土嚢
わざわざ目の前の相手に本気で来い、などと言う必要はないし、言う気もない。ただ、向こうが見下したままの態度を取るなら、こちらもそれ相応の対応をしなければならないというだけだ。
しかし、フランクはすぐに表情をそれまでのものとは違って真剣なものへと変える。どうやら、こちらが一々気付かせなくても、フランクは見下す態度を止めたようだ。
「……」
「……」
お互いにどちらが先に動くか見定めているため、じっと動かないままの状態が続く。
先手を取って魔法を放つよりも、後手に回った者の方が打ち消すための相反する魔法を放ちやすい。
フランクは先程、彼が放った魔法をクロイドが一瞬で消し去ったことで、すぐにそのことに気付いたらしい。
むやみやたらに魔法を放てば、その分隙も大きく出来る。彼も状況を慎重に見極めることを選んだようだ。
……だが、このまま動かない状態を続けるわけにはいかないな。
先に魔法を放とうかと考えていた時、フランクが微かに動いたのが見えて、いつでも対応出来るようにとクロイドはすぐに手袋をはめた手を構え直した。
「――冷酷な業火!」
フランクが頭上に向けて右手を上げる。彼の右手の先に瞬間的に発生したのは火の塊だった。丸く形作った大きな火の塊は少しずつ、空気を燃やして形を大きなものへと膨らませている。
……これは直に受けると、火傷程度じゃ済まないだろうな。
しかし、その魔法にこそフランクの本気が込められていると受け取ったクロイドはすぐさま右手を真正面へとかざした。
フランクの右手が振り下ろされたと同時に火の塊が、投げられた球のように真っすぐとクロイドに向かって突き進んでくる。
そのまま受け止める気はもちろんないため、少々早口気味にクロイドは防御するための魔法の呪文を詠唱する。
「不動の氷壁!」
クロイドの呪文と共に瞬時に足元から生えるように形成されたのは、先程のレイクの試合で試合相手であるガロンが使っていた防御魔法だ。
身長よりも高く形成されていく氷の壁は、フランクから放たれた火の塊を間一髪で防ぎ、炎を霧散させていく。
しかし、中々の高温だったらしく、クロイドが形成していた氷の壁も火の塊と共に瞬時に蒸発して消えていった。
……向こうも本気なら、そう簡単には勝たせてもらえなさそうだな。
クロイドは足元に浮かぶ、それまで氷の壁だったものが溶けて出来ていた水溜まりを一瞥してから、視線をフランクの方へと戻す。
勝負に勝ちたいと思う気持ちは誰しも同じだろう。クロイドは気合を入れ直すように深く息を吐いた。
「……凍る鉄の盾」
クロイドは足元の水溜まりに右足を浸けて、音を立てるように踏み鳴らしながら呪文を詠唱する。瞬間、クロイドの足元から白い空気が漂い、凍った湖上のように氷の床を形成していく。
次第に広がっていく氷の床に足を捕らわれないようにと、フランクは焦った様子で数歩後ろへと下がった。
「……逃がさない」
クロイドはフランクに聞き取れないくらいの声量でぼそりと呟く。
自分達がいる試合会場は瞬時に土から白い床へと染まっていき、氷の床はとうとうフランクの足元へと迫っていく。
「っ、この……。――大地の怒り!」
フランクは必死の形相で、右手を地面へと叩きつけるように触れる。彼の腕輪が淡く光り、呪文に反応するように地面が横一列に線を描いて白い光を生み出す。
もう少しでフランクに到達しそうになっていた氷の床は次の瞬間、急な地面の盛り上がりによって遮られることとなる。
まるで、フランクを囲うように形成されていく岩石の山並みにクロイドはつい、感心の意味での笑みを浮かべてしまいそうになった。
……なるほど、直接的に地面を歪めて防いだのか。
どうやらこちらが思っているよりも、フランクは相手に順応した魔法をすぐに放つことが出来るらしい。油断はしていないが、それでも余裕だと思える暇さえなさそうだ。
フランクの腰辺りの高さまで盛り上がった岩石は土嚢のように彼を囲って、守っている。
先程と同じ、「凍る鉄の盾」の魔法が効きにくい地形となってしまったのは誤算だろう。
あの魔法は激しい凹凸があると少々やりにくいのだ。フランクを囲むように守っている岩石の盛り上がりを氷の床が凍てつかせる前に、フランクから別の相反する魔法が放たれるに違いない。
……中々、面白いな、試合というものは。
任務時の戦闘とはまた違った緊張感と、そして自身の持つ魔法の全てを以てして策を巡らせるのは思っていたよりも、学ぶことが多いし、かなり身になる。そういうことも踏まえての実戦形式の試合なのだろう。
しかし、それは相手も同じようで、次に繰り出してきた魔法は第五試合でエリックが使っていた魔法だった。
フランクは土嚢のように固まっている岩石に両手を添えて、大声で叫ぶ。
「岩石の魔弾!!」
形成された岩石の土嚢から5つ、丸く形作った弾丸が分離して、空中でゆらりと動く。
……これは、当たったら軽い怪我では済まないな。
先程、エリックがこの魔法を使って、木製の人形を攻撃していたが、岩石の弾丸を受けた人形はあっという間にその身を削らせていた。
掠り傷で済むならいいが、下手すれば骨折もあり得る攻撃魔法に、クロイドは一歩だけ後ろに下がる。
クロイドの行動を気後れしたと思ったのか、フランクはにやりと笑って、腕輪を付けた右手を真っ直ぐとクロイドの方へと放つように向けた。
……試してみるか。
全ての弾丸を避け切れる可能性もあるが、それよりももっと確実で、かつ勝敗を決める一手となる魔法が一つ思い浮かんだクロイドは微動しないまま、フランクの攻撃が近づく瞬間を待った。
もちろん、実戦でこの魔法を試したことはない。ただ、呪文は知っているし、使い方を知っているため、試しにやってみるだけだ。
失敗を恐れてばかりでは、いざという時に勇気ある一歩を踏み出せなくことを自分は知っている。
頭に浮かんだ魔法を使うことを迷わず選んだクロイドは手袋をはめた両手を迫りくる5つの弾丸に向けて真っすぐとかざした。
「――逆転せよ」
「はぁっ!?」
クロイドが唱えた言葉に大声で驚きの声を上げたのはフランクだ。
相手の魔法を自分のものへと反転させる「逆転せよ」も、中級魔法の中では難しい魔法に値しているもので、それを容易く扱えるとは思っていないのだろう。
……まぁ、俺も初めて実戦では使うけどな。
それでも、この魔法を成功させなければ、やられるのは自分の方だ。魔法が効いたか否かを見定めている間に、岩石の弾丸はあっという間にクロイドの目の前へと迫ってきていた。




