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速攻


 エリックの第二試合は、苦戦していたようだったが何とか勝利することが出来たため、次の試合へと進むことになった。

 驚いているのは何よりもエリック本人で、アイリス達がおめでとうと言うたびに嬉しそうに表情を崩して笑みを見せていた。


「さて、次はクロイドの試合なのだけれど……」


 そこで、ミレットが教団本部の建物の中で一番高い塔へと視線を向ける。高い塔は時計台となっており、時計の針が示している時刻を見て、ミレットは難しそうな顔をしていた。


「思ったよりも、魔法部門の試合の進行が遅れているみたいなのよね。そろそろ、武術部門の方に戻らないとアイリスの試合の時間になっちゃうわ」


「あ……。そういえば、そうだったわ」


 アイリスもミレットと同じ方向へと視線を向けつつ時間を確認する。


 自分の試合はあと15分後に予定されているが、運動場であるこの場所から、武術部門の試合会場である訓練場まで歩いて約10分、走れば5分の距離がある。


 そろそろクロイドの試合の順番が回って来るが、はたして彼の試合を見終わってから、走って試合会場まで間に合うだろうかとミレットは暗に言っているのだ。


「……」


 クロイドの試合は見守りたいと思うが、自分の試合も大事である。このまま、試合の招集時間に間に合わなければ、棄権と見なされて試合に参加出来なくなってしまうだろう。

 そうなってしまえば、自分にとってもクロイドにとっても本意ではなくなってしまうに違いない。


 申し訳ないがクロイドの試合は途中まで見て、急いで武術部門の試合会場へと走るしかないだろうと、クロイドに伝えようとした時だった。


「――大丈夫だ」


 アイリスとミレットの話の内容から全てを理解したのか、クロイドが余裕のある表情のまま強く頷く。


「アイリスの試合の時間に間に合うように、俺の試合を早く終わらせればいいんだろう?」


「いや、それはそうだけれど……」


 ミレットが少々呆れたように口籠りながら言葉を返すが、クロイドは特に駄目なことなんてないはずだと言わんばかりに首を小さく傾げているだけだ。


「一試合が行われる時間は最低でも5分はかかるでしょう。それでもここから走って、何とか間に合う時間にしかならないわよ」


 クロイドの言葉にミレットが反論していると、試合の進行役が参加者の招集をかけ始める声がその場に響く。どうやらクロイドの試合の順番が回って来たようだ。


「……クロイド。あなたには悪いけれど、試合の途中で……」


「問題ない」


 アイリスの言葉をわざと遮るようにクロイドははっきりと言い放った。彼は魔具の手袋をはめ直しつつ、しっかりとした表情でこちらへと振り返る。


「30秒で終わらせて来る。それなら、時間的にも問題ないだろう」


「……」


 真剣な表情でクロイドはそう言ったのだ。恐らく、口をぽっかりと開けているのはアイリスだけではないだろう。

 視界の端に映っているミレットだけでなく、エリックまでもが目を丸くしてクロイドを見ていた。


「それじゃあ、行ってくる」


「い、行ってらっしゃい……」


 何でもなさそうに彼は固まっている女子3人に背を向けて、招集場所へと向かっていった。


「……クロイド先輩、凄い自信なのです」


「そうね……。多分……愛ゆえ、でしょうね。クロイドもアイリスの試合を全部見たいだろうし」


 感心が半分、呆れが半分の表情でミレットは腕を組みつつ、エリックの言葉に対して、ぼそりと答える。

 照れ隠しをするようにアイリスはミレットの横腹に向かって、勢いよく右肘で小突いた。


 鈍く重い声がミレットから聞こえたが、アイリスは唇を小さく尖らせつつ、知らないふりをする。一応、力加減はしたため、それほど痛くはないはずだが、ミレットに謝る気は更々ない。


 ……全く、ミレットはすぐに人をからかうんだから。


 頬の紅潮を見られないようにミレット達から顔を背けて、アイリスは去っていったクロイドの背中を視線で追いかける。

 招集場所へと向かうクロイドの背中は少しずつ遠いものへとなっていくが、それでも大きく見えていた。




・・・・・・・・・・・・・



 クロイドの次戦の相手は魔法課のマルク・ラスキーという青年だった。クロイドよりも少し年上の彼の魔具はどうやら杖らしく、魔法を放つ速度としては手袋と同等の速さを持っている魔具だ。


 試合相手であるマルクは真剣な表情のまま、杖をしっかりと右手で握りしめてクロイドを真っ直ぐと見据えている。

 その様子を見る限りでは、武闘大会に初参加のクロイドを見下してはいないようで、本気で仕掛けるつもりらしい。


 クロイドの方はというと、手袋を念入りにはめ直しており、先程とあまり変わらない様子のように見える。

 それどころか、表情が初試合の時よりも涼しげに見えるのは気のせいではないはずだ。二試合目となるので、心に少し余裕があるのかもしれない。


 ……30秒で終わらせるって言っていたけれど、何か秘策でもあるのかしら。


 アイリスは応援席から乗り出すように身体を前のめりにしながらクロイドの試合をそっと見守る。



 準備が整ったことを確認した審判が右手を上げて、高々と声を張った。


「――第十八試合、……始め!」


 試合開始の合図が審判によって、会場中に響き渡るように告げられる。

 その瞬間、クロイドと試合相手のマルクは同時に魔具をお互いに向けて素早く構えた。


透き通る(クラルティ)……」


「――風斬り(ヴァン・ラーマ)


 マルクが杖を振って、呪文を唱え終える前にクロイドは指を鳴らすような仕草をして、手袋を前へと突き出す。


 クロイドがはめている手袋の指先から発生した風は鎌の刃先のような姿を瞬時に成して、マルクに向かって襲い掛かった。


 だが、その光景が目を瞬かせる暇がないほどに一瞬だったため、応援席のアイリス達は何が起きたのか理解するのに時間がかかってしまう。

 ただ、耳に残っていたのは鋭い音だけだったからだ。


 ……何が、起きたの。


 クロイドの魔法の形成がマルクよりも早かったのは分かったが、その素早さは今まで彼の隣で魔法を見て来たアイリスでさえ知らない速さだったのだ。


「……え?」


 呪文を途中まで唱えていたマルクが杖を持ったまま、間抜けな声を上げる。風を斬る音と同時にその場に響いたのは、何かが擦り切れて、重いものが地面に落ちる音だった。


 アイリスは目を見開いたまま、マルクの後方へと目をやる。


 マルクが背を向けていた、彼が守るべき木製の人形は首と胴体が真っ二つに分かれており、木の断面がはっきりと見えた。

 木製の人形は鋭いもので素早く切られたことで、綺麗すぎる木目が見えていた。


「……は」


 状況を理解し切れていないマルクが彼の背後に倒れている、首と胴体が分かれた木製の人形を呆けた表情で見つめている。


 誰もが予想出来なかったであろう、その光景は一瞬にして勝負が決まるものだった。


「……やるわね、クロイドの奴」


 隣のミレットがにやりと笑っているが、クロイドの試合の勝敗の付き方があまりにも一瞬だったため、頭が追いついて来ていなかったアイリスはぽかりと口を開けたままだ。


「――勝者、クロイド・ソルモンド!」


 審判によって、クロイドの勝利が告げられ、彼は何事もなかったかのように試合相手のマルクに背を向けて、アイリスの方へと振り返った。


 その時、アイリスと視線を交えたクロイドは武闘大会が始まってから、そこで初めて不敵な笑みを静かに浮かべて見せたのである。


      

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