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組織


 緑色の魔法陣から目の前に突如として現れたハオスは昆虫型の魔物の殻の上にゆっくりと着地する。

 外見は12歳くらいの少女に見える彼だが、持つ雰囲気はやはり子どものような純真さは感じられず、不快な空気だけを纏っていた。


 まさか再び、この目でその姿を見る日が来るとは思っていなかったアイリスは小さく唇を噛み締める。


 ここで衝動的な感情からハオスを討っても過去が変わるわけではない。それは分かっているのに、彼の顔を見た瞬間に、身体の内側が急激に熱く煮えたぎるように黒い感情が湧いて来るのだ。


 アイリスは手にしていた木製の長剣の柄を強く握りつつも、爪を立てて何とかハオスに対する負の感情を抑えていた。


 隣に立っているクロイドがアイリスの背中を軽く撫でるように叩いて来る。恐らく、落ち着けと言っているのだろう。

 ちらりと視線をクロイドに向けると、彼の瞳は獲物を仕留めようとする獣のように鋭く細められており、ハオスの姿を焼き付けているように見えた。


 クロイドもハオスに対して、怒りの感情を抱いているのだ。それでも、クロイドはアイリスのことを一番に心配してくるのだから、怒りに満ちていた心が緩やかにならないわけがなかった。


 ……そうね、今は冷静でいないと。


 アイリスは口を一文字に結び直してから、視線を再びハオスの方へと向き直す。


「――何者だ」


 最もハオスに近い位置に立っている黒杖司のアレクシアが黒杖を構えながら、ハオスを鋭く睨む。彼女の中ではハオスはすでに敵と見なされているようだ。


「なぁに、そんな恐い顔をする必要はねぇよ。俺は別にお前らを殺しに来たわけじゃねぇから」


 引き攣るように笑いながら、ハオスはすっと目を細める。黒と金の瞳から零れる視線は氷漬けされたように冷たく思えた。


「『永遠の黄昏れ』は知っているだろう?」


「っ!? ブリティオン王国の魔法使いか!」


 ――「永遠の黄昏れ」。それはブリティオン王国の裏に存在している魔法使い達によって形成されている組織の名前だ。

 ただし、その組織の活動はイグノラント王国の「嘆きの夜明け団」とは全くの別物だと聞いている。


 ……ブリティオンの組織の名前は知っているけれど、具体的に何をしているのかは教団の情報課でも入手出来ていないと言っていたわ。


 恐らく、情報を抜かれないように徹底的に遮断と防御の魔法をブリティオン側が使っているのだろう。

 以前、セリフィア・ローレンスがイグノラントへ訪れた際にミレットが彼女のことを調べていたが、調べても情報を得ることは出来なかったと言っていた。


 元々、「永遠の黄昏れ」が組織された当時から、その活動内容は不明とされていた。

 海を渡った先にある国という物理的な距離も関係しているが、組織にどのような魔法使いがいるのか、そして魔法使い達は集まって何をしているのかなどは、一つとしてこちらに情報が流れて来ることはない。


 現在、イグノラント王国とブリティオン王国は和平を結んでいるが、魔法使い達で形成されている組織は未だに教団を敵だと認識しているのだろうか。


 ハオスはアレクシアの言葉にわざとらしく肩を竦めて見せる。


「半分正解だけど、半分違うな。俺は組織に属しているが魔法使いじゃない」


「なに……」


「俺は混沌を望む者(ハオスペランサ)。――悪魔さ」


 にやりと笑って、ハオスは右足で昆虫型の殻を軽く二回叩いた。それが合図だったのか、地面に伏せて、手足を蠢かせている状態だった魔物はゆっくりとその大きな身体を起こした。

 鳴き声なのか、金属同士をこすりあわせた不快な音が昆虫の内側から響いて来る。


 隣に立っているクロイドは魔犬の呪いの影響で耳が普通の人よりも良いため、魔物の鳴き声が苦痛に思えたらしく、顔を強く顰めていた。


「っ……」


 アレクシアがすぐに黒杖で地面を二度叩き、ハオスと昆虫型の魔物を囲むべく結界を瞬時に形成していく。しかし、自らを囲んでいる結界を呆れたように眺めながら、ハオスは溜息を吐いていた。


「おいおい……。何のつもりだ、ばあさん?」


「……それはこちらの台詞だ。お前からは敵意しか感じられない。数度に渡る教団への攻撃……何が目的だ?」


 ハオスがブリティオンの魔法使いの組織「永遠の黄昏れ」に所属しているため、こちら側が知らない情報は少しでも得たいのだろう。アレクシアはハオスの動きに警戒しつつ、問いかけていた。


「そちらの組織が教団に攻撃を行った場合、国家間の問題にまで発展することは承知済みだろうな?」


「はぁ~? 国なんて、関係ねぇよ」


 馬鹿にするような物言いでハオスは溜息を吐く。


「これは俺達個人がやっていることだ。俺達がたまたま組織に属していて、そしてブリティオンという国にいるだけで、他には何も関係ない。ただ、やりたいから、やるだけだ」


 ハオスは今、「俺達」と言っていた。


 彼はブリティオンのローレンス家の当主であるエレディテル・ローレンスによって、その身体は作られたと言っていたが、もしその言葉通りなのだとしたら、この襲撃の裏にエレディテル・ローレンスがいるということだろうか。


「……」


 すると、クロイドがアイリスの壁になるように一歩前へと出て、ハオスから見えないようにわざと隠してくる。


 自分達は先日、ハオスと顔を合わせているため、他の団員に関係性があると思われては面倒になると考えたのかもしれない。

 それでも、ハオスが教団に何かしようと企んでいるのならば、阻止しなければならないだろう。


 アイリスとクロイドは出来るだけ気配を覚られないように、他の団員達の間から覗くようにハオスを見ていた。


「……もう一度、聞く。教団を襲って何をするつもりだ」


 アレクシアの声色は鋭いままだ。彼女が黒杖に魔力を込めれば、結界の中にあるものを一瞬にして消し去ることだって出来るだろう。


 他の団員達もハオスを敵だと見なしているらしく、魔具を持っている者はいつでも魔法が使えるようにと構え始めていた。

 

 ここには魔法が使える者が揃いに揃っている。しかも、今は武闘大会中であるため、力ある魔法使い達がその場に揃っていた。

 皆で一斉にハオスを攻撃すれば、いくら悪魔と言っても、この大人数相手から魔法を受ければ太刀打ち出来ないに決まっている。


 張り詰めた空気がその場に満たされていく。誰もが息を飲み、ハオスの言葉を待っているようにも感じた。


 それでもハオスは自分の方が不利だと思っていないらしく、余裕の笑みを浮かべているだけだ。

 すると、ハオスは口を閉ざしたまま、右手をすっと前に出して、左から右へと一閃を描くように薙ぐ。


「っ!?」


 瞬間、ハオスと巨大な魔物を囲っていたアレクシアの結界は音を立てないまま、そこから突如として消え去ったのだ。


 瞬時に消え去った結界を見て、周りの団員達も動揺を隠せないでいた。何せ、黒杖司であるアレクシアは教団の総帥に次ぐ者としてふさわしい力を持っているため「三碧の黒杖」として選ばれているのだ。


 その黒杖司が形成した結界をハオスは一瞬にして消し去ったのだから、形成した本人であるアレクシアも驚かないわけがない。


「何を……」


「甘いな。さすが、ぬるま湯の魔法使いは魔法の加減が甘すぎるぜ」


 溜息を吐きつつも、ハオスが何故かこの状況を味わっているように見えたのは気のせいではないだろう。彼は何もかもを楽しんでいるのだ。


 ハオスが何かを楽しむ表情を自分は嫌という程、脳裏に焼き付けているのだから、分からないわけがなかった。


    


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