚が鋭かったことを思い出し、アイリスは盛大に肩を竦めた。
……分かっていたのに忘れているなんて、冷静さが欠けている証拠だわ。
早めに気付いて、クロイドにミレットの居場所を聞いておけば、これほど心の中に焦りは生まれなかったかもしれない。
「ああ、ほら。いたぞ」
クロイドが視線で示した先に、教団の建物に向かって早足で駆けているミレットの姿が目に入って来る。
アイリスはクロイドに握られていた手を無理矢理に離すと、ミレットに向かって叫んだ。
「――ミレット!」
走っていても、アイリスのはっきりとした声に気付いたのか、ミレットはすぐにアイリス達の方へと振り返る。
「アイリス! クロイド!」
「良かった、無事で……」
ミレットの姿は別行動になった前と全く変わらず、どこかに怪我を負ったりはしていないようだ。アイリスが盛大に安堵の溜息を吐くと、ミレットから軽く肩を叩かれる。
「ねぇ、さっきの悪魔って……。この前の任務で遭遇した、ブリティオン王国の……」
訊ねて来る言葉に対して、アイリスは走りながら軽く頷き返した。
「うわっ……。わざわざイグノラントまで来るなんて、本当に何を考えているのかしらね……」
不気味だと言わんばかりにミレットは肩を竦めている。その反応は誰しも同じだろう。ハオスの考えもブリティオン王国の組織の考えも、全くもって真意は分からないままだ。
「……教団に戦争を仕掛けるにしては、やり方が少々面倒じゃないか? 回りくどいことはせずに、突然奇襲をかけた方が、損害が多く出るだろうし」
アイリスの隣を走りつつ、クロイドがミレットへと返事する。確かに彼の言う通りだろう。ハオスは実験をするために教団に来たと言っていたが、恐らく目的はそれだけではないはずだ。
「確かに、何か奇妙な感じはするわよね……」
ミレットもクロイドの意見に賛成らしい。
「……何はともあれ、今は魔物を討伐しないとね」
「あ、そのことなんだけれど。……私も魔物討伐、手伝ってあげようか?」
まさかのミレットの発言に、アイリスは大きく彼女の方へと振り返った。
「は……? いやいや、ミレット……。あなた、非戦闘団員でしょう? だから、こうやって安全な場所へ逃げているわけであって……」
「うん。最初は安全な場所で待機していようかと思ったんだけれどね。……でも、魔物を探すなら、探し物が得意な私が居た方が効率はいいでしょう?」
そこで、ミレットは自信ありげににやりと笑いながら、彼女の魔具である「千里眼」をこれ見よがしに取り出してみせる。
確かにミレットの眼があれば、教団内に侵入して隠れている魔物を見つけることは容易いだろう。
しかし、彼女を積極的に戦闘の中へ巻き込みたくはないという思いも抱いているアイリスは答えを渋っていた。
「大丈夫よ。防御や結界の魔法くらいなら自分でかけられるわ。それに戦闘の中に足を入れるわけじゃないし」
「……」
「ここまで魔物の数が多い以上、指くわえて見ていられないわよ。……私だって、自分に出来る事で役に立ちたいもの」
少しだけ表情を曇らせるミレットを見てしまったアイリスは、思わず息を飲み込んでしまった。
ミレットも教団に属する魔法使いとして、この現状をどうにかしたいと思っているのだろう。
それなら自分はこれ以上、彼女を止める権利はないはずだ。アイリスは小さく溜息を吐いてから、再びミレットの方へと向き直った。
「……私が魔具を装備するまで、待っていてくれる?」
「……! もちろんよ。準備次第、私も全力でアイリス達を援護するわ!」
気合を入れ直すようにミレットが両手で拳を作って、自らの方に引き寄せつつ、小さく鼻を鳴らした。
どうやらこの後に控えている魔物討伐は自分とクロイド、そしてミレットの三人で組むことになりそうだと、アイリスは数度目となる溜息を隠しながら吐いていた。




