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自制


 クロイドは女子寮がある階の廊下の壁にもたれつつ、腕を組んで顔を顰めていた。アイリスか、もしくは知り合いの女子の誰かが一緒にいるなら、女子寮の階に一人で立っているのは平気だ。


 それに以前、アイリスから多くの魔法に関する本を貸して貰った時に、数度だけアイリスの部屋にも入ったことはあった。


 ただ、目の前を通り過ぎていく団服姿の女子達が、自分のことを少々不審な瞳で見ている気がして、気持ちが落ち着かないのである。

 もちろん、出来るだけ目を合わせないようにクロイドは薄く瞼を閉じていた。


 ……まだ、だろうか。


 別に男子が女子寮の階に来てはいけないという決まりはない。夜の時間帯であれば、はばかれるだろうが今は昼だ。


 やましい気持ちなど一切ないため、ただ立って時間を過ごすことくらいは出来る。平然を装いつつ、堂々としていれば何も問題はないはずだ。

 それでも、出来るなら、知らない女子が廊下を通らないで欲しいと密かには思っていた。


 女子の着替えには時間がかかると聞いているが、試合に出場していないミレットは着替えないはずだ。何故か自室に忘れ物があるからと取りに行ってしまったが、そろそろ戻って来るだろう。


 すると、予想通り廊下に足音が響いてきて、声がかけられる。


「――あ、クロイド。一人にして、悪かったわね」


 ミレットが面白いものを見たと言わんばかりの表情で苦笑しながら近付いてくる。クロイドは一つ短い溜息を吐いてから、もたれていた背を少しだけ起こした。


「別に構わないが、やはり一人で女子寮の廊下に長居はしたくないな」


 クロイドが少々顰め面でそう吐き捨てるとミレットは更に笑い声を上げる。人をからかっては良く笑う奴だが、何故か憎めないのだ。

 それは恐らく、ミレットに同じようにからかわれることが多いアイリスも同じように思っているだろう。


「それもそうね。……アイリスはまだ、着替え終わっていないみたいね」


「あぁ」


 しかし、一瞬にしてミレットの瞳が暗いものへと変わる。それがあまりにも不自然に思えたクロイドは小さく首を傾げた。


「……ねぇ、クロイドも気付いているんでしょう?」


 ミレットはクロイドの隣に並びつつ、同じように廊下の壁に背をもたれる。彼女の瞳は真っすぐとアイリスの部屋の扉に向けられたままだ。


「……何を」


 何となくミレットの言いたいことは分かっていたが、クロイドはあえて、そう答えた。


「……さっきの試合。アイリスの様子が途中からおかしくなったと思わない?」


「……ミレットもそう思っていたのか」


 アイリスが試合をしていた時、彼女は額を怪我して血を零していた。その時辺りから、急に何か様子が違うように感じたのだ。

 だが、はっきりと分からない感覚に自分はただ心配することしか出来ずにいた。


「分かるわよ。あの子と何年の付き合いだと思っているのよ」


 ミレットは溜息を吐きつつ、すっと目を細める。


「クロイドは今年が初めての武闘大会だから、去年までのアイリスは知らないでしょうね」


 腕を組みつつ、ミレットはどこか遠くを見るような瞳をしていた。


「……真紅の(クリムゾン・)破壊者(クラッシャ―)


「……」


 ぽつりとミレットが言った言葉にクロイドは左へと小さく振り返る。


「アイリスに付けられたこの忌み名が広まったのはちょうど去年の今頃なの。……どうしてそう呼ばれているかは知っている?」


「確か、魔物討伐課にいた時に魔物を狩りまくって、その返り血を浴びたからだと聞いているが……。あとは、任務中によく物を壊すからだと……」


「まぁ、それも本当なんだけれどね」


 小さく苦笑してから、ミレットは暗い顔で深い溜息を吐く。


「……あの頃のアイリスが一番、真っすぐだったのよ」


「……? 真っすぐなら、良い事じゃないのか?」


 アイリスはむしろ、性格的には今も十分すぎるくらいに素直で分かりやすい性格をしていると思うが。


「うん、まぁ……。……多分、クロイドは驚くでしょうね。あの頃のアイリスは、今のアイリスと全然違っていたから」


 どういう意味だろうかとクロイドが眉を寄せつつ、更に首を傾げるとミレットは部屋の中にいるアイリスに聞こえないようにと配慮しているのか、声を落とした。


「あまり、私の口から言うのもはばかられるのだけれど……。今はそんな事言っていられないからね。アイリスの今の相棒はクロイドだもの」


 何かを決意したのか、ミレットはクロイドの方へと顔を向けて、言葉を続けた。


「……去年の今頃のアイリスは魔物に対して容赦なく剣を振るっていたの。……原形がなくなるくらいにね」


「……」


 何となく、ミレットの言った言葉にクロイドは思い当りがあった。


 以前、ヴァイデ村へ任務に行った時に、自分達は「二幻鏡(にげんきょう)」という魔具でもあり、「幻影を分かつ者(ジュモリオン)」でもある魔物と対峙した。


 その時、アイリスは攻撃を受けた自分を見た後に、意識を手放したように暴走したとその場にいたルオンに聞いている。


 アイリスの身体は幻影を分かつ者(ジュモリオン)の血によって真っ赤に染まっており、そして――色の無い表情をしたまま、ただの肉塊となった死体を見下ろしていた。


 気が付いた自分が目を見開いた時、視界に映ったアイリスは確かに自分の知らないアイリスだったのをはっきりと覚えている。

 そして、今日の試合の際のアイリスと何となく感じが似ているように思えたのだ。


「アイリスは前から、ふっとした瞬間に戦闘に身を入れ過ぎて、自意識を手放してしまう傾向があるの。引き金は……魔物相手だったり、血を見た時だったり、色々よ」


 ミレットは自分の腕で身体を包み込むようにしながら抱いている。震えてはいないが、その顔は苦渋で満ちていた。

 何かを見て来たと言わんばかりの表情に、クロイドはその先に踏み込んでいいのか迷ってしまう。


「攻撃対象は敵だけだから、味方に向けて暴走することはないけれど……。でも、その時のアイリスって捨て鉢みたいで、自分の身体が傷付いていることにも気付かないまま、突っ込んでいくの」


「……何度か、そういうアイリスを見た事がある。自意識は手放していないようだったが」


「あー……。魔具調査課に異動してからは大人しくなったと思っていたけれど、まだその傾向は残ったままみたいね。……今日の試合を見た時、少し前のアイリスに戻りかけたような気がしたもの」


 組んでいた腕を解いて、ミレットは右手で頭を抱える。

 こういう表情する時のミレットはアイリスを心配している時だと、最近になって分かるようになっていた。彼女も親友であるアイリスの事を常に心配している身なのだ。


「私としては、あんなアイリスは見たくないのよ。……あの状態のアイリスは自分で自分を傷付けているように見えて……。いつか、そのまま――死んじゃうんじゃないかって、怖いのよ」


「それは……俺も同感だ」


 一度、戦闘に入るとアイリスは自分の身に危険が迫っていても、突き進んでしまう。彼女自身よりも、守っているものの安全を考慮し過ぎるのだ。


 だから、アイリスがこれ以上の無茶をすることがないように、自分は魔法で援護することに努めた。

 それでもまだ、力が及んでいないことは自覚しているため、唇を噛み締めて、精進し続けるしかないのだ。


「アイリスも……たまにそうなってしまうことは自覚していると思うの。でなければ、ここ数か月のアイリスがこれ程、大人しいわけがないし。……多分、クロイドに血濡れのところなんて見られたくないから、どうにか自制していたのかもしれないわね」


「……」


「だから……。多分、これはクロイドにしか出来ないと思うから、お願いしておくわ」


「お願い?」


 クロイドは身体ごとミレットの方へと向けて、言葉を待った。


「あの子が……。アイリスが暴走しそうになった時、クロイドに止めて欲しいの」


 真剣な表情のミレットから向けられた言葉は、まるで最後の希望に縋る様な物言いにも聞こえた。

   


 

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