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試合相手


「――いやぁ、中々良い速攻だったわねぇ。クロイドは慎重に事を運ぶ性格かと思っていたけれど、結構大胆なところもあったのね~。あの魔法の速さを操れる人は久々に見たわ」


 アイリスの試合が始まるため、クロイドの試合が終わったあとに合流して、四人はすぐに武術部門の試合会場である訓練場に向けて移動していた。

 少々、早足気味で移動している最中、ミレットが腕を組みつつ、クロイドの試合に対して感心するようにそう言ったのだ。


 先程のクロイドの試合はミレット達だけでなく、応援席で試合を見ていた大会の参加者達も色々と思うことがあったようで、暫くの間、クロイドの名前があちこちから聞こえていた。


 クロイドは耳もいいので、その声も彼の耳に届いているはずだが、特に気にすることなく、表情は試合前と変わらないままだった。


 クロイドの魔法を見た事がなかった者からすれば、速攻で試合を終わらせたことを意外だと思っていたらしく、彼に対して気にする素振りを見せる者もいれば、はっきりとした羨望と驚きの視線を送っている者もいた。


「一瞬とはまさにあのことだわ」


「目を瞬かせている間に試合が終わっていたので、驚いたのです……」


 ミレットの言葉に深く同意するようにエリックも何度も頷いている。


 アイリスも試合や任務の中で、あれほど早く魔法を形成している瞬間を見た事がなかった。それでも、自分よりミレット達の方が驚いていたので、同意するような返事しか出来ずにいた。


 本当ははっきりとクロイドの凄さを称えたいと思っていたのだが、それを人前で行うのはためらわれたからだ。

 恐らく、ミレットがすぐに自分をからかうに違いないと思ったことも理由の一つである。


「知っている魔法の中で、一番形成が早い魔法が風斬り(ヴァン・ラーマ)だったからな。余計なことを考えるよりも、先手を取って攻撃した方が良いと思って」


 クロイドは何でもなさそうにそう答えているが、いくら魔法を早く形成させようとしても上手くいかない場合だってあるだろう。

 それを易々とやってのけるので、やはりクロイドには魔法に関する才能が備わっているのだとアイリスは密かに思っていた。


 ……想像以上だわ。


 クロイドと出会って、彼が魔法を使い始めた時期から思っていたことだ。

 普通なら、魔法に関することが記されている本を読み、全てを理解した上で、簡単に魔法を操ることが出来る者は少ないだろう。


 それに魔法に必要なのは魔力だけでなく、想像力も必要とされるので、自身の想像通りに魔法を形成させるには、それなりに鍛錬を積まなければならない。

 だが、クロイドは難しい表情をすることなく、あっという間に魔法を覚えていっていた。


 もちろん、クロイドは努力家なので、自分の知らない間に彼が魔法の勉強と鍛錬をしているのだと想像は付くが、数段を飛び越えていくような彼の成長には驚くばかりだ。


 ……私も、もっと強くならないと。


 剣を振るうことに迷いなんて、なかった。強くなる理由は頭の中でしっかりと認識しているのに、身体が追いついて来ない場合だってある。


 努力以上の力を自分はつけなければならないのだ。

 それが何のためのものなのか、自分は胸の奥に刻むように深く抱いている。


 アイリスは隣を歩くクロイドに気付かれないように、両手をそれぞれの親指に食い込ませるように握りしめていた。




・・・・・・・・・・



 クロイドの試合が早く終わったおかげで、予定よりも少し早い時間に武術部門の会場に着いたアイリスはさっそく参加者の招集で呼ばれたため、応援席で待つクロイド達に一言、言い置いてから向かうことにした。


 ……次の試合相手は誰かしら。


 初戦の相手の名前は事前に配布されている試合表に書かれているが、二試合目となると招集されてからの試合直前にしか相手の名前を知る事が出来ないのだ。


 一体、どのような人物が自分の相手なのだろうかと思いつつ、アイリスは進行役の男性が自分の名前を呼びあげる瞬間を待っていた。


「――第20会場、アイリス・ローレンス対ケルン・スミス。……以上が第21試合目の参加者となっております。各自、準備が整い次第、会場入りして下さい」


「……」


 進行役の男性が試合表の名前を読み上げると、参加者たちはそれぞれ指定された試合会場へと歩き始める。しかし、アイリスは自分の試合相手の名前に思わず眉を寄せてしまっていた。


 ……ケルン・スミス。


 知っている名前だが、それだけではない。去年の試合で自分が負けた相手の名前だったのだ。まさか、これほど早く再戦の機会が来るとは思っていなかったため、つい訝しげな表情をしてしまった。


「――よう、アイリス・ローレンス」


 陽気な声がすぐ傍で聞こえて、アイリスはゆっくりと声がした方へと振り返る。そこには明るい茶色の短髪に白く輝く歯を見せながら、快活そうに笑う青年がいた。


 彼の手には試合用の木製の大剣が握りしめられており、それを右肩へと軽く載せるような姿勢で立っていた。

 見上げる程に高い身長と、地面に根を張っているかのような体格は正直に言えば、細身の剣を使っている自分の相手としては相性が悪いのだろう。


「こんにちは、ケルンさん。お久しぶりですね」


 ケルンは魔物討伐課に所属しているが、アイリスのことを魔力無し(ウィザウト)として蔑んではおらず、むしろ剣士の一人として扱ってくれるため、他の者と比べれば接しやすい人物でもあった。


「おう、久しぶりだな! 去年の試合以来だなぁ。手合わせしようにも、中々会う機会がなかったし」


「そういえば、そうでしたね。……今日の試合、去年あなたに負けたお返し、しっかりと返させてもらいますから」


 アイリスが挑むような視線でにこりと笑って見せるとケルンは口を大きく開けて、愉快そうに声を上げて笑い返した。


「ははっ。その心意気、良し! 俺も試合相手がアイリスならば、本気で出来るからな。この試合、楽しませてもらうぜ」


 それじゃあ、また後で、と言ってからケルンは軽く左手を横に振りつつ、試合会場へと向かって行った。

 アイリスはその背中をじっと見つめつつ、小さく息を吐く。


 ……絶対に、負けない。


 去年、ケルンに負けたことは悔しかったが、その悔しさがあったからこそ、技術を高めようと強く思えた。


 だが、今年は違う。去年までの自分と今の自分は剣の技術だけでなく、他にも高めたものが違うということを、自分自身に知らしめたいのだ。


 去年の今頃の自分とは、決定的に違う、戦いに対する強い意思を持っていると、そう思いたかった。

 そして、勝負だけに負けたくないのではない。己の心にも負けたくはなかった。


「……」


 アイリスは薄く目を瞑り、今度は深く息を吐く。心は落ち着いている。右手に握っている木製の剣の柄の感触も慣れているものだ。


 戦うことが怖いと思える理由も何もない。ただ、目の前の戦いに集中して、勝利を得るだけ。それだけだ。


 アイリスは顔を上げてから、ケルンが進んだ方向へと追いかけるように歩みを進める。

 しかし、その足取りは決して軽いものではなかった。


   

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