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氷の大剣


「調子に乗りやがって……」


 ガロンは苦い表情を浮かべたままレイクを睨む。その一方でレイクはいつものように余裕ある笑みを浮かべていたが、傍から二人を見れば他愛無いことで喧嘩している関係にも見えてしまう。

 それは恐らく、お互いがお互いの挑発に乗っているからかもしれない。


「はっ! 怪我する前にさっさと棄権した方がいいと思うぜ!」


 レイクは更に煽るような言葉を吐いて、ガロンを挑発している。こちらが思っていたよりもどうやら口は悪いらしい。


「よく吠える子犬だぜ! ――曇りなき氷刃クリスタ・グラッフィロ!」


 ガロンは魔具の手袋をはめた右手を頭上へと掲げた。空気中の水分を一点へと集中させているのか、ガロンの頭上には水の塊が形を成していく。

 それはやがて液体から固体へと変わり、白い風を纏いながら巨大な氷の大剣を具現化させていく。


 氷の大剣は5メートル程の大きさへと形成されており、レイク達がいる場所に巨大な影を落としていた。膨れ上がった大きさがある程度、落ち着いたのか狙いどころを探しているらしく、ゆらりと動いている。


 この大剣が直撃すれば、ただの怪我では済まないとレイクも分かっているのだろう。彼の表情が少しだけ引き攣ったように見えた。


 先程の細身の氷の剣よりも、威力の方を重視したらしく、その大きさに周囲の誰もが見上げては短い驚きの声を上げている。


「叩き割れ!!」


 ガロンの号令のもと、レイクの真上へと振り下ろされる大剣に対して、どこからか悲鳴のようなものが上がる。

 もちろん、それはレイクの相棒であるユアンのものではない別の誰かだ。


 衝撃が来ると判断したアイリス達も瞬時に身構えた。鈍い、水飛沫の音がその場に大きく響き渡る。

 激しい水飛沫と衝撃が過ぎた後にアイリスがそっと目を開くと、レイクが保っていたはずの水の壁には氷の大剣が振り下ろされており、その壁の水面は大きく揺らいでいた。


「っく……!」


 しかし、レイクは大剣を何とか壁を通さないように耐えたらしく、氷の大剣が水の壁を突き抜けてはいなかった。

 それでも一振りの大剣によってかなりの重圧がかかっているらしく、レイクの水の壁の上面は大きく揺れては形を歪ませていた。


「ははっ! こいつは見物だな! 棄権した方がいいんじゃないか? そのまま大剣がお前の頭を割っちまう前になぁ!」


「う、るせぇぇ!」


 先程、レイクが言った言葉をそのままガロンから返されて、かなり苛立っているようだが、状況として挑発の相手をしている場合ではないだろう。


 ガロンの氷の大剣は少しずつだが、レイクの水の壁へと沈み込むように迫ってきていた。

 レイクは水の壁に左手を当てつつも、やはり重量がかなり重いのか最初の攻撃と同じように押し返すことは簡単に出来ないらしく、苦悶の表情を浮かべている。


「……あぁ、くそっ! せっかく、用意していても片手じゃあ、やりにくいんだよ……」


 悪態をつきながら、レイクは魔法書を持っている右手を器用に動かし、目的の項目を急いで捲っていく。やはり、こういう場合は目的の項目を開かなければ魔法が使えないので、不便だと思える時があるのだろう。


 それでもレイクは魔法書に記されている呪文全てを頭の中に入れているらしく、手馴れたように片手で項目を探しているようだ。

 そしてそれを見つけたのか、レイクは再びにやりと笑う。


「――逆転せよ(リベルシオン)!」


「っ!?」


逆転せよ(リベルシオン)』は反転させる魔法だ。向きを変えることも相手の魔法を自分のものへと変えることが出来る魔法である。

 呪文自体は簡単のように思えるが、これでも中級魔法の中では難しいものの類であるため、扱える者はそう多くはない。


 しかし、レイクはこの魔法を扱える者の一人らしく、その呪文を軽々と言い放っていた。


 レイクの呪文によって、水の壁を叩き割ろうとしていた氷の大剣は動きを止めて、やがて形を固体から液体へと瞬時に変えていく。

 大量の水へと変換され、そのままレイクの水の壁の一部へと吸い込まれるように形を崩していった。


 氷の大剣が水分となったことで、レイクの水の壁は含んでいる容量がかなり多くなってしまったらしく、レイクの足元には大きな水溜まりが出来ており、それは壁の外側にいるガロンの方へと広がっていた。


「てめぇ……」


 ガロンが恨めしいものを見るような瞳でレイクを睨んでいるが、レイクの方は危機から脱することが出来たためか余裕の笑みが再び顔に浮かんでいた。


「水というものは無限に形を変えられるからな。俺はお前と対峙した瞬間から、魔法の相性は良いと思っていたぜ。まぁ、性格は合わないけどな!」



・・・・・・・・・・・・・・・



「あぁ、なるほど……。形を変えるってそういうことか」


 クロイドが納得するように何度も頷いていた。普段から水魔法よりも氷魔法を頻繁に使っていたクロイドにとっては、この試合から色々と学べることが多いのだろう。

 真剣な表情を崩さないままレイク達の試合を眺めているようだ。


「レイクは味方だろうと敵だろうと、相手を見極めるのが上手いもの~」


 ユアンがのんびりとした表情のまま答える。相手をよく見ているレイクだが、そのレイクのことを相棒であるユアンもよく見ているようだ。


「多分、あいつのことだから、この試合の決定打の魔法は決まっているんじゃないかしら」


「え……」


「真っすぐなあいつが、ずっと防御のまま徹するわけがないもの。そのうち派手にやらかすわよ、きっと」


 楽しそうにユアンはふっと笑い、目を細めていた。




・・・・・・・・・・・・・・・



 しかし、ガロンの方もレイクの言葉に何か良い策を閃いたのか、意地悪そうに笑ったのが見えた。


「それなら、こいつはどうだ。――冷徹たる氷剣クルエルド・グラスパーダ!」


 呪文を唱えたと同時にガロンの右手に空気中の水分が集結し、少しずつ形を成していく。細く長いものは完全たる形を作り、ガロンの右手へと収まった。

 太陽の光を反射させるそれはまるで名工によって打たれた白い剣のようにも見える。


「……お前、本当に氷の剣が好きだなぁ」


 レイクが溜息交じりに呟くと、ガロンはそれを鼻で笑い、両手で氷の剣を構えた。

 どうやら遠距離攻撃から近距離攻撃へと作戦を変えるらしい。


「その壁、今度こそぶち抜いてやるよ!」


 そう言ってガロンはレイクへ向かって駆け出した。どうやら自身が守っている木製の人形は鉄壁となる氷の壁によって防御されているため、完全に攻撃だけに集中するつもりらしい。


 ガロンが走る度に、レイクの水の壁から漏れ出した広い水溜まりの雫が軽快な音を立てて弾き飛んでいる。


 衝撃に備えるつもりなのか、レイクは片手を再び水の壁へと当てて、眉をひそめていた。


   

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