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魔法書


 ユアンの勝利に対する歓声が上がる中、彼女は白い杖を再び髪飾りのように丸めた髪へと挿し込んだ。

 そしてそのまま、腰を抜かしているライナスのもとへと真っすぐ歩いて行く。


「遠慮せずにやっちゃって、ごめんなさいねぇ。怪我はしなかったかしら?」


 ライナスの目の前で立ち止まると、にこりと優しく微笑んでから、ユアンはライナスへと右手を伸ばす。突然のユアンの行動にライナスも驚いたらしく、小さく目を見開いているようだ。


「あなたの結界、一点集中で防御する方が向いているわね。多方面からの攻撃には向いていないかも。でも、良い結界だったわ。私も破り甲斐があったし」


「……いや、こちらこそ」


 ライナスは戸惑いつつもユアンの右手に自分のものを添える。引き上げるようにユアンはライナスを引っ張り上げて、立たせた。


「あらら……。身体中、砂だらけになっちゃったわね。……はい、良かったら、これ使って? あ、返さなくていいから」


 ユアンはスカートのポケットから白いハンカチを取り出して、ライナスの手に握らせる。ユアンの言う通り、ライナスの身体は砂だらけになっており、かなり汚れていた。


「え、あ……」


「それじゃあね」


 ユアンは右手を軽く挙げながら、ライナスに背を向けて試合会場から応援席の方へと歩き始める。

 そんなユアンの背中をライナスはどこか見惚れるように呆然と見ていたが、恐らくユアンは気付いていないだろう。



・・・・・・・・・・・・



「――物好きな奴だぜ。あのユアンに惚れるなんざ」


 レイクはユアンの試合が無事に終わったことに安堵しているようだが、その表情はどこか複雑そうにも見える。


「見た目は良いからな、見た目は。性格は嫌味ったらしいが」


「レイクは照れ屋だなぁ~。本当は自分以外がユアンに目が向くのが嫌なだけなくせに~」


 いまだにナシルの拳をこめかみに押し付けられたままの状態でミカが愉快そうに呟く。


「なっ……」


 ミカの一言でレイクの表情は今まで見た事がないくらいに一瞬で真っ赤なものへと変化した。その表情から見て、どうやらミカの言葉が図星らしい。


「な、に言っているんですかっ、ミカ先輩!」


 明らかな動揺を隠そうとしているのだろうが、表情が追いついていないらしく、レイクの顔は珍しく紅潮したままだ。

 アイリスの隣に立っているミレットもにやりと笑みを浮かべて、レイクの方をちらちらと見つつ手帳に何か書き込んでいるようだ。


「ん~? はてさて、何だろうねぇ? でも、ユアンは自分のことには疎いから、その辺りはちゃんとレイクが言わないと分かんないかもよ~」


「だからっ! 俺は別にそんな――」


「ただいま~」


 レイクがミカに反論しようとしていると、その場に試合が終わったユアンが丁度帰って来たところだった。満足のいく試合だったのかユアンの表情は満面の笑みが浮かべてある。


「おう、ユアン。お帰り~。清々しい試合だったな」


「ありがとうございます、ナシル先輩。……ん? どうしたの、レイク? 変な顔しているわよ?」


 レイクの表情はすぐに平常のものへと戻る事が出来なかったようで、ユアン本人を目の前にして、更に真っ赤なものへと変わっていた。

 だが、自分がユアンのことで顔を赤らめていると覚られたくなかったらしく、レイクは必死に眉を深く寄せて表情を歪ませていた。


「何でもねぇよ!」


「えぇ~? あ、もしかして次の試合に緊張しているの~?」


「してねぇよ!」


 いつものように軽い調子でユアンはレイクの脇腹を肘でつつく。

 その光景をロサリアを含めた先輩達三人は微笑ましいものを見るような、もしくは同情するようなそんな瞳で見ていた。


「っ~! あぁ、もう! ほら、俺のことはいいから! ……先輩として、クロイドに戦い方を助言してやれよ!」


 レイクは拳を作った手を頭上へと掲げて、わざとらしく話を逸らす。


「あ、それもそうね。クロイド君は初めての大会だからね~」


 ユアンはレイクをからかって満足したのか、クロイドの方へと身体の向きを変える。


「お疲れ様です、ユアン先輩」


「うん、ありがとう~。見ていて、試合のやり方は分かったかしら?」


「一応は。ただ、相手の出方も関係するので、一瞬の行動が命取りになるということは分かりました」


「そうそう~。結界の方で防御にずっと徹しているのもいいけれど、それじゃあ試合に埒が明かないもの。だからと言って先手を打つには詠唱が早い攻撃魔法を選ばないといけないし。……まぁ、状況に応じて色々と策を練るのが楽しいんだけれどねぇ」


 クロイドの返事を聞いて、ユアンは腕を組みつつ何度も頷く。


「クロイド君は特に得意な魔法はあるかしら?」


「……どの属性の魔法も対人魔法も基本は扱えます」


 クロイドは以前なら取得していなかった、対人や対霊魔法も今では扱えるようになっている。それは任務中に彼の魔法に一番世話になっているアイリスがよく知っていた。


「あら、それなら良かったわ。んー……。そうねぇ、あとは自分の持ち場をあまり動かない方がいいわね」


「……木製の人形の前から動くなということですか?」


「そういうことね。……相手の人形を自分の手で奪いに行くのは難しいからね。私がさっきの試合で見せたように、魔法を使って手元に移動させることが出来るならいいけれど、移動させる魔法が無い場合は直接攻撃して粉砕させるか、場外に出す事をおすすめするわ」


 まるで子どもに勉強を教える先生のようにユアンは人差し指を立てて、得意げに話している。


「まぁ、実戦でやってみないと、案外こつは掴めないけどな」


 表情がやっと通常のものへと戻ったレイクがひょっこりとユアンの背中から顔を出しつつ追加で付け足してくる。


「そうねぇ。私は速攻攻撃型だけれど、レイクはちょっと違うから、参考に見ておくと良いかも。あ、でも後輩の前で負けたら大恥よねぇ、レイク? 初戦で負けたら、慰めてあげるわよ~」


「何で、俺が負ける前提なんだよ! ……負けねぇよ、お前と明日の本戦でやり合うまでな」


 ユアンに向けてびしっと指をさしつつ、捨て台詞のように最後に言葉を吐いてから、レイクはこちらに背を向けて、第二試合が始まる試合会場に向けて去っていった。


気障(きざ)ったらしいわねぇ~。ま、自信があるのは良い事だけれどね」


 応援席から去っていくレイクの後ろ姿を見ながらユアンは肩をすくめて、小さく笑った。


「……そういえば、レイク先輩の魔法を見たことがありませんでした」


 アイリスがぼそりと呟くとそれに同意するようにクロイドも頷く。


 今、行われている第一試合のほとんどの試合が終わったらしく、試合会場は次の試合の準備が始まっているようだ。


「レイクの魔具はね、魔法書なのよ」


「魔法書……」


 魔法書とはその本自体にあらゆる魔法の呪文が記されており、魔力を込めて詠唱すると呪文が魔法として具現化されるものだ。


 しかし、他の魔具と比べて利便性が悪く、使用する団員の方が少ないと聞いている。それは恐らく、速攻で魔法を形成しなければならない場合に魔法書が圧倒的に不利だからだろう。

 魔法書に記されている呪文は豊富だが、その項目を開いていなければ魔法を形成するための呪文は発動しない。

 そのため、危険と常に隣り合わせの魔物討伐課などではあまり好まれて使われることがない魔具の一つとされていた。


「レイクの魔法はあいつの性格そのものなの。いつも真っすぐ過ぎるのよねぇ~。……そこがあいつの憎めないところなんだけれど」


「……」


 ユアンが少しおどけたように笑みを見せたため、つられてアイリスも苦笑した。


 何だかんだで、ユアンとレイクはお互いのことを見ているし、信頼し合っている。その上で成り立っている二人の関係性には学ぶべきことが多そうだ。


「ほら、そろそろレイクの試合が始まるぞー」


 ナシルの呼び声にアイリス達は再び視線を試合会場へと身体ごと向けた。


   

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