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態度


 エリックの試合の応援に行く途中で、アイリス達は救護班のテントが立てられている場所の前を通った。

 そこに修道課で、医務室でも助手をやっているクラリス・ナハスが試合中に怪我をした団員を手当てしている姿が目に入ってくる。


「――はい、これでもう大丈夫よ。血は出ていないけれど、無理はしないでね。……あら」


 治療が終わったのか、クラリスは怪我をした団員を見送ったあと、アイリス達の方へと視線を向けて来る。

 最初は知り合いであるアイリス達の姿を見つけて、嬉しそうに黒い瞳を輝かせていたが、その表情はすぐに困ったようなものを見る目へと変わった。


「まぁ、アイリス……。怪我をしたの?」


 クラリスは瞳を瞬かせながら、右手で口を軽く押さえている。


「額を少し切っただけですよ。血は止まっていますし、痛みもないですから」


 アイリスは包帯を巻いた額を軽く押さえながら、苦笑して答えるが、それでも心配だと言わんばかりの表情で、クラリスの眉は深く寄せられたままだ。


「もう、アイリスはすぐに無理をしちゃうんだから……。顔に傷が残らないように気を付けないと駄目よ?」


 クラリスの言葉にその通りだと言わんばかりにミレットが腕を組みつつ何度も頷いている。


 隣に立っているミレットからも、女の子なのだから顔に傷を付けないように気を付けろとよく言われていたことを思い出したアイリスは小さく苦笑しながら頷いた。


「この後も試合があるのよね? 私は救護班だから、この場所から動けないけれど、あなた達が勝つのをこっそりと応援しているわ」


 クラリスにしては珍しく、悪戯をする少女のような笑みを浮かべて笑っている。


 誰に対しても平等に対応している救護班ゆえに、目立った応援は出来ないが、それでも心の中ではこっそりとアイリス達を応援しているという意味だろう。


「出来るだけ、クラリスさんのお世話にはならないように気を付けますね」


「ええ、是非そうして頂戴な。私もその方が安心だわ」


 優しい聖女のように柔らかな微笑みを浮かべながら、クラリスは頑張ってねと言って、アイリス達に手を振ってきたため、それに軽く返しながら、四人はその場から去った。


「アイリスは本当にクラリスさんには頭が上がらないわねぇ」


 ミレットが楽しそうに苦笑しながら、アイリスの肩を軽く叩いて来る。


「うーん……。前に一度、怪我をした時に無茶な戦い方はしないようにと、かなりきつく叱られたのよね。その時の笑顔の圧が凄くって……」


「あぁ、クラリスさんは笑顔で叱って来る人だから、尚更怖いわよねぇ。何と言うか……かなり重みがある笑顔に見えるのよね」


 ミレットも自分と同じようにクラリスに叱られたことがあるらしく、同意の意味で頷いてくれていた。



 ・・・・・・・・・・・・



 すでに午後の部の試合が魔法部門では始まっているらしく、試合会場では団員達が魔法の呪文を唱える声で溢れていた。


「――あらあら、残念ですわ。もう少し、骨がある方だと思っていたのに」


 すると耳の奥に残るような癖のある声が一番端の試合会場から聞こえて、アイリス達はそちらの方へと何となく視線を向ける。


 そこには腰に左手を当てつつ、高笑いする祓魔課のハルージャ・エルベートの姿があった。

 彼女は魔法により、強固な結界を形成しているらしく、ハルージャの試合相手はその結界を打ち破ろうと何度も魔法による攻撃を繰り返していた。


 高笑いするほど、ハルージャは余裕があるらしく、その場から一歩も動くことないまま、攻撃を続ける試合相手を見ては楽しそうに笑っている。

 ハルージャの様子に試合相手の男も悔しそうに表情を歪めていた。


「……性格の悪さが試合にまで出ているわね……」


 ミレットが少々引き気味にそう呟くと、隣にいたクロイドが同意するように頷いていた。


 かなりの時間、ハルージャの結界を破ろうと苦心していたようだが、よほど堅いらしく、試合相手の男は諦め顔で審判に向けて降参を呟いていた。


「――勝者、ハルージャ・エルベート!」


 審判から告げられる勝者の名前が自分のものだと確認したハルージャは、右手で髪をわざとらしくなびかせつつ、見ている側からすれば少し気に障るような笑い方をしながら会場をあとにしていた。


 その姿を見て、エリックがどこか感心したような表情でぼそりと呟く。


「……エルベート家は祓魔関連の魔法に優れていますが、結界魔法も得意な一族ですからね」


「あら、エリック。ハルージャのことを知っているの?」


 アイリスが訊ねるとエリックは慌てながら首と右手を横に振った。


「い、いえっ。深く知っているわけではありませんが……。ただ、有名な魔法使いの家が得意としている魔法は……全部、頭に入れておけと小さい頃から父達に言われていたので……」


「……」


 エリックが属するハワード家もハルージャが属するエルベート家も魔法使いならば、知らない者はいない程に有名な家名である。

 それぞれの家の歴史の長さは、アイリスの家であるローレンス家に匹敵する程に長い歴史を持っている一族達なのだ。


 有名な魔法使い家の出身というだけで、勝手に期待されたり、嫉妬されたりすることもあるだろうに、エリックもハルージャも苦労しているような表情は全く見せないまま、真っすぐと立っている。


 ……そういう意味では、ハルージャのあの態度も一種の結界みたいなものなのかしら。


 家名に泥を塗らないようにと立派な魔法使いでいることを常に心掛けているのかもしれない。


 確かにハルージャの魔法の実力は唸る程のものだと分かっているが、嫌味を言ってくるので彼女の持つ凄さが半減されてしまう気がしてならなかった。




 すると、試合が終わったばかりのハルージャがアイリス達の方向に向かって歩いて来ていた。


「あ……」


「……あ」


 鉢合わせしたアイリス達は何となく立ち止まったが、ハルージャの方も何故ここに居るのだと言わんばかりに驚いた表情のままで固まっていた。


 つい先ほどの試合で腰に手を当てて、高笑いしていた人物と同じ人物なのかと疑う程に少々間抜けな表情をしていた。


 いつものハルージャならば、アイリスの顔を見た瞬間に最初から言葉を用意されていたような速さで嫌味を言ってくるのだが、目の前にいる今の彼女からはそのような気配は感じられなかった。


「あ、ハルージャ。さっきのあなたの試合なのだけれど……」


 一言くらい、アイリスが何か言葉をかけた方がいいだろうかと話しかけたが、ハルージャの視線はアイリスの隣に向いていた。

 アイリスの隣に立っているのはクロイドで、彼は目の前で固まっているハルージャを無表情のまま見つめている。


「……」


「ひぃっ……」


 ハルージャにしてはかなり珍しく、エリックのような怯えた声を上げたため、アイリスはすぐにクロイドに睨むのを止めるようにと左腕の肘で彼の腹を軽く小突いた。


「……別に睨んでいないし、元からこういう顔なんだが」


 ぼそりとクロイドが呟くが、それでもハルージャにとっては彼女が怯えてしまう要因をクロイドが持っているらしく、少しずつ足を後退させていく。


「あの、ハルージャ……」


「ごっ、ごきげんようっ……!」


 再びアイリスが話しかけようとしたが、ハルージャはそれだけ告げて、来た道を早足で急ぐように戻っていった。


「……どうやらまだ、クロイドのことは苦手みたいねぇ」


 尻尾をまいて逃げる動物のようにその場から立ち去るハルージャの後ろ姿を見つつ、ミレットは口に手を当てて、面白そうに笑っているだけだ。


 クロイドの方も、別に苦手とされても構わないと言った表情で取り澄ましているように見えて、アイリスは一人、少々呆れ気味に溜息を吐いていた。


   

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