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風使い


 結界に噛み付き、文字通りに風穴を開けようとしている風の狼を素早く一瞥しながら、ライナスが小さく唸った。


「くそっ……。何で、俺の苦手なところが分かるんだよっ!」


 ライナスは必死に結界の強度を維持しようと魔具の腕輪に魔力を込めているようだが、ユアンによって形成された風の狼は結界に歯を立て続けた。

 白い風の狼は遠くから見れば、本当に生きているもののように見える。


「だって、風越しに伝わってくるんですもの~」


 ユアンは飄々と笑いながら杖をひょいっと左に動かす。風の狼に新しい命令を下したのか、今度は歯を立てるだけでなく、前足を使って鋭い爪を掻き立てていた。

 がりがりと硬いものに爪を立てる音が応援席の方まで響いて来る。


 何とも嫌な音だと、アイリスが隣のクロイドをちらりと見ると、耳が良い彼は両手で耳を塞いでいた。顰めた顔をしているので、良く聞こえるクロイドにはかなり不快に聞えるのだろう。


「ちっ……」


 直接、攻撃を受けているライナスが一番、不快に感じているようだが、耳を塞げば両手が使えなくなるため、気力で何とか耐えているようだ。


「ほらほら、ちゃんと保たないと。……全部、分かるわよ?」


 ユアンは本当に試合を心から楽しんでいるらしく、レイクの身長をからかう際と同じ表情を浮かべていた。


「――次はこっちね」


 ユアンが左手の指先で何かをなぞるような仕草をした途端、試合開始時に形成されていた竜巻が今度はライナスの身体の向きから見て、右前方へと襲い掛かる。


「なっ……」


 双方から風の攻撃を受けたことで、ライナスは激しく動揺しており、結界の強度の維持を保てなくなっているようだ。


「私は風を操れるだけじゃなくて、同化して風が触れたものを同じように感知することが出来るの」


 杖を口元へと持ってきて、まるで秘密のことを話すような仕草をするユアンをライナスは驚きの表情で凝視している。


「そんなの……聞いたことないぞ」


「それもそうよ。この風魔法を使う人の方が稀だもの~。……結界というものは、見ただけだと何所の強度が薄いなんて分からないでしょう? でも、風の当たり方次第で遠距離に居ても私は感じ取れるのよ」


 ユアンの言葉に対して、ライナスはあり得ないと言うように目を見開いている。


 風と意識を同化し、触れたものを同じように感知することが出来る魔法など、攻撃魔法を学んでいたアイリスでさえ聞いたことはない。


 ……風使い「金の疾風(オル・フォラータ)」。


 ユアンは彼女の実力を全て見せているわけではないのだろうと何となく思った。絶やさない笑みの奥にはどこか余裕あるものが感じられたからだ。


「さぁて、仕上げるわよ~」


 ユアンが杖を持っている右手と空いている左手を一度、下から上へと持ち上げるような仕草をして、両手を交差させた。

 その瞬間、ライナスの結界を双方から攻撃していた竜巻と風の狼は同時に巨大な竜巻と化す。


「こ、の……!」


 結界の維持が出来なくなったのか、ライナスが表情を歪ませて、片足を地面につけていた。


「――双槍の大嵐ツヴァイ・ティフォーネ!!」


 ユアンが交差させた両腕を後方へと振り払った瞬間、巨大な竜巻と化した二つの風がライナスの結界へと激しい音を立ててめり込み始めていく。


「ま、けるかぁっ!」


 ライナスもまだ諦めていないようで、片足を立てながら両腕に付けている腕輪を頭上へと掲げる。しかし、その場を打開する魔法を打ち出せないでいるようだ。


「甘いわっ!」


 巨大な竜巻二つがライナスの結界を削り取るように両端から崩壊させていく。結界内に強風が吹き荒れているらしく、ライナスの髪と服が大きく乱れており、目が開けられないのか顔を顰めているようだ。


 何かを引き剥がすような音が聞こえた瞬間、ライナスの結界が完全に崩壊したのか、閉じ込められていた強風が爆発を起こすようにアイリス達のもとまで強く吹き抜けて来る。


「……っ!」


 アイリスが目を瞑った次の瞬間には、強風は通り過ぎており、ひらけた視界の先には同じ強風を間近で受けたにも関わらず、その場から一歩も動いていないユアンがいた。

 彼女の視線はそのままライナスの方へ向けられている。


「……くっ。……っ、人形は!?」


 竜巻によって攻撃を受けたライナスはその場に倒れていたが、すぐに自分の守るべきものが無事かどうかを確認するべく、うつ伏せになりながらも顔を素早く上げた。


「……え?」


 しかし、ライナスの後ろには何もない。背後に置かれていたはずの木製の人形はどこにもなかった。


 他の応援席からも、人形はどこにいったのかという声が聞こえてくる。

 爆発的に起こった強風によって、皆がその一瞬、目を瞑っていたらしく人形がどうなったのかを見ていなかったらしい。


「……言っただろう、ユアンはこういう奴なんだよ」


 レイクが溜息交じりにそう呟いた瞬間、微動することのなかったユアンの左手がすっと動き、そして指を鳴らした。


 軽やかな音と共に、何か細い音が少しずつ大きい音となって近付いてくる。まるで指笛が響く音のようだ。

 だが、細く響く音は突如終わりを告げる。

 

 ――ドォォォンッ……!


 次にその場に響き渡ったのは地鳴りのような音と、身体を揺らす振動だった。


「わっ……」


 突然、起きた振動でアイリスの身体が少し後ろへ傾くと、それに気付いたクロイドがさっと右腕を伸ばして、身体を受け止めてくれた。


「……大丈夫か?」


「え、えぇ……。ありがとう」


 アイリスがお礼を言うとクロイドは軽く頷き返して、背中を支えてくれていた手をそっと離す。アイリスも両足に力を入れ直してから、視線をユアンの方へと戻した。


 ……一体、何が起きたのかしら。


 大きな地響きと共に場内は粉塵が舞い上がり、ユアンが立っている位置がよく見えない。


「――あぁ、決まったな」


 そう呟いたのはナシルだ。アイリスも目を凝らして、粉塵が治まるのを待っていると、やがて試合の勝敗が着いたことを示す光景がそこにはあった。


 

 ユアンが立っている真横に、真っすぐと立っているのは木製の人形だ。ユアンの人形は彼女の真後ろに立っているため、彼女の真横にある人形はライナスのものだということが分かる。


 木製の人形はひび割れており、更に地面もえぐるように、めり込んでいた。先程の強風の際に、この人形は遥か上空へと持ち上げられていたのだろう。


 しかし、ユアンのことだ。風を完璧に操って、どの位置に人形を運ぶのか、全て把握していたに違いない。でなければ、自身に人形が直撃しかねないからだ。


 ユアンは空いている左手でライナスの割れた人形にそっと触れる。


「はい、私の勝ちね」


「……」


 にこりと愉快げに笑うユアンに対して、ライナスは腰を抜かしたまま、どうして人形がそこにあるのかと瞳で問いかけていた。


「――勝者、ユアン・ウィングル!!」


 勝敗の着け方は人形が破壊されるか、試合をしている範囲の場外に出されるか、もしくは相手に人形を奪取された場合だ。

 この場合、ユアンによってライナスの人形は奪取されたと審判は判断したようだ。


   

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