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睡眠薬


「と、とにかく、これでブレア課長も大人しくしてくれていると思いますし……。……睡眠薬はそれほど強いものではないので、数時間もすればすぐに目が覚めるかと」


 表情を心苦しそうに歪めながらセルディは課長室の扉に目を向ける。


 確かに、課長室からは物音一つ聞こえず、静かだ。自分達がこっちに集まって、食事をしているなら、いつものブレアならば輪の中に混じってくるはずだ。

 だが、こちらで騒いでいても、一向に扉を開けて来る気配はなかった。


 しかし、納得していない表情で、ミカが首を傾げる。


「ねぇ、セルディ。……あの(・・)ブレア課長がそう簡単に睡眠薬で眠ると思う?」


「……へ?」


 ミカの問いかけに、セルディの整った顔は間抜けなものへと変化した。


「徹夜続きでも体力がもつ、あのブレア課長だよ? 生温い束縛魔法なら気合と覇気で、自力で解いちゃうあの人だよ? 少量の睡眠薬程度で、簡単に寝ちゃう人だと思う?」


 捲くし立てるように呟くミカの言葉にセルディは小さく仰け反っていた。


 ブレアのことを他の魔具調査課の面々より少しだけ知っているアイリスは、ミカの発言に大きく同意しそうになっていた。


 他の先輩達だけでなくミレットもミカの言葉に同意するように頷いてばかりだ。その一方で、セルディは目を見開き、小さく口を開けて固まっている。


「ほら、呆然としていないで、さっさと確認!」


「は、はいっ!」


 見た目は明らかにミカよりもセルディの方が年上に見えるのに、びしっと言い付けられている姿を見ると何とも奇妙な気分になってしまう。


 セルディは慌てた様子で課長室の扉を数回叩き、そして返事が返ってこないことを確認してから、そっと扉を開いていく。


 その場にいる魔具調査課の面々だけでなく、話を聞いていたミレットとエリックも気になるらしく、皆が開かれた課長室の扉の向こう側を見ようと首を伸ばしていた。


「……やられた」


 扉を開いたセルディは片手で頭を抱えつつ、恨めしそうに一人、呟く。


 アイリスが首を伸ばして、見てみると誰もいない課長室の机の上には空になった皿と酒が入っていたであろうグラスが置いてあった。

 そして、課長室の窓は大きく外側へと放たれており、心地よい風だけがその場に吹いている。


「ははっ……。どうやら、ブレア課長は窓から飛び降りて逃げたようだな」


 ナシルが腹を抱えて笑いつつも感心するようにそう言った。


「窓から飛び降りたって……。ここ、2階だぞ?」


「ブレア課長なら簡単に飛び降りそうねぇ~」


 激しく落ち込んでいるセルディに対して、他の先輩達はお気楽そのものだ。

 見張ると任せられていた以上、しっかりとその責任を果たすつもりだったのだろうが、やはりブレアの方が一枚上手だったようだ。

 

 すると、持っていた皿を机の上に置いてからミカが立ち上がる。


「仕方ないなぁ。どうせ午後からは俺が見張り当番だし、代わりに逃亡中のブレア課長を探しておいてあげるよ」


「ミカ先輩……」


 うなだれた様子でセルディが背の低いミカを見下ろす。ミカは胸を張りながら、彼の万年筆型の魔具である「記憶の筆(レジストルエクリ)」を外套の下から取り出した。


 万年筆の蓋を取って、空中に向けて文字を書き始める。金色の文字が宙に浮かぶように書き並べられ、それは星のように光っていた。


「あとは俺に任せて。――『追跡』」


 宙に浮いたままの金色の文字をミカは万年筆を持っていない方の指で軽く弾いた。

 文字はゆっくりと空中を泳ぐ魚のように動き出し、そして吸い込まれるように課長室の窓から外へと出て行ったのである。


「今のは……」


「ブレア課長を追跡して、見つけ次第、俺に居場所を教えてくれるように魔法をかけたんだ。……午後からはゆっくりと試合を見て来るといいよ」


 ミカは少し背伸びをしつつ、セルディの肩をぽんっと優しく叩く。その気遣いが嬉しかったのか、セルディはくしゃりと表情を崩しつつ、ミカに頭を深く下げる。


「ありがとうございます、ミカ先輩!」


 よほど、午後に試合があるロサリアの応援に行きたかったらしく、セルディの表情は嬉しさで満ちていた。


「いいの、いいの。昼食までご馳走になったからね。……まぁ、俺もブレア課長を完全に止められるかは分からないけれど、出来るだけ頑張るよ」


 ミカは表情を暗くし、乾いた笑い声を上げる。魔具調査課の中で一番、腕力と脚力がないのはミカだ。恐らく、ブレアを見つけても直接、取り押さえずに魔法で動きを封じるつもりに違いない。


 そんな光景を見つつ、エリックが目を丸くして、一言呟いた。


「……魔具調査課って、色々と大変なんですねぇ……」




・・・・・・・・・・・・・・



 昼食を食べ終わり、皆で片付けを済ませた頃、ミレットが何かを思い出したように顔を上げた。


「そうだったわ。――アイリス、エリック。まだ午後からの試合が始まるまで時間はあるし、二人とも一度、寮に戻って着替えてきたら?」


「あ……」


 ミレットがこちらを指さしながら、呆れ気味にそう言ったため、アイリスは自分が着ている団服を改めて見てみる。

 試合途中で、額を切った際に血が出たので、つい服の袖で拭ってしまったのだ。そのせいで両袖は血が染み込むように色を滲ませており、傍から見れば、大怪我していると思われかねないだろう。


「はっ……! そういえば、土で汚れていたのにお邪魔してすみませんっ!」


 エリックも彼女の試合の際に土や砂で汚れてしまったため、着替えた方が良さそうだが、彼女は汚れた服で魔具調査課に来てしまったことを申し訳なく思っているらしく平謝りしてきた。


「そんなに気にしなくてもいいんだぞ?」


 ナシルが気さくに笑いながら、右手を軽く横に振っている。


「そうそう。レイクの団服だって、まだ濡れているし」


「あ、そうだった。俺も着替えようと思っていたんだった……」


 レイクは試合の中で水魔法を扱っていた。その水が大きく団服にはねており、所々がまだ濡れているようだ。


「午後からは、それぞれの試合の順番が被ったりしているから、全員の応援は出来なさそうだねぇ」


「確か私とロサリアの試合が被っているんだっけ?」


「そうですね。二人とも、午後から一番目の試合だったかと」


 ナシルに返事をしつつ、ロサリアは無表情で答える。それに加えて、レイクとユアンの試合も被っていたはずだ。

 そうなると、魔具調査課の先輩達、全ての試合の応援に行くことは物理的に無理だろう。


「午後からは皆、別々みたいだな。まぁ、お互い勝ち進んで、決勝で会おう!」


 ナシルが鼻を鳴らしつつ、右手を頭上へと上げる。どうやら気合は十分らしく、その瞳は闘志の炎が一瞬だけ見えた気がした。


「それじゃあ、俺は午後の試合が始まる前にブレア課長を探してくるよ。……皆、怪我しないように気をつけてね~」


 のんびりとそう言いながら、一足先に魔具調査課の部屋から出て行ったのはミカだ。試合が始まる前にブレアを見つけ出し、武術部門にこっそりと参加するのを防ぎたいのだろう。


「ほら、アイリスとエリックも着替えに行くわよ。……クロイドも付いて来なさい」


「え……」


「お、お先に失礼しますっ」


 半ばミレットに連れ出される形で、アイリス達は腕を掴まれ、背中を押されながら魔具調査課の入口の扉へと押し込まれる。


 先輩達に軽く頭を下げつつ、廊下へと押しやられてしまったアイリス達はそのまま、寮の部屋へと向かうことにした。


    

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