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大地の怒り


 ……エリック。


 祈ることしか出来ないのが歯がゆくさえ思える。だが、これはエリックの戦いだ。傍観者にしかなれない自分が出来ることはただ、彼女の勝利を願うだけだ。

 アイリスの祈りが届いたように、エリックが少しだけ顔を上げる。その顔は土で汚れているにも関わらず、顔つきは精悍なものだった。


「……負けない」


 エリックは自身を鼓舞するように呟き、そして身体を地面に倒したままで右手を一度、空へと掲げた。


「地脈繋がりしもの、その地を巡るもの、我が声に従え。――大地の怒り(ソル・ラージュ)!」


 呪文を叫び、エリックは空へと向けた右手をそのまま地面に向けて思いっきりに叩く。エリックの魔具である腕輪は淡く光り、その光が地面に伝わっていくように人形に向けて一直線に伸びていった。


 しかし、エリックの魔法の影響なのか、アイリス達が立っている応援席の場所にまで、地面が揺れるような感覚が伝わって来る。


 ……地震?


 振動のようなものが足元から響いてきて、身体がふらりと揺れたのだ。

 だが、次の瞬間、視界に入って来たものは驚く光景だった。


 エリックが叩いた地面から真っすぐと伸びていた光の線を沿うように、突如として地面が盛り上がっていったのである。

 それはただの土が盛り上がった程度のものではなかった。まるで、自ら鋭く尖った崖を作るように地面は激しい音と振動を立てながら、木製の人形に向けて、勢いを止めることなく形成し続けていく。


「突き刺せっ!」


 倒れたままのエリックが柔らかくもはっきりとした声で叫んだ。怒号のような音を立てつつ、見上げる程に高い岩石の山がその場に作り上げられていく。


 そして、削った岩のような鋭さを保ったまま、エリックの魔法はヨティの木製の人形へと真下から突き刺すように一度、空中へと押し上げた。


「っ!!」


 短く叫んだのは恐らく、エリックの結界の中に囚われたままのヨティの声だろう。

 だが、遠慮することなく、エリックは更に魔法を畳み掛ける。


岩石の魔弾(ロッシュ・バル)!」


 次に、エリックは左手を思いっ切りに地面へと叩きつけた。瞬間、形成された鋭い岩石の山から、拳ほどの大きさの岩が5つ分離して、弾丸のように空中へと飛び出してくる。

 宙に浮いたままの木製の人形に向けて、丸みを帯びた岩石は息をするよりも速く、連弾で四方から襲い掛かった。


 こちらが思っているよりも、岩石の弾は威力がかなり大きいらしく、木製の人形は次第にえぐるようにその身が削られていく。

 岩石の弾による攻撃が終わったあとは、木製の人形は重力に逆らうことなく、地面に向けて落下し始めて来る。


 エリックの攻撃はこれで終わりかと思っていると、彼女は素早く立ち上がり、両手を交差させて、そして振りほどくように同時に薙いだ。


「――流れくる砂岩(フロッシュ)!」


 山並みのように形成されていた岩石はまるで生き物のように一か所へと集まっていく。岩石の山が一か所に山々と盛り上がって、落ちてくる人形めがけて、それらは噴水の水が噴出するように一本の砂柱として沸き上がった。


 鈍い音はまるで何か爆発したのではと思える程に大きいもので、噴出した砂岩の塊は人形へと体当たりするように直撃していた。




・・・・・・・・・・・・・・・



「……来るぞ」


 隣のクロイドがぼそりと呟き、アイリスの前へとすっと壁になるように立ちふさがる。何が来るのかと思った瞬間、それは起きた。

 空へと再び舞い上がった木製の人形は空中分解して、その身は千切れるように別方向へとはじけ飛んで行く。


 だが、それだけではなかった。木製の人形を攻撃した砂岩の塊は、役目を終えると生を失ったかのように雪崩を起こす如く、一気にその場に落ちて来たのである。


「わっ……」


「うおっ……」


 アイリス達のすぐ傍にいる魔具調査課の先輩達が驚きの声を上げたと同時に、大量の土砂による砂塵の風がその場に吹きおこる。


「ぶっ……。これ、砂が……」


「口に入った……」


 その場にいる者、全員が目と口を閉じて、襲い掛かる土砂の風の余波を身体で受け止めていた。

 しかし、アイリスの目の前にはいつの間にかクロイドが盾になるように立っていてくれたので、自身に砂がかかることはなかった。


 まるで砂漠で嵐にでもあったかのような出来事は一瞬にして収まるも、その場の誰もが咳き込んでいた。エリックの魔法がまさか自分達が立っている場所にまで届くと思っていなかったのだろう。


「……大丈夫か、アイリス」


 目の前に立ってくれていたクロイドは、彼自身の顔を守るように右腕を顔の前へと持ってきて、砂の風を防いでいたようだ。

 それでも、砂は身体にかかっていたらしく、アイリスに砂ぼこりが飛ばないように少し距離を取ってから、服についた砂を叩いていた。


「え、えぇ。私は大丈夫だけれど……」


 まさか、自分を庇ってくれるとは思っていなかったため、アイリスは少し戸惑ってしまう。だが、クロイドは何事もなかったようにすぐに元の立ち位置へと戻ったため、お礼を言い損ねてしまった。


 意識してやっているのか、それとも無自覚なのかは分からないが、クロイドのアイリスに対する気遣いはアイリス自身の心を大きく揺らすものがあるため、注意していなければ心臓が飛び出そうになるのだ。


 ……また、あとでお礼を言わないと。


 アイリスはクロイドに気付かれないように小さく溜息を吐いて、砂塵がまだ漂っている中に立っているエリックの方を見やった。




・・・・・・・・・・・・・・・



 エリックは肩で息をしながら、顔にかかる砂を手で拭うように落とす。彼女の顔つきは真剣なままで、その瞳が見据えているのは、地面の上に落ちている粉々に砕かれたヨティの木製の人形だった。


「――勝者、エリクトール・ハワード!」


 審判の声がその場に響き渡り、エリックの勝利が告げられる。

 だが、自身の勝利を告げられたにも関わらず、エリックの表情は現実かどうか受け止め切れていないようで、周りを不思議そうに見渡していた。


 しかし、すぐに何か大事なことに気付いたらしく、エリックは自身が守っていた木製の人形前で結界に閉じ込められたままのヨティの元へと駆けていく。

 勝負は終わったので、ヨティに施した結界を解こうとしているのだろう。ヨティは己が負けたことを認識しきれていないようで、結界の中で棒立ちになっていた。


「す、すみませんっ、閉じ込めてしまって……」


 試合の上での魔法なので、謝る必要はないのに律儀に謝ってしまうのがエリックだ。エリックは魔力を腕輪に込めて、結界を解除するべく、一閃を横に薙いだ。


 その一瞬で淡く光っていた透明な結界は消えて、ヨティは自由の身となる。ヨティの眉が少しだけ、内側へと寄っている。それを機嫌が悪いと判断したのか、エリックは深々と頭を下げた。


「あ、あの、すみませんでしたっ……」


 いつものように、赤面で言葉をどもらせてしまうエリックへと戻っている。どうやら、試合の最中しか彼女が精悍な表情をしているのは見られないようだ。

 エリックに負けたヨティは何か言葉を探しているように見えたが、それよりも先に声を続けたのはエリックだった。


「そ、それでは、失礼しますっ!」


 勝ったにも関わらず、どうやらその場から一秒でも逃げたい気持ちでいっぱいだったらしい。エリックはもう一度、ヨティに向けて頭を下げると回れ右で彼に背を向けて、早々と試合会場をあとにしていた。


 その小さな後ろ姿をヨティは複雑そうなものを見るような表情で見送っている。

 エリックに対して見下していたような態度を取っていたヨティだが、この試合の後には少しでもエリックを見る目が変わっていて欲しいと思いつつ、アイリスは密かに溜息を吐いていた。



   


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