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黒鈍の蟲


 ハオスが攻撃をしかけてくると読んだのか、アレクシアがすぐさま黒杖で地面を叩き、ハオスの周囲を取り囲むように結界を形成していく。


 もちろん、彼女もそれが一時的なその場しのぎだとは分かっているらしく、その間に他の団員達に命令を出していた。


「結界で奴を固めろぉっ!」


 アレクシアの言葉に素早く反応した魔具を持っている団員達は、アレクシアの結界に重ねるように次々を自らの魔法で作った結界を形成していく。


 何重にも施されていく結界の中で、ハオスは口の端を上げたまま大声で笑っていた。その声は結界の中で耳障りに反響していく。


「ははっ……! 見苦しいな、教団の魔法使い共は。……まあ、いくら頑張っても、俺には生温いけどなぁ?」


 余裕の笑みを浮かべたまま、ハオスは右手で一閃を薙ぐ。無詠唱による、ただのひと薙ぎのはずだ。


 それにも関わらず、ハオスの内側から顕現したのは透明で細い鞭状のもので、まるで風が空間を斬るように透明な鞭は結界内で大きくしなっていたのである。

 瞬間、団員達によって何重にも形成されていたはずの結界は割られたガラスのように粉々に砕け散った。


 その場にいる誰もが有り得ないと言わんばかりの表情で絶句しており、団員達の表情を見たハオスは更に憎たらしい笑い声を上げていた。


 武闘大会中の今、ここに揃っているのは、己の力に自信がある者ばかりだ。そんな彼らが繰り出した魔法が一瞬にして消えたのだから、動揺せずにはいられないだろう。


「甘い! 甘すぎるぜ!」


 ハオスは結界を一蹴するために使った右手で顔を覆いつつ、高笑いしていた。結界という遮るものがなくなった今、ハオスの笑い声が教団の端まで響き渡っていく。


 ……たった一人相手に、これほどまで戦力差があるなんて……!


 ハオスは今、延々と魔力を供給しながら、自分達と対峙している。それはつまり、こちらがいくら防御を固めて攻撃を繰り出しても、向こうの魔力が尽きない限り、延々とこの戦いが続くことを意味していた。


 何か、決定的な打開策がなければ、ハオスとの戦闘に勝利が見えることはないだろう。


 それでも先日戦った時よりも、明らかな能力差がハオスとの間に生まれてしまったアイリスはどうするべきかと、長剣を握る手に爪を食い込ませた。


 他の団員達にも焦りのような表情が見え始めていた。――本当に奴を倒せるのか、そう思っているのだろう。


「……この場でお前らを蹂躙するのも面白いだろうが、何せ俺には先にやるべきことがあるからな。――まぁ、また遊ぼうぜ?」


 顔を覆っていた手の下で、ハオスは汚らしい笑みを浮かべる。直感的に何かが来ると判断した時にはもう、遅かった。


「――開け、黒鈍の蟲(ニゲル・アピス)


 ハオスが呪文らしき言葉を唱えた瞬間、それまで鳴き声を上げるだけだった昆虫型の魔物が急に身体を揺らすように微動しはじめる。そして、閉じていた魔物の口がぽかりと大きく開いたのだ。


「っ!」


 視界に入って来たのは、昆虫型の魔物の口の奥で蠢く黒い波。その黒い波が溢れんばかりに魔物の口から漏れ出してきたのである。


 アイリスは黒い波の正体を見て、背筋に思わず悪寒が走る。その気持ち悪さについ、引き攣った声が出そうになった。


 ……大量の虫。


 黒い波だと思っていたものは、人の拳よりも少し小さいくらいの大きさの虫だったのだ。しかし、それでも虫にしては大きい方だろう。


 正直、魔物だと分かっていても、見た目が虫であるため、虫があまり好きではないアイリスは顔を顰めつつも右手に持っている木製の長剣の柄を更に握りしめ直した。


 昆虫型の魔物から吐き出される小型の魔物は運動場の地面へと足と付けるものもいれば、(はね)を広げて、空中に飛び立ち始めるものもいる。

 数えきれない大量の虫の発生に、背を向けて逃げ出す団員も出始めていた。


「――っ! 結界で囲めろっ! 教団の外に出すな! 迷わず討伐しろ!!」


 昆虫型の魔物が一斉に飛び立ち始めるという不気味な光景を見たアレクシアはすぐに団員達に命令を出しつつ、自らも素早く魔物を囲むように結界を形成していく。


 「だから、甘いって言っているだろうっ! この下等が!」


 しかし、アレクシアが形成した結界は再びハオスの薙いだ右手によって、瞬時に粉々に砕け散っていく。いたちごっこのような戦闘に、アレクシアの表情は苦々しく歪んでいた。


 土砂のように溢れてくる昆虫型の魔物の数は増える一方で、団員達――特に虫が嫌いと思われる女性陣の中には発狂するように叫ぶ者もいた。


 怒号、悲鳴、咆哮――様々な声が飛び交い、荒れ狂う光景の中、ハオスは愉快だと言わんばかりに両手を広げて大笑いしていた。


「あははっ! はははっ!! ――さぁ、楽しい実験の始まりだ!」


 狂気に満ちた表情は、まるで自分自身の行いに酔っているようにも見えた。


 ハオスは最初から、教団側の答えを聞くために来たのではない。彼が教団の結界を攻撃して来た瞬間から、ハオスの計画はすでに始まっていたのだ。


 こちらが事情を知らない、何かおぞましい実験のために、ハオスは自分達を利用しに来たのだと気付けば、そこにはもう怒りしか溢れて来なかった。


「――非戦闘団員は後方へ退避!」


 だが、ハオスに対する怒りで満ち溢れそうになっていたアイリスは、アレクシアが次に叫んだ言葉を聞くと、はっと周りを素早く見渡した。


 ……ミレット!


 親友であるミレットは戦闘能力がない。情報収集をするのが好きな彼女が今、起きている出来事を見に来ていないわけがないと思ったアイリスはすぐにミレットの姿を探した。


 ……どこにいるの。……さっきまで訓練場にはいたけれど、ミレットのことだから、この場にいるはず……。


 しかし、数えきれない団員がいるこの場ですぐにミレットの姿を見つけることは容易ではなかった。

 戦闘を行なえる者は前方へと向かっており、非戦闘団員は後方へと下がっていく。


「っ……」


 後ろへと逃げるように下がっていく非戦闘団員の中にミレットが含まれていることを願って、アイリスは視線を再びハオスの方へと戻した。

 唇を噛み締め、一つ息を吐いてからクロイドの方へ少し顔を向ける。


「……クロイド、行ってくるわ。援護をお願い」


 優先したのは親友の安否よりも、目の前の敵を打ち倒すことだった。人の安否を天秤にかけるなど、我ながら酷い奴だと思っている。


 だが、教団の外に広がっている街にまで、魔物がその脅威をもたらしてしまう可能性だってあるのだ。街には多くの一般人が普通に生活しており、魔物と対峙しても迎え撃つ術など持っているわけがない。


 指揮を執っているアレクシアもそれが分かっているため、まずは教団全体に結界を張って、魔物を外へと逃がさないようにしたいのだろう。


「……気を付けろよ」


「ええ」


 心配しているのか、クロイドの表情が曇っているように見えた。

 アイリスはクロイドに力強く頷いて答えると、一歩、また一歩と足を前方に向けて進めていく。


 クロイドによってこの身にかけられた魔法は「飛び回る翼(ヴォレ・アーラ)」という重力に反した浮力を対物対人に与える魔法だ。

 激しい空中戦を行なえる青嵐の靴(ブルゲイル・ブーツ)ほどではないが、身体がやはり通常よりも軽く感じられた。


 アイリスは魔法を魔物に向けて放つ団員達の隙間を吹き通る風のように駆け抜けていく。

 そして右足を地面へと強く踏み込んで、跳ね上がるように飛んだ。ふわりと浮いた身体が向かった先は、高笑いを続けているハオスだ。


「っ!」


 ハオスの首を狙おうとアイリスは右斜め下から左上へと躊躇うことなく長剣で一閃を薙いだ。


    

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