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親友


「……」


 ミレットの言葉にクロイドは思わず無言になってしまう。別に彼女が言ったことを拒絶したいわけではない。ただ、言葉を返せなかったのだ。


「……どうして、俺なら出来ると思うんだ」


 絞り出すように発した言葉はそれだけだった。


 アイリスはまだ着替えが終わっていないらしく、部屋から出て来る気配はない。エリックもまだ戻ってこないため、廊下には自分とミレットの二人だけだ。


「相棒として、恋人として……。アイリスの心を本当の意味で支えてくれているクロイドなら、もしアイリスの自意識がこっち側(・・・・)に戻って来なくなった時に、どうにかしてくれるかもって思ったのよ」


「……」


 クロイドは一度、口を噤み、真っすぐとミレットを見る。


「俺は、アイリスが傷付く姿は見たくはない。例え、彼女が傷付くことに厭わなくても……。だから、アイリスが危険なことをするなら、無理にでも止めるつもりだ」


「……うん」


「ただ……。俺でも止められなかった時、アイリスはどうなってしまうと思っているんだ」


「……」


 ミレットは難しいことを考えるように表情を歪ませる。アイリスの親友である彼女としても、あまり悲観的なことは考えたくはないらしいが、それでも悪い方向へと考えていることはあるらしい。


「私は……。もし、アイリスが自分を忘れたまま暴走するようなことになれば……それは自分の心を殺していることだと思う」


「……」


 どこかで、誰かの笑い声が聞こえた気がした。他の団員が階段を通っているのかもしれない。


「心を殺し続けて、耐えられる身体があると思う? ……無意識に傷付けた心は身体と共に壊れて、その先に待っているのは発狂でしょうね」


 苦渋の決断をしたような顔で、ミレットは首を横に振りながら答えた。


「だから、私はアイリスがそうならないように、声をかけ続けるしかなかった。名前を呼んで、あの子が何をしているのかを自覚させて、引き戻すことしか出来なかった。……私に戦闘能力があれば、無理にでも気絶させて正気に戻すんだけれどね」


 情報を収集する力しかないし、と言ってミレットは自嘲するように苦笑する。


「……いつか、あんた達の仇の魔犬(まけん)を倒すことが出来たら……。きっと、その後のアイリスは本当の意味で笑顔になれるんだって、私は思っているの」


「……」


 ミレットも彼女なりに魔犬の行方を調べてくれている。しかし、それはアイリスに協力しているだけではなく、彼女なりのアイリスへの想いから行動しているのだろう。


「魔犬も魔物も……全ての争いから、あの子を遠ざけて、優しい世界で生きて欲しい。そうすれば、アイリスは自分の心を殺してまで戦う必要はなくなるもの。……そのためなら、私は自分の人生の半分……いえ、全てをかけて、アイリスに協力するわ」


 鋭く細められたミレットの瞳は決意で満ちているようにも思えた。


「……随分と、アイリス想いなんだな」


「あら、妬けちゃう? ふふっ……。大丈夫よ、私がアイリスに抱いているのは友情だけだもの」


「そういう意味じゃないんだが……」


 また、からかわれているような気がして、クロイドは頬を軽くかいた。そんな様子の自分を見て、ミレットは更に笑い声を上げる。

 だが、次の瞬間にはふっと真顔になった。


「……最初にね、会った頃にアイリスに色々と助けて貰ったことがあるのよ」


「……」


 そこに先程までの鋭い瞳はなかった。表情は真顔なのに、彼女の瞳は懐かしいものに想いを寄せているように穏やかだった。


「小さい頃の私は、自己表現が上手く出来なくって……。その時に迷惑をかけたのに、アイリスは進んで助けてくれたの。……あの子のお節介はこっちがうんざりするくらいに鬱陶しくて、振り切れなくて、そして優しいものだって、クロイドも知っているでしょう?」


「……まぁな」


 冗談交じりにミレットは話を振って来たため、クロイドは小さく肩を竦めて答えた。


「その時に、無償の優しさって本当にあるんだと知ったわ。損得を考えることなく、相手が困っているから、手を伸ばす――アイリスはそういうことを素で出来ちゃう子だったのよ」


「それは今も変わっていないみたいだけれどな」


 ミレットに同意するようにクロイドも頷く。


「だから、私はその時に決めたの。……アイリスが困っているなら、私は全力であの子のために尽くす。あの子が望んでいなくても、私はアイリスの幸せを望む。自ら傷付けようとするなら、それを否定するって……アイリスに助けて貰った時に、決めたのよ」


 再び、鋭い視線へと戻るミレットだったが、その声はかなり穏やかだった。恐らく、自分の知らない話がアイリスとミレットの間にはあるのだ。

 だから、彼女達の友情はかなり厚く、そして強いもののように見えた。


 ……友人と呼べる奴なんて、いないからよく分からないが……自分のことを理解してくれる人が傍にいるのは、きっと心強く思えることなんだろうな。


 ミレットのアイリスに対する想いは恩返しも含まれているような気がして、クロイドは軽く目を伏せた。


 自分は、アイリスを守りたい。彼女の敵は自分にとっても敵だ。刃がアイリスに到達する前に、その刃を折って、傷一つ付けないまま、彼女をこの手で守りたいのだ。

 だが、もし、アイリスが内側から自身を傷付けている場合はどう守ればいいのだろうか。


 ……言葉だけじゃ、守り切れない。


 おそらく、ミレットもそのことは分かっているはずだ。だから、アイリスが戦闘によって暴走することが減るように、アイリスが剣を握る根幹である魔犬の情報を集め、早く復讐を終えさせたいのだ。

 そして、魔物からは遠い場所で過ごして欲しいと思っているのだろう。


「クロイド」


 名前を呼ばれたクロイドは伏せていた瞳を開けて、ミレットの方を振り向く。


「今の話、アイリスには全部内緒にしておいてね。昔のことを語るのも、アイリスのことを心配しているのも、本人に聞かれたくないし、私の(しょう)に合わないもの」


 そう言って、ミレットは自身の口元に右手の人差し指を添えつつ、いつもの悪戯っぽい笑みを見せて来る。

 少し穏やかになった空気に合わせるようにクロイドは小さく苦笑しながら、頷き返す。



 すると、着替えが終わったのか廊下の奥の方の扉から、エリックが少し慌てた様子でこちらに向けて駆けて来ていた。

 アイリスの部屋からも足音が聞こえてきたので、着替え終わってそろそろ出て来るのかもしれない。


 アイリスの部屋の扉が開く前に、ミレットが再びクロイドの方へと小さく振り返り、二人だけにしか聞こえない声で呟いた。


「――アイリスのこと、頼んだわよ」


 早口で告げられる言葉に、クロイドも軽く頷き返し、そして二人同時に何事も無かったような様子を装った。



「す、すみません、お二方! 替えのシャツが中々見つけられなくって……」


 小走りで着替えの済んだエリックがクロイド達のもとへと到着したと同時にアイリスの部屋の扉が内側開かれる。


「待たせて悪いわね。今のうちに血だけでも落としておこうと軽く洗っていたら遅くなっちゃったわ」


 アイリスは金属製の鍵を部屋の扉の鍵穴へと入れて、施錠してから振り返る。

 着替えが終わったアイリスのシャツは血濡れのものから、真っ白いものへと替わっており、クロイドは人知れず短い溜息を吐いていた。


「よし、着替えが終わったなら、さっそく試合会場に戻りましょうか。確か、午後からだとエリックの試合が先だったわよね。その後がクロイドで、アイリスの順番だったわ」


「人の試合なのに、よく覚えているわね」


 アイリスが苦笑しつつ、試合会場に向けて廊下を進み始める。それに続くように三人も歩み始めた。


 クロイドはふと、アイリスの頭に巻いてある包帯に視線を移す。包帯に赤い色は滲んでいないのに、何故か彼女が血で濡れていた光景が脳裏から剥がせないのだ。


 ……アイリス。


 名前を呼ぶだけでは、彼女の心は守れない。

 だから、強くなるしかないのだ。強くなって、魔犬を討ち滅ぼすしか、今は方法が思いつかなかった。


 ――魔犬に復讐をする。


 それこそが、アイリスが本当の意味で心から安らぎを得ることが出来る最短で過酷で非情な手段なのだろう。



 クロイドはアイリスに気付かれないように、薄く目を伏せて、自身の力不足を痛感するように唇を噛み締めていた。


   

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