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底力


「さて、開会式も終わったことだし、気合入れて初戦から勝ち抜くぞー!」


 ナシルが思いっきり右手を頭上へと挙げて叫ぶ。


「ナシル、気合入り過ぎ……。魔具を着け忘れないようにだけはしてよ」


「分かっているって」


 溜息交じりに心配するミカに対して、ナシルは歯を見せて笑い飛ばす。


「それじゃあ、まずはユアンの試合からだな」


「レイクより先に勝ち星を取って来るわ~」


「いや、ユアンの方が先に試合あるんだから、お前の方が勝ち星取るのが早いに決まっているだろう」


 ユアンは魔法部門での参加になるので、応援する者もこのまま運動場で待機していればいいようだ。


 ……確か私は一時間半後くらいが初戦だったわね。


 延長戦にさえならなければ、ユアンとレイク、そしてクロイドの試合は続けて見ることが出来そうだ。



「――第一試合を行います。該当する方はこちらにお集まりください」


 大会の進行役の一人らしき、中年の男性が穏やかに声を張って周りを見渡している。


「あら、もう呼ばれたわ。それじゃあ、行ってくるわね」


「おう、気を付けろよ。油断なんかするんじゃねぇぞ」


「分かっているわよ」


 レイクの心配をよそにユアンは不敵な笑みを浮かべている。この第一試合に対して、相当な余裕を持っているらしい。


「……そういえば、他の先輩達が攻撃魔法を使うところはあまり見た事がないな」


 同じくその場に残っていたクロイドが小さく呟く。


「そうね。補助魔法ならいくつか見た事あるけれど……」


 元々、魔具調査課自体は他の課と比べて、攻撃魔法を使う機会は少ない方なのだろう。それでも会得していないわけではない。


 魔具調査課は状況によっては自分でどうするべきかを考えて、動かなければならない時が多くあるので、様々な魔法を取得しておいた方が便利なのだ。

 そのため補助魔法だけではなく、攻撃魔法も封印魔法も必要とされていた。


 ……どんな戦い方をするのかしら。


 まだ見ぬ先輩達の戦い方にアイリスは静かに心を躍らせていた。




・・・・・・・・・・・・・



 第一試合はそのまま運動場の一角で行われることとなった。魔法部門では10試合が同時に行われるらしく、試合に出場する者を応援に来ている者で溢れていた。


 魔法部門の勝敗の決め方としては、試合をする者同士が20メートル程離れて向き合い、己に見立てた50センチ程の木製の人形を自分の背後に置かなければならない。


 その人形が破壊されるか、それとも試合をしている範囲の場外に出されるか、相手に奪取された場合に勝敗が決まるようになっている。

 やり方として一見、簡単そうに見えるが攻守の速さで勝敗が決まるため、余所見をする一瞬が大きな命とりになる試合形式なのだ。


「……捨て身で攻撃か、それとも結界で先に守る戦法を取るかの二択か」


 クロイドが考え事をするような真剣な表情のまま、設営されていく木製の人形たちを眺めている。


「まぁ、そういうことね。どちらかの魔法が一秒でも早く完成すれば、勝負は決まると言ってもいいわ。お互いに防御に徹するような試合だと長引くこともあるけれど」


「なるほどな」


 恐らく、クロイドの頭の中ではこの後に控えている試合をどのように動かすのか、手順が組まれているに違いない。


 ……でも状況に応じた魔法がすぐ使えるから、クロイドなら大丈夫かも。


 クロイドを見ていれば、彼の戦い方がどういうものなのかは分かっている。ほとんどはアイリスを補助するために魔法を使っているが、それは状況に応じて対応する力を持っていることを意味している。


「……楽しみだわ」


 ぼそりとアイリスがつい言葉を漏らすと目の前を歩いていたクロイドが首をこちらへと傾けてくる。


 鼻だけでなく耳も良いクロイドだが、周囲に人が多すぎるため、アイリスの言葉は聞き取れなかったようだ。


「ほら、行きましょう。ユアン先輩の試合が始まってしまうわ」


 アイリスが小さく笑みを浮かべて、クロイドの背中を両手で押すと彼は少し慌てたように前へと進んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・



 ユアンの第一試合の相手は魔物討伐課のライナス・フォードという20代くらいの男性だった。魔具は魔法石が付いた腕輪らしく、試合前から念入りに着け心地を確認しているようだ。


「ふむふむ、ライナス・フォードか」


 そう呟いたのはいつの間にか隣に来ていたミレットだった。

 応援席から首を伸ばすようにユアンが立っている試合場内へと視線を向けていたアイリスは聞きなれた声に対して大きく振り返った。


「ミレット! あ、そうか。あなたは参加しないんだったわね」


「私は非戦闘要員だもの。あ、魔具調査課の皆さんもおはようございます~」


「お、ミレットじゃん。おはよう」


「あぁ、情報課の……」


 その場にいた魔具調査課の先輩達もミレットのことは知っているらしく、面々が軽く頭を下げて挨拶している。


「ミレットもユアン先輩の応援に来たのかしら」


「そうよ。うちの課、皆が非戦闘要員だから誰も参加しないのよね。だから暇で、暇で……。まぁ、自由に試合を見ることが出来るから別に良いんだけれどね」


「……そういえば、情報課で武闘大会に参加する人間の情報をお互いに持ち寄って、誰が優勝するかの賭け事をしているって前に聞いたんだけれど」


 背の小さいミカが大きく首を反るようにしながら後ろを振り返り、ミレットへと問いかける。


「え、あ……。あぁ~。あはは……。ありましたねぇ、そんなこと」


 ミカからの質問にミレットは渇いた笑い声を上げる。少々慌てた表情を見る限り、情報課で本当に賭け事をやっていたらしい。


「まぁ、金銭はかけませんよ。せいぜい、限定品のお菓子を賭けで勝った人間に贈るくらいですから。……それに教団の魔法使い達はこちらが把握しているよりも結構予想外なことをするので、大体の賭けは外れるんですよねぇ」


「予想外?」


 ミレットの言葉にクロイドが首を傾げながら訊ねる。


「例えばだけれど、試合相手と自分の実力に差があって、試合の前から負けるだろうと思われている人がいるとするでしょう?」


 説明しつつも、ミレットは試合の設営がまだ終わらないのかと首を伸ばして周囲を見渡している。


「でもね、本当に負けそうになった時に底力を発揮して、相手を圧倒させて勝っちゃう場合があるのよ。そういう人物は要注意ね。意外と自分の実力に気付いていない上に、自分は誰よりも弱いって思いこんでいる人間だから」


 ふっとミレットの表情が曇った気がした。


「……そういう試合を見るとさ、人って本当に死にそうな時は自分の想像以上の力を発揮出来るんだって改めて思うわ。こればかりは情報があっても、想定することは出来ないわね」


「……」


 その言葉に思い当りがあるアイリスは視線をミレットから逸らした。


 ……私は本当に死にそうな時は、力を発揮できるのかしら。


 いつか迎えたいと思っている復讐の相手、魔犬への敵討ち。

 相打ちになってでも、自分の手で魔犬を刺し殺すことは出来るだろうか。



「……クロイド。ちゃんとアイリスのことを見ていなさいよ」


 顔を上げるとミレットが呆けた表情で隣に立っているクロイドへと言付けをしていた。


「今の話、アイリスも例外じゃないんだからね。この子はすぐに理性を放して、暴走しちゃうから」


「……そうだろうな」


 低い声でクロイドがミレットへと答える。


「……私、そんなに理性がないまま行動しているかしら」


「今はそれ程までじゃないけれど、魔物討伐課にいた時は酷かったわよ。まぁ、せいぜい昔のあんたを引きずり出さないようにだけはしておきなさい。クロイドに引かれるわよぉ~」


「……分かっているわよ」


 親友ゆえに色々と心配してくれているのは分かるが、クロイドの前で注意を受けると少々複雑な気分になってしまう。自分が暴走した姿など、とてもじゃないがクロイドには見せたくないのが本音だ。


 ……今は多分、大丈夫よね。


 ここ最近は理性を持ったままで、戦っている。全てを破壊するように行動していた「真紅の破壊者クリムゾン・クラッシャー」の名前からは少しだけ程遠くなっているはずだ。


    





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