自分自身
しかし、岩石の弾丸はクロイドから数十センチ程の目の前で、生を失ったかのようにぴたりと止まったのである。
止まったのは1つだけではない。5つ全てが、動きを止めて空中で微動しないまま浮いていた。
「なっ……」
弾丸を操っていたフランクが有り得ないと言わんばかりに言葉を呟く。
その一方で、クロイドは心底安堵した感情を覚られないように、表情の裏に隠していた。
本当にぎりぎりのところで「逆転せよ」の魔法が効いたため、安堵せずにはいられなかったのはフランクには秘密だ。
……危なかったな。
もう少し、呪文を唱えるのが遅かったならば、岩石の弾丸は身体に当たっていたかもしれない。クロイドは短く息を吐いてから、足に力を入れて、右手を空中に浮いたままの岩石の弾丸に向けてかざした。
フランクが放った岩石の弾丸はすでに自分のものだ。それをどう扱うかで、この勝負は決まる。
「――行け」
クロイドの号令のもと、宙に浮かんでいた岩石の弾丸達はそれまで動いていた方向とは逆に向けて、動き始める。
……まずは、様子見だな。
鋭く放たれた岩石の弾丸は、創造主であるフランクに向けて、反逆するように勢いよく襲い掛かる。その弾丸の勢いは先程よりも、増しているように見えた。
「っ! ……大地の怒り!」
だが、そのままやられる気は向こうもないようだ。フランクはすぐさま、彼を囲んでいる岩石に手を触れて、先程と同じく地面を盛り上がらせる呪文を唱えた。
フランクの触れた手から生み出された白い光が土嚢となっている岩石全てに伝わっていき、それらは更に高く壁を作るように岩石を盛り上げていく。
クロイドの岩石の弾丸が届くよりも先に、フランクの岩石による壁の形成の方が早かったため、勢いよく岩石の壁に直撃した弾丸のうちの2つは衝撃によって一瞬で粉々に砕けた。
……壁の方が、強固だろうな。
もちろん、最初から壁と、その壁に守られているフランクを狙う気はない。目標とするものはたった一つだ。
「ははっ……! そう簡単にやられるもんか!」
やっと余裕を取り戻したのか、フランクが笑いながらそう叫んでいるが、岩石の壁によって高く阻まれているため、頭の天辺くらいしか見えていない。
「迂闊だな……」
クロイドはぼそりと呟いた。フランクの魔法の展開の仕方に少々呆れたように溜息を吐く。
「は?」
「確かに防御には適しているだろう。だが、視界が狭まれば……ありえないことだって、起きるものだぞ」
「なっ……」
フランクがこちらの言葉に対して何かを聞き返そうとしていたが、すでに遅い。クロイドは上げていた右手を真下へとすっと下ろした。
「――落ちれ」
その瞬間、鋭く風を切る音が遠くから聞こえて始める。そしてその音は次第に大きいものとなり、近づいて来ていた。
「なにを……」
フランクの言葉を無視したまま、クロイドはふっと小さく笑って見せた。
「……気を付けないと、怪我をするぞ?」
こちらを見ているか分からないが、クロイドはわざとらしく、左手の人差し指を空に向けて指さした。
刹那、遥か上空から風を切って、3つの影がフランクの背後へと瞬きする暇もないまま落下した。怒号のような音と振動がその場に強く響き渡る。まるで小さな地震のような地響きに、岩石の壁向こうにいるフランクの身体は大きく揺れているようだった。
その音に、自分の策が成功したのだとクロイドはほっと溜息を吐いた。
フランクの岩石の弾丸を自分の魔法として取り入れたあと、先にそのうちの2つを囮として攻撃させて、残りの3つを木製の人形を狙うべく視界から逸れる上空へと待機させて、奇襲をかけることにしたのだ。
更に幸運だったことは、岩石の弾丸による攻撃を放った瞬間にフランクが自らの視界を狭めるように岩石による壁を形成したことだった。
これにより彼の視界から奇襲に備えられた弾丸3つの気配は完全に逸れたのである。
もし、フランクが防御をする上で結界魔法を展開していたならば、状況は少し変わっていただろうが、前面の防御だけに集中していた彼は上空からの攻撃を無いものと考えたようだ。
まだ、岩石の壁は形成されたままなので、向こう側がどのような状態になっているかは分からない。
それでも、聞こえた音は明らかに重々しい音だったので、木製の人形には確実に当たったことを意味していた。
試合を見ていた審判がフランクの背後を確認しに向かって行くのが見えた。果たして、判定は付くだろうかとクロイドは高鳴りそうになる心臓の鼓動を抑えながら、じっと行方を見守る。
判定が決まったのか、フランクの背後に回っていた審判が再び試合会場の真ん中辺りまで戻って来た。
「――勝者、クロイド・ソルモンド」
審判によって、フランクの人形が破壊されたことが確認され勝者の名前が高々と告げられる。
……勝ったか。
クロイドは何度目か分からない安堵の溜息を吐いてから、自身が守っていた木製の人形にかけている結界を解除する。
魔具の手袋を外して、特に何かを気にすることなく、会場をあとにしようとしていると後ろから声をかけられた。
「おい、待てよ!」
フランクの呼び止める声にクロイドは数歩進んだ足を止めてから、振り返る。
「何だ」
こちらとしてはもう、試合は終わったので早くアイリスのもとへと帰りたかったのだが、呼び止められた以上、無視することも出来ないため、対応することにした。
フランクは魔法で形成していた岩石の壁をすぐに平坦な状態へと戻してから、クロイドの方へと近付いてくる。
ちらりと彼の背後を見ると、フランクの木製の人形は倒れており、さらにひび割れている光景が目に入って来た。
「何で……。何で、お前が『逆転せよ』を使えるんだよ……。俺はまだ、使えないのに……。中級の中でも難しい魔法だぞ!?」
本当に心の底からクロイドの実力を疑っているらしく、フランクの表情が悔しそうに歪んでいた。その表情の中に含められているのは、悔しさと嫉妬のように見える。
他人から魔法に関する嫉妬の心を向けられることは少ないため、クロイドは少し驚いたように目を瞬かせた。
「……必要だと思ったから、覚えた。それだけだ」
「っ……」
フランクが唇を噛み締めながら、さらに悔しそうに眉を寄せている。あまり、煽るような言い方をしたくはないが、上手い返し言葉が見つからず、クロイドはどうしたものかと思案した。
……余計な敵は増やしたくないんだけれどな。
だが、フランクが発したことはクロイドが考えていた負の感情とは別物だった。
「……どうして必要だって、思えるんだよ。魔具調査課なら、そんなに魔法を知っている必要なんて、ないだろう」
「……」
やはり、魔具調査課のことを勘違いして、ただ魔具を盗むだけの集団のように思っている者は多いらしい。クロイドはわざとらしく溜息を吐いて、真っすぐとフランクへ向き直った。
「必要なら、覚える。自分がどこに属していようが、誰であるかは関係ない。要するに自分次第だろう、どんな魔法を会得するのかは」
「……」
「それと、もう一つ勘違いしているようだから、言っておく。魔具調査課は他の課と比べて、劣っているように思われているが、それは間違いだ。この課は任務の状況に応じた魔法を必要とする場合が多いから、他の課と比べて多様な魔法を求められるんだ。……だから、俺は自分に必要だと思える魔法を覚えた」
恐らく、魔具調査課の実力を侮っている者は多くいるのだろう。自分は先輩達と同じように確かな実力があると言い張れる程の自信はないが、それでも魔具調査課の一員としての矜持くらいは持っている。
だからこそ、魔具調査課に所属するクロイド・ソルモンドとして一人前の人間になりたいのだ。
もちろん、多種多様な魔法を覚える理由の一つには魔犬を討つために備えていることも含まれているが、それを話す気は更々ないため、黙っておいた。
クロイドはもう他に話すことはないだろうと思い、フランクに背を向ける。視線を逸らす瞬間、フランクが何か言いたげな表情でこちらを見ていたが口を開くことは無かった。
自分が言った言葉に対して、フランクが何を思うかは彼次第だろう。そこに自分がそれ以上踏み込む必要はない。
試合は終わった。あとは戻るだけだ。
応援席の方に何気なく視線を向けるとこちらをずっと見ていたのか、アイリスと目があった。彼女はぱっと笑顔になって、こちらに軽く手を振って来る。
試合に勝利したことに喜んでいるらしく、その笑みにつられてクロイドも穏やかな表情で手を振り返した。




