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イト


 武闘大会、本戦当日。昨日の予選で勝ち残った者達が順位を決める本戦は、予選と違って、確かな実力を持っている者が集まると言う。


 その中には魔具調査課から参加している全員が本戦まで残っており、他の課から向けられる恨みがましい目は尋常ではなかった。

 何故なら、魔具調査課は参加人数が一番少ないが、本戦に出場するのは参加している全員だからだ。


 本戦となってくると、やはりそれぞれの試合の時間が被ることもあり、先輩達の応援には直接行けそうにはないため、お互いに健闘を称え合ってから別れることとなった。


 アイリスと同じ武術部門に参加しているロサリアと、このままいけば試合が当たる可能性もあるだろうが、先輩だからと言って遠慮しないで全力で来て欲しいと事前に言われているのは、後輩であるアイリスのことを気遣っているからだろう。


 もちろん、アイリスとて、先輩が相手でも遠慮なく本気で試合をするつもりだ。

 そのためにはまず、一戦ずつ勝ち星を上げていかなければならない。


「……よし」


 本戦の武術部門、第一試合目はアイリスが出場することになっているが、クロイドも魔法部門の方で試合があるため、応援には来られないらしい。


 その代わり、ミレットがずっと自分に付いていてくれるとのことだが、やはり昨日の試合で暴走した件があるため、見張りとしても傍に居たいのだろう。


 ……出来るだけ、心配はかけたくないけれど、強い自分でいるためには――手段は選べない。


 アイリスはふっと短く息を吐いてから、気合を入れ直し、第一試合の会場へと入場した。




 アイリスはその後も、本戦二試合目の試合にも勝利し、武術部門での順位を少しずつ上げていった。


「いやぁ、見ているこっちは、ずっと心臓が大きく鳴りっぱなしだわ……」


 昼食を一緒に食べ終えたミレットがアイリスの隣を歩きながら、少しげっそりとした表情で何度も頷いている。


「私に戦闘能力があっても、絶対に対人戦は無理ね。怖すぎるわ」


「まぁ、ミレットは運動神経も並みくらいだから、あまり向かない気はするけど……」


「あっ、失礼な! 走るのくらいは出来るわよ!」


 基本、机仕事が多い情報課に所属しているミレットだが、普段からそれほど運動神経が良いわけではないため、激しく動いた日の翌日にはいつも筋肉痛になっていた。

 少しくらいは運動をして身体を鍛えた方が良いだろう。


「ミレット。アイリスの次の試合相手は誰なのか、分かるか?」


 クロイドは午後から始まる試合が5つ程後に控えているため、それならば時間がぎりぎりになるまで応援に行くと言って、アイリス達に付いて来ていた。


「んー? ちょっと待ってね……」


 ミレットは手帳型の魔具である「千里眼」を外套の下から取り出すと、迷うことなく魔法を使い始める。

 情報収集は彼女の得意魔法だが、まさか試合相手を千里眼で調べるとは、少々魔力が勿体ない気もしたが、アイリスは何も言わなかった。


 ミレットは千里眼の項目を素早く開いていく。


「あ、出て来た、出て来た」


 千里眼のとある項目を開いて、ミレットは満足げに何度も頷いていた。彼女の欲しい情報がその項目にはっきりと記されているのだろう。


「次の相手は、魔物討伐課に所属しているチーム『(ネーヴェ)』のイトって子ね」


「え……」


 ミレットから告げられる名前にアイリスは思わず呟くと、数歩先を歩いていたクロイドがこちらを軽く振り向いた。


「アイリス、知っている人か?」


「え、ええ。前に手合わせしたことがあって……。でも、決着が付かなかったから、武闘大会で対戦出来ればいいなと思っていたの」


「あら、それなら丁度良かったじゃない」


 ぱたん、と手帳を閉じてから、ミレットは顏を上げる。


「……確か、このイトって子……。アイリスみたいに通り名が付いていたのよねぇ」


 何だったかなと言いながら、ミレットは口元に手を当てつつ思い出そうとしている。他の課に所属している者の通り名まで知っているとはさすがミレットと言ったところか。


「あ、そうそう。『黒の野犬(ネロ・ウィルドッグ)』って通り名よ」


黒の(ネロ)……野犬(ウィルドッグ)


「……どうしてそんな名前なんだ」


 アイリスが訊ねようと思った言葉をクロイドが代わりにミレットに訊ねた。


「うーん……。私もこの子をちらっとしか見た事ないし、しっかりと情報を得ているわけじゃないけれど……。彼女、東方の国の血筋らしいのよね」


「……」


 それは知っている。しかし、何故「野犬」などと呼ばれているのだろうか。もしかすると、イトに名付けられたこの名前は自分と同じ周りから付けられた「忌み名」なのだろうか。


「この国だと珍しい濃い色の黒髪と黒目の持ち主でね。だから、(ネロ)なんだろうけれど……」


 元々、興味がない情報だったらしく、ミレットも情報収集不足だと言わんばかりに肩をわざとらしく落としている。


「名前の由来が気になるなら、調べてくるけれど、どうする?」


「……ううん、いいわ。もし、その呼ばれ方が忌み名だったら……由来を聞いている方としては、気分が良くないでしょうし」


 アイリスが首を横に振るとミレットは何故か嬉しそうに口元を緩めていた。


「まぁ、アイリスのそういうところ、私は好きだけれどね。……でも、相手に気を取られ過ぎて、足元を掬われないように気を付けなさいよ~?」


「分かっているわよ……」


 からかう口調のミレットに対して、アイリスは溜息交じりに答える。

 確かに、人のことを気にしていては、試合に集中出来ないだろう。アイリスは何も気にしていないと言わんばかりに小さく首を横に振って、訓練場を目指して少し早足で歩み始めた。



 試合会場である訓練場に着くと、そこでは一つ前の試合が終わろうとしていた。もうすぐ次の試合の招集がかけられるだろう。


「それじゃあ、行ってくるわね」


「怪我しないようにね!」


「……気を付けて行ってこいよ」


 クロイドとミレットに軽く手を振り返してから、アイリスは応援席から離れて、招集場所へと向かって行く。

 試合の進行役の男性の周りには、去年の大会の武術部門で上位だった者が数人、見かけられた。


 ……気を引き締めないとね。


 そう思いつつ、集まりの中の一人として身を紛れていた時だ。


「――アイリスさん」


 鈴が鳴ったような細い声に呼ばれて、アイリスは後ろを振り返る。自分よりも身長の低いイトがそこには立っていた。

 彼女の右手に視線をちらりと向けると、自分と同じ得物である木製の長剣が握られている。


「こんにちは」


 表情に色は無いが、元々そういう顔立ちらしい。だが、挨拶をしてくる声は少しだけ弾んだようにも聞こえた。


「こんにちは。お互いに、本戦まで残れて良かったわ」


 この後、自分はイトと試合をすることを知っているが、それはあえて言わなかった。


「ええ、そうですね。楽しみにしていたので、嬉しい限りです」


 明るめの口調で、イトがそう言ったあと、無表情だった顔をふっと訝しげなものへと変化させる。


「……アイリスさん?」


「え? 何かしら」


「いえ……。何だか、先日お会いした時よりも……」


 端正な顔立ちをしているイトの眉が中央へと寄せられたまま、じっとアイリスの顔を覗き込むように見て来る。


「あの、言いにくいのですが……」


「――それでは、本戦十六試合目の試合会場と対戦相手の発表をするので、こちらに……」


 イトの言葉の続きは試合の進行役の男性の張られた声によってかき消されてしまう。

 招集が始まったため、イトもそれ以上言葉を続けることは諦めたらしく、アイリスに向けて何でもないと言うように首を振った。


 ……何を言おうとしていたのかしら。


 だが、自分から訊ねる気にはなれなかったのは、試合前だからか、それともイトの表情が珍しく訝しげに見えたからか――。


 ……駄目よ。今は試合に集中しないと。


 イトと数回ほど手合わせをしてきたが、どれも決着が付かないままだ。生半可な気持ちで挑めば、簡単に返り討ちになるのは予想しなくても分かっている。イトの剣の実力は自分の想像以上だろう。


 アイリスは顔を引き締め直してから、進行役の男性が自分達の名前を呼ぶ瞬間をじっと耐えるように待った。


   

 

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