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余裕

 

「……クロイド」


「何だ」


 ハオスから目を逸らさずに、アイリスは周りの団員達に聞こえない程の小さな声でクロイドに呼び掛ける。


「私に防御と浮力の魔法をかけておいてくれる?」


「……ハオスと対峙するつもりか」


 クロイドが少しだけこちらを振り返り、大きく眉を寄せて、不満そうな声で呟き返す。納得出来ないと言わんばかりの表情にアイリスは真面目な顔で頷き返した。


「ハオスと敵対している以上、戦闘になる可能性だってあるもの。……今から寮に魔具を取りに行く時間は無いし、せめて身体だけでも防御して――」


「アイリス」


 前方に身体を向けていたクロイドが思いっきり振り返る。彼の顔に浮かんでいたのは悲痛とも呼べる表情だった。何故、そんな顔をしているのかアイリスには分からない。


「また、君一人で全てを背負おうとしていないか」


「……」


 静かに問いかけられる言葉に、アイリスはクロイドと視線が重ならないように、少しだけ逸らした。


「今回は、この前と状況が違う。俺達以外にも戦える奴が揃っている。……一人で抱え込もうとするな」


 確かに、先日の任務でハオスと対峙した際には自分達しか戦う者がいなかったが今回は違う。周りにいるのは戦闘に慣れた団員達ばかりだ。中には悪魔専門の祓魔課だって揃っている。


 だが、自分が人の陰に隠れて、ハオスが誰かに倒されるのを待つだけの人間ではないとクロイドも分かっているはずだ。

 アイリスがどうやってクロイドを説得しようかと思案していると、彼はそんなアイリスの内心を知っているのか、溜息を深く吐きだした。


「……それでも、君は戦うのだろう」


 悲痛な表情をしていたクロイドは、強い意思を秘めた瞳へとすっと変えて、アイリスの左手を握って来る。彼は手袋をはめているはずなのに、布越しに伝わって来る熱は優しい温かさを含んでいた。


「だから、俺も君の隣で戦おう。今度は君一人に背負わせたりなどしない」


「クロイド……」


 アイリスの呟きにクロイドは軽く頷き返し、周りの団員達に覚られないようにこっそりとアイリスの身体に防御魔法と浮力の魔法をかけてくる。


 本当なら、青嵐の靴(ブルゲイル・ブーツ)を履いておくことが出来れば良かったのだが、武闘大会の試合中だったため、武術部門において魔具の使用は禁止されていた。

 そのため、今のアイリスは普通の靴を履いていた。


 対人相手なら構わないが、空中戦が得意であるハオス相手ではかなり分が悪い。

 魔法靴と同じ跳躍が得られるわけではないが、浮力の魔法を身体にかけてもらうことで、身体にかかる負担を減らし、少しでも自在に動けるようになっておきたかった。


「……それと、剣の方にも魔法をかけておく」


 クロイドはアイリスが持っていた木製の長剣を、手袋をはめている手でそっと刀身をなぞるように触れながら呪文を唱える。


「これで、普通の木製の剣より耐久性が上がったはずだ。切れ味も鉄製と変わらないだろう」


 魔法をかけ終えたクロイドはすっと、手を引っ込めた。木製の長剣の見た目も重さも変わってはいないが、柄を握る感覚が何となくだが先程までと違う気がする。


「……ありがとう、クロイド」


「だが、無茶はするな。魔法をかけても、物には限度が必ず来る」


「ええ、分かっているわ」

 

 こっそりと準備を整え終わったアイリスとクロイドは再び、前方でアレクシアと会話をしているハオスの方に視線を向けた。


 ハオスはまだ、表情を愉快そうに歪めたまま、自信ありげに魔物の上に立っている。


「――さて、時間は限られているし、さっさと始めるか」


「っ!」


 ハオスが右手を頭上へと上げようとした瞬間、アレクシアは咄嗟に黒杖で地面を一度大きく叩いた。


 無詠唱による結界が火花を散らしながらハオスと魔物を囲むように即座に形成されていく。ハオスが行動を起こす前に、完全に潰すつもりらしく、アレクシアの瞳は剣呑としていた。


 いくらハオスの器が人間だとしても、宿る魂は悪魔で、しかも教団に敵意を向けて来るというのであれば、容赦はしないという最後の意思表示にも思えた。


「――皆、攻撃準備!」


 アレクシアの号令の下、魔具を持っている団員達は結界に囲まれたハオスと魔物を取り囲むように円を作った。

 武術部門に参加していた者達は試合用の武器であるため、前衛に出ることは出来ず、魔法を使う者達の後方で控えつつも武器を構えていた。


 こちらの戦闘準備は完全に出来ている。ハオスだって、これ以上下手なことをすればその身が攻撃されることは分かっているだろうに、余裕の表情を浮かべたままだ。


「もう一度、問おう。――混沌を望む者(ハオスペランサ)、お前は何の目的でここへと来た」


 最後の問いかけなのだろう。アレクシアは黒杖を構えたまま、ハオスに鋭い視線を向ける。

 だが、ハオスはにやりと笑うだけで、返事はしない。


「やってみろよ、ばあさん。あんたの……いや、教団の奴らの魔法がどんなものか、この身で確かめてやるぜ?」


 煽る様な言い方は、攻撃出来るものなら、やってみろと言っているようにも聞こえた。


 ハオスの余裕が一体どこから来るのか、アイリスは陽気に笑う彼を見つめていたが、その理由となるものを見つけられずにいた。


「……」


 今、ハオスを仕留めれば、彼の背後で蠢いている何かが分からなくなってしまうだろう。

 アレクシアもそのことを危惧しているらしく、この場でハオスを打ち倒すか、それとも生け捕りにして、更に情報を引き出すか悩んでいるのかもしれない。



 そんな状況の中、アイリスは凪のような瞳でハオスを見つめていた。


 ――この手で。


 自分がこの手でハオスを討ち取りたいと思うのは、どこから来る気持ちからだろうか。ラザリーを殺したハオスに対する復讐心か、それとも個人的に彼に対する憎悪からなのか。


 分からない。何も分からないまま、自分はハオスを強く恨んで、憎んで、そして――殺したいと思ってしまっているのだ。



「……そっちがやらねぇなら、俺から行くぜ?」


 再び、ハオスが右手をかざそうとした瞬間、アレクシアは躊躇する事無く叫んだ。彼女の天秤は教団側の安全を確保することの方に大きく傾いたようだ。


「放てぇっ――!!」


 アレクシアの叫びとともに、形成されていた結界は彼女によってすぐさま解かれる。

 ハオスと魔物の周囲を囲んでいた団員達はアレクシアの合図と共に、各々が形成した魔法をハオスに向けて放つ。


 瞬間、様々な音が交じり合った轟音がその場に響き渡り、熱風が身体に熱を与えながら通り過ぎ去っていった。



    


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