伝送
教団の魔法使い達がハオスに向けて一斉攻撃を行った瞬間、クロイドは素早く結界を展開し、アイリス達の方へと向かってくる熱風からその身を防いだ。
「っ……」
熱風が過ぎ去ったことを確認するため、アイリスは瞳をゆっくりと開けていく。
その場にいる団員達は今の攻撃がハオスに通ったと思ったらしく、表情を緩め始めている者もいた。だが、ハオスがいるはずの前方は土埃が舞っているため、中々視界が開かず、確認出来ないでいた。
そんな中、アイリスの隣に立っているクロイドはアレクシア同様、不審な表情をしたままだ。
「……クロイド?」
アイリスが呼びかけるとクロイドは小さく首を横に振る。
「……まだだ」
「え?」
クロイドの苦い表情の理由は、その場に舞い上がる砂ぼこりが落ち着いてから判明した。
前方に見える大きな影は昆虫型の魔物だろう。
そして、傷どころか、ローブに汚れ一つ付いていない姿のハオスが魔物の上に悠然と立っていたのである。真っすぐと立っているハオスはこちらを見下す視線で団員達を馬鹿にするように見ていた。
「……」
アレクシアも先程、団員達による攻撃がハオスに通じていないとすぐに分かっていたらしく、苦々しい表情でハオスを睨んでいる。
「……はぁ~。思ったよりもつまらねぇな」
心底呆れたと言わんばかりにハオスが溜息を吐きながら肩を竦める。
「どんなものかと受けてみたが、やっぱり予想通りというか、想像以下というか」
「……何が言いたい、悪魔め」
アレクシアの言葉にハオスはわざとらしく口元を歪め、そして彼が着ているローブの胸元辺りを思いっ切り掴むと胸を見せるように襟の部分を下げた。
陶器のように白い肌が映えていたが、鎖骨辺りに普通の人間ならば、あるはずのない異物が一つ、そこにはあった。
紅く、丸みを帯びた石がハオスの鎖骨に取り付けられたように存在しており、その石は淡く光り続けていたのである。
「こいつは、伝送された魔力を溜め込む魔具だ。これがある限り、俺は休むことなく延々と強大な魔法を使うことが出来る」
自ら弱点をわざと教えるハオスの表情はやはり、楽しんでいるようにしか見えない。もしくは、己の方が強いと自負しているからこその余裕なのだろうか。
「……それが何だというんだ」
「魔力の送り元はブリティオン。――『永遠の黄昏れ』の魔法使い共から送られて来ているのさ」
「っ!?」
ハオスの異様な言葉にアイリスは顔を顰めた。いや、顰めたのはアイリスだけではない。周りにいる団員達がそれぞれ微妙な表情を浮かべている。
……自分が持っている魔力を、魔具を通して別の相手に送るなんて……理論的には分かるけれど、本当にそんなことが可能なのかしら。
誰しもが不審に思っていることだろう。
理論的には二つの魔具をそれぞれの手に持っておき、一方から魔力を送ることで、送られた方はその魔力を持っている魔具を通して使用出来るということだ。
ただ、必要とされる魔具は対になるものでなければいけないため、魔力伝送に関する論文を見ることはあっても、教団ではいまだこの魔法の実験が行われたことはなかった。
それがブリティオンの「永遠の黄昏れ」で成功しているという事実が受け止められないのと同時に、何故ブリティオンの魔法使い達が魔力をハオスに送っているのか、という疑問が生まれる。
「つまり、お前らの攻撃はこの石に魔力を送って来る組織の魔法使い共に負けたってことだ。思ったよりも大したことなくて、残念だぜ」
「……」
団員達が一斉にハオスを攻撃したが、それを彼は易々と防いでいた。彼の言っていることが本当ならば、ブリティオンの魔法使い達から送られてきた大量の魔力を使い、防いだということなのだろう。
……つまり、ハオスの後ろにはブリティオンの組織も存在しているということなの?
だが、ハオスは先程告げた言葉で俺達個人が、と言っていた。それならば、ハオス達と組織の関係性は一体どういうものなのだろうかと首を捻るしかない。
「まぁ、今日の俺は別にお前らを殺しに来たわけじゃない。ただ、提案に来ただけだ」
「提案だと……?」
アレクシアが眉を寄せながら、隙を見せまいと黒杖を構える。他の団員達も次の攻撃に備えて魔具を構えているようだが、防御の面についてはハオスの方が段違いで上なのだろう。
彼の中に供給され続けるのは海をまたいだ国、ブリティオンの魔法使い達から送られてくる大量の魔力だ。
伝送される魔力による防御の方が上だというのならば、教団の魔法使い達よりも『永遠の黄昏れ』の魔法使い達の数が多いか、もしくは何かしらの対策を施しているのだろうか。
「お前ら、教団の魔法使い共に告ぐ。……その使い勝手のなさそうな身体と、魔力。そして――血を俺達に寄こせ」
「……はぁ?」
その場にいる者なら、誰しも思っただろう。
この悪魔は一体、何を言っているのだろうかと。
だが以前、ハオスと対峙したことのあるアイリス達は、彼が何を求めているのかを瞬時に察していた。
ハオスは魔物に人間の魂を食べさせる実験をしていると言っていた。それならば、彼が提示したこちらに求めるものもハオスの実験の材料にするのではないかと思ったのだ。
「何を馬鹿なことを言っている」
アレクシアが低く唸るような声色で吐き捨てる。
「あ? そのままの意味だよ。お前らが持っているものを寄こせって言っているんだ。俺達の実験に協力してくれれば、もう少し長生き出来るだろうって、話だ」
「断る」
間髪入れずにアレクシアが断言する。
「突然、攻撃をしかけてきたと思えば、何を阿呆のようなことを……」
彼女の声色は低いが、それでも地から這いあがって来るような声は怒りに満ちているものだとすぐに分かった。
「貴様、何様のつもりだ? ……実験に協力する? そのために、我々の身をお前達に捧げろと言っているのだろう? ――そんな愚かなことをして、命を無駄にするものはここには一人もおらぬ!!」
アレクシアはその場に響き渡るような大声で告げると、黒杖で一度、地面を揺らすように大きく叩いた。
「……つまり、俺達の実験に協力する気は更々ないって返事か?」
「当り前だ。教団を攻撃して来た時点で貴様は敵だと見なしている。そして、人の身を使った実験を行うなど、愚かしいにも程がある!」
はっきりと拒絶の意思を表しつつ、アレクシアはハオスを睨み返す。
「悪魔だろうが、組織だろうが、我々『嘆きの夜明け団』の者に手を出す奴は誰であろうと容赦はしない。今すぐ立ち去れ。さもなくば、次は焼け死ぬよりも恐ろしい魔法が貴様を待っているぞ」
アレクシアの言葉に賛同するように、周りの団員達から同様の言葉が次々と上がっていく。全てがハオスを拒否するものばかりで、その言葉を聞いたハオスは更に呆れ顔になっていた。
「馬鹿だなぁ。ここで潔く頷いておけば、早死にせずに済むだろうに」
盛大に、そして見せつけるように溜息を吐きつつ、ハオスはいかにもこちらが愚断を選んだと言わんばかりに残念がっているように見えた。
「……まぁ、どっちにしろ、お前らの答えなんて聞くつもりはないけどなぁ?」
ハオスが口の端を極限まで上げて、脳裏に残るような笑みを浮かべる。
その笑みを表した瞬間、ハオスは彼が足場として立っている魔物に向けて、右足で強く叩くように蹴った。合図を受けた昆虫型の魔物が金属音のような音を口から零す。
魔物の鳴き声を聞いたハオスは喜びの笑みを浮かべながら、両手を盛大に広げつつ、高らかに笑った。
「その決断をあとから愚かだったと嘆かなければいいけどなぁ? なぁ、『嘆きの夜明け団』!」




