表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
354/782

追撃


 剣を構えた状態のアイリスがケルンと対峙してどのくらいの時間が経ったかは分からない。短いような、長いような時間は空気が流れないまま、過ぎていく。


 他の試合会場から、聞こえるはずの掛け声は全く耳に届いておらず、アイリスは深く心を落とし込み、負の感情を沸き上がらせないほどに集中していた。


「……」


「……」


 お互いに相手の出方を窺っているため、静寂だけがその場に漂う。構えている武器さえ、微動することはない。お互いがお互いの息の仕方を見ては、動きを見計らっているのだ。


 しかし、深い夜のような静寂を最初に切り裂いたのはアイリスだった。右手に剣を握りつつ、強く床を蹴ると、一気にケルンとの間合いを詰めるべく、放たれた弾丸のごとく飛び出したのである。


「っ!」


 ある程度はアイリスの動きを予想していたのか、ケルンは素早く大剣を構えて、アイリスの細身の剣を受け止めようと体勢を整える。


 しかし、それにも関わらず、アイリスは槍による攻撃のように上段を狙った後はすぐに腕を引いて、下段から掬い上げるような動きを取った。


「うおっ……」


「……」


 上段からの攻撃は水平を描くものだったため、すぐにケルンの大剣によって塞がれてしまったが、次に繰り出した下段からの攻撃にケルンは反応出来なかったらしく、アイリスの剣がケルンの左肩を強く掠めていった。


 血が出るほどの大きな攻撃ではなかったため、服が少し裂ける程度だったが、それでも刃先が接触した痛みは感じられたのかケルンの表情が少々苦いものへと変わる。


「っ……」


 アイリスから異様な殺気を感じたのか、ケルンはそれまで余裕のある表情だったものを歪ませて、素早く数歩跳ぶように後ろへと下がった。


 だが、アイリスの攻撃はそれだけでは終わらなかった。


 今まで、追撃することを躊躇していたアイリスは迷うことがないまま、一歩を大きく踏み出し、そのままケルンを追いかけるように剣を下から上に持ち上げるように薙ぐ。


「なっ……」


 アイリスが下から上へと突き上げるように薙いだ剣は、ケルンの大剣の平を沿うようにしながら滑っていく。


「このっ……!」


 ケルンはそのまま、沿っている剣を叩き落すべく、腕に力を込めて、振り下ろした。


 アイリスの剣とケルンの大剣がお互いに力を込めて、強く接触した瞬間、案じていたことがとうとう起きてしまう。


 ――ビキッ。


 剣同士が接触した瞬間、込められた力が負けたのはアイリスの剣だった。軽やかな音と共に、それまでは細い一閃を描いていた剣は一瞬にして真っ二つに離れるように折れていく。


 誰かが短く自分の名前を叫んだ声が耳に届いたような気がしたが、それさえも気にすることないまま、アイリスは試合を続行していた。


「……」


 叩き落された、剣だった木製の欠片に目を留めず、アイリスは手に残る剣だったものを握り直す。

 そして、それをケルンの顔に向けて、ナイフを投げるように素早く放ったのである。


「っ!?」


 武器を投げるというアイリスの行動を予想していなかったケルンは、顔に迫って来る剣の欠片の攻撃を防ぐべく、大剣を横に倒した。


 アイリスの剣だった木製の欠片はケルンの大剣の平に一直線に直撃すると、勢いを落として、そのまま床に向かって落下し始める。


 だが、その一瞬は、アイリスにとっては十分な一瞬だった。大剣でアイリスの攻撃を防いだことで、ケルンの視界は一瞬だけだが、アイリスの姿を自ら隠す愚行を行ってしまったのだ。


 アイリスは先程、ケルンによって叩き割られた細身の剣の半身をすぐさま床から奪い取るように掴み取ると、視界が狭まったケルンに向けて、一気に間合いを詰めていく。

 その足音は、重力が存在していないと思える程に静かで、軽やかなものだった。


 攻撃を防ぐために、盾としていた大剣を振り下ろせば、ケルンの目の前にはいつの間にかアイリスが迫って来ていた。


「!?」


 長剣ではなく、短剣となったアイリスの木製の剣が迷うことなく、ケルンの腹部へと思いっきり突き刺さる。


「ぐおっ……」


 試合用の剣とは言え、武器は武器だ。いいところに入ったのか、ケルンは表情を歪ませるもその巨体が後ろへと倒れることはない。


「っ……。負けるかぁっ!」


 いつもなら、ここですぐに距離を取ってから息を整えるが、そんな考えは頭から零れ落ちていた。

 アイリスを動かしているのは一つの感情だけで、それ以外は全て「自分が死ぬ」ことを意味していると認識していたからだ。


 ケルンは大剣でアイリスを怯ませるつもりなのか、アイリスの横腹に向けて、その大剣を大きく薙いだ。

 アイリスはその攻撃を身体で受けるべく、一歩も動かないままだ。


 微動しないアイリスの左の横腹にケルンの大剣は確かに横薙ぎで入っていた。しかし、アイリスは色のない表情を変えることがないまま、細身の身体を床の上に倒すことはない。


「……。……!?」


 ケルンの瞳が驚きで満ちて、大きく見開かれていた。


 アイリスは大剣が身体に接触する前に、自らの武器を横腹へと添えて、大剣を軽々と受け止めていたのである。


「俺の攻撃を片手で……!?」


「……」


 ケルンの表情は、アイリスの細い右腕一本で、どのように彼の渾身の力に耐えたのかと問うてきているものだった。


 アイリスとて、ケルンの攻撃による衝撃を全て、防ぎ切ったわけではない。短剣で攻撃は防いでいるが、身体にそのまま接触しているため、左横腹と右腕にはかなり重い衝撃が伝わって来ていた。


 痛みという感覚よりも、アイリスを支配しているものの方が勝っているため、それを表に出すことがないだけで、与えられた痛みはアイリスの身体に確かに残っている。


 だが、アイリスは痛みによる表情を変化させないまま、次の攻撃を繰り出さすために、ケルンよりも先に動き出す。


 ケルンが薙いだ大剣を引き戻すよりも早く、アイリスは短剣を再び構えて、一瞬でケルンの懐へと入った。

 アイリスの動きに反応出来ないケルンの腹部に向けて、再び短剣を押し込めるように突き刺す。


「ぐふっ……」


 同じ腹部に二度目となる攻撃を受けたケルンはさすがに身体を後ろへとよろけさせる。

 だが、アイリスは遠慮することがないまま、連打するように短剣を右肩、左肩、そして胸へと立て続けに攻撃を繰り返した。


 数度の攻撃を直接受けたケルンはその巨体を後ろへと倒し始める。彼が握っていた大剣はケルンの右手から離れて、床の上へとゆっくりと倒れていった。


「……」


 成すすべがないまま倒れていく巨体を追いかけるようにアイリスはそのまま、一歩を踏み出していく。


 床の上へと倒れた歪んだ表情のケルンの身体に被さるように圧し掛かると、アイリスは短剣を両手で握りしめ直してから、ケルンの頭目掛けてそれを問答無用で振り下ろした。



    

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ