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合理的


「うーん……。あとは回収するだけだし、俺はちょっと教団内を見学させてもらうぜ」


 それまで、昆虫型の魔物の上に乗っていたハオスは無動作のまま空中へとすっと浮かぶ。まるで知らない場所に、社会科見学に来た子どものように楽しみで満ち溢れている顔をしていた。


 教団の中には属している魔法使い以外が閲覧してはならない情報で溢れている。

 情報を他国へと漏らさないようにしっかりと管理されているのだが、もしやハオスはその情報を盗みに来たのではと疑わずにはいられなかった。


 管理しているのは情報だけではなく、それまで作られてきた魔法や、使うことを禁じられている魔法も存在している。

 機密とされている情報や魔法がハオスだけでなく、ブリティオン王国の組織に渡るとなると、こちらにとってかなり都合が悪いだけでなく、不利な状況に陥るのは明らかだった。


 ハオスの足元に緑色の魔法陣が突如として現れる。魔法陣を使って、ここではないどこかへ移動するつもりなのだろう。

 アイリスが移動を阻止するためにハオスに向かって跳ぼうとしたが、空中に見えない壁――つまり、ハオスの周りに結界が形成されており、それに勢いよく直撃してしまう。


「ぐ……」


 真正面から見えない壁に突撃したアイリスは、そのまま地面へと身体を跳ね返されてしまう。しかし、何とか地面の上に両足を着地したため無駄に転がらずに済んだのが唯一の幸いだろう。


 それでも鼻先と額に激しい痛みが残ったままだ。感じる痛みを無視しつつ、アイリスは再び空中に浮かんだままのハオスを仰ぎ見る。


「おい、待て!」


 アレクシアや他の魔法使い達がハオスの魔法陣による移動を止めようと魔法を使って、攻撃を試みているようだが、全てハオスの結界によって跳ね返されていた。


「はぁ~。教団の人間は無駄が好きな奴が多いなぁ? もっと、合理的に生きようぜ」


 ハオスの言葉に、アイリスは頭の中で何かが切れそうになっていた。

 彼の言う合理的が、この状況のことを指しているというならば、それを全力で否定した上でハオスに一発お見舞いしてやりたかった。


 そんな中、ハオスは出現させた魔法陣の中に足を埋め込みつつ、呆れた笑みを教団の面々に向けていた。しかし、そこで彼は何かを思い出したように、ふっと目を細めたのだ。


「――そうそう、もう一つだけ言い忘れたことがあったな」


 身体を緑色の魔法陣の中に半分埋めつつ、ハオスは右手の人差し指を立てて、講義をする人間のように指先をくるくると回した。


「こいつらの中に当たり(・・・)が十数匹入っている」


 こいつら、とはつまり空中を飛び交う小型の魔物のことを示しているのだろう。だが、当たりとはどういう意味なのか、と言った表情でアイリスを含めた教団の魔法使い達はハオスを睨んでいた。


「9割方の赤い奴らは魔力と血を吸いとる用だが、残りの1割の黒い奴らは別の実験も兼ねているんだ」


 くるくると回していた指をハオスは自分の口元へと持ってきて、まるで秘密を告げる美少女のような笑みを浮かべていた。それでも、その笑みの中には不気味さだけが際立って存在していた。


 ハオスの言う通り、空中に舞うように飛んでいる小型の魔物はほとんどが赤色のものばかりだ。その中に黒い小型の魔物がいるのか、アイリスは視線を巡らせるも見つけられないでいた。


「黒い奴は――寄生するんだよ、人にな」


「っ!」


 アイリスが目を見開き、どういうことかとハオスに視線を向けるが、彼はすでに魔法陣の中へと上半身を半分沈み込ませていた。


「俺も初めての実験だからな。……上手く寄生すれば、宿り主の意識を奪うことも、魔力を使うことも可能になるかもしれない。……そうすれば、この魔物を作った俺の思い通りに動く人間の玩具の出来上がりだな!!」


「……」


 ハオスの言葉に絶句していたアイリスは思考が半分停止しそうになっていた。


 魔物が人間に寄生する。そして、その魔物を作った者が、宿り主を自由に操ることが可能かもしれないとハオスは言っているのだ。


 ……もし、そんなことになれば……。


 

 ――魔力を持った、奴隷の完成だ。



 アイリスが以前、この身に受けた従順魔法と同じかそれ以上の効力を持っているだろう。

 寄生されて、意識と力を好き勝手に操られれば、自らの意思では行動を止めることは出来ないまま、己が抱く意思に反したことを行なってしまうに決まっている。


「まぁ、精々もがきまくって、俺の実験結果をより良く面白いものにしてくれよな」


 最後にそう言い残してから、ハオスは完全に魔法陣の中へと消えていった。

 ハオスをどこかへ転移させたのか、緑色の魔法陣は役目を終えたと言わんばかりに瞬時にその場から消えていく。


 何が起きて、何が起きようとしているのか。

 頭の中で様々な情報が絡み合い、どれから手を付ければいいのか分からなくなってしまいそうだ。


 だが、やるべきことは分かっている。ハオスの思い通りには絶対にさせない。その想いだけが心の奥底で熱い炎を燃やしていく。


「――皆の者、戦闘をしながらで構わない。私の話を聞いてくれ!!


 アレクシアが大型の魔物に足止めの結界を張りつつ、その場で混乱している団員達に向けて大声を放つ。


「魔法が使える者は目に入った小型の魔物を一匹残らず討て! 魔具が無い者は、非戦闘団員を守りつつ安全な室内へと送り届けた後、それぞれの魔具を装備次第、魔物の討伐を!」


 混乱の中でもアレクシアの声ははっきりと運動場全体に響いていた。その場にいる者達は魔物を討伐しつつ、アレクシアの言葉に耳を傾ける。


「赤い魔物は迷わず殺せ! だが、黒い奴がいた場合、十分に注意して討つように! もし可能ならば生け捕りにし、魔法課へ持って行って隅々まで調べろ!」


 ハオスが言っていた、人に寄生する黒い小型の魔物はかなり要注意しなければならないだろう。だが、アレクシアは生け捕りに出来た場合は、情報を得るための検体として扱うつもりらしい。


「そして、祓魔課の者は混沌を望む者(ハオスペランサ)の捜索及び捕獲を! しかし、奴の力は強大だ。無理な戦い方をしないように! 最悪の場合、この教団から追い出すことさえ出来ればいい」


 アレクシアは黒杖で大きな音を立てるように、地面を一度叩いた。


「皆、それぞれ己の役割を自覚し、自分の意思で行動してくれ! だが、誰一人として、死ぬことはこの私が許さん! ――以上だ。各自行動開始!!」


 響き渡るアレクシアの声に、それぞれの団員達が行動を開始する。

 まず、最初に非戦闘団員達が安全な結界の中へと集まり、武闘大会で武術部門に参加していた者達が非戦闘団員のもとへと集まってから、教団の室内に向けて移動を開始しているようだ。


 一方で祓魔課と思われる者達がどこかへと消えたハオスの行方を追うために、探知と追跡の魔法を使い始めている。


 自分もこのまま、昆虫型の魔物と戦うべきか、それとも一度魔具を装備しに行くべきか、もしくはハオスを探すべきかで悩んでいた時だ。


「――アイリス!」


 自分を呼ぶ声が聞こえ、アイリスはすぐに声がした方へと向きを変える。こちらに駆け寄って来たのは先程、ハオスへの攻撃を援護してくれたクロイドだった。


    


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