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黒杖司


「――あ、いた」


 クロイドの声にはっと我に返ったように前方を見ると、すでに二列に整列している魔具調査課の面々を発見した。


「お、来たか。人が多いから迷子になっているんじゃないかと思ったよ」


 ナシルが苦笑しながらアイリス達に向けて手招きしてくる。人と人の間をすり抜けて、アイリス達はレイクとユアンの後ろへと並んだ。


「すみません、知り合いがいたもので……」


「あぁ、聞いたよ。ハワード課長の姪だろう? 随分と大人しい子らしいじゃないか」


「……その子の爪の(あか)を紅茶に混ぜてハワード課長に飲ませたいくらいだねぇ」


 ナシルの言葉に付け足すようにミカがぼそりと呟く。魔具調査課嫌いのアドルファス・ハワードのことを快く思っていないのだろう。


「いやー、何か感慨深いな。去年は俺達の後ろには誰も並んでいなかったからさ」


 目の前に整列しているレイクが腕を組んで嬉しそうに何度も頷いている。


「あら、レイクは一番前に並んだ方がいいじゃない?」


「は? 何でだよ」


「もちろん、背の小さい順でしょう」


「なっ……! おい、ユアン!!」


 呆気からんと舌をちらりと見せつつユアンがそう言ってレイクをからかうと、レイクは右拳を軽く挙げて怒るような仕草をする。


「お前、最近身長が少し伸びたからって調子に乗り過ぎだぞ……」


「あんたの身長を追い越したまま置いていくつもりだから、安心して。一生、上から見下ろしてあげるわ」


「こいつ~……」


 確かにこうやってユアンとレイクが並んでいるとユアンの方が数センチ以上高い。まだ成長期は続いているらしく、レイクの身長が追いつくことをこっそりと願うばかりだ。


「ほら、二人とも。そろそろ黒杖司(こくじょうし)の挨拶が始まるよ」


 ユアンとレイクの前に並んでいるセルディが少し首を二人の方に傾けながら小さく呟く。

 セルディにたしなめられた先輩二人は同時に背を伸ばして、姿勢を正した。


「……黒杖司(こくじょうし)?」


「あら、クロイドは知らない? ……『三碧(さんへき)黒杖(こくじょう)』のことよ」


「あぁ、確か総帥の下の役職の……」


 クロイドも名前だけは知っているらしいが、教団の一番上に立っている総帥の下の役職という認識しかないらしい。


「教団内で決められる事のほとんどはこの『三碧(さんへき)黒杖(こくじょう)』と呼ばれる三人によって最終決定権があるの。もちろん、その上に位置する総帥が決定されたものを却下することが出来るんだけれどね。役職としては他にも総帥代行をしたり、こういう公の場で挨拶をしたりするのよ」


 嘆きの夜明け団の組織構図としては一番上に「総帥」、そしてあらゆる事に対して決定権を持つ「三碧(さんへき)黒杖(こくじょう)」、教団に関する全ての情報を記録し管理する「黒筆司(こくひつし)」、その下で各課をまとめる「課長」となっている。


 大まかに分類すればこの四つの役割に分けられるが、他にも細やかな役職が存在していた。


「まぁ、課長より上の役職の人と深く関わりがある方が珍しいけれどね。……課長以上の役職はほとんどが独立しているようなものだし」


「そうなのか」


 本当にあまり知らなかったようだ。魔犬という伝説級の魔物によって呪いをかけられているクロイドだが、彼の存在は課長であるブレア以上の人間なら知っていてもおかしくはないだろう。


 恐らく、こちら側が向こうを知らなくても、上の人間はクロイドのことをはっきりと認識しているに違いない。

 だが、クロイドの反応を見る限り、ブレア以上の役職の人間からの大きな接触は見られないようだ。


 ……「黒筆司(こくひつし)」は禁忌や極秘の情報も管理していると聞いたわ。きっと、クロイドのことも把握しているでしょうに……。


 保護者でもあるブレアを信用して一任しているということだろうか。考えたところで自分には分からないことだ。アイリスは小さく頭を振って、視線を前へと戻す。



 視線を戻せば、立ち台の上へと一人の老齢の女性が上っている最中だった。

 その女性の姿に気付いた立ち台下の団員達はすぐに誰なのか気付いたらしく、お喋りしていた口を噤んでいく。


「……誰かに似ているな」


 静かになっていく中で、周りに聞こえない声量でクロイドがぼそりと呟く。


「アレクシア・ケイン・ハワードよ。……三碧(さんへき)黒杖(こくじょう)の一人でハワード課長の実母。つまりはエリックの祖母よ」


「え……」


 アイリスの簡単な説明にクロイドが絶句したような言葉をもらして、立ち台の上に立っている女性を凝視している。


 白髪となった髪を頭の後ろで丸くまとめて、団服に身を包んでいるがその姿はまるで老いを感じさせない程に琴線を張ったような雰囲気を纏っている。

 七十近いはずのアレクシアだが背は曲がっておらず、真っすぐなままだ。


 そして、三碧(さんへき)黒杖(こくじょう)であることを意味する長く黒い杖がその手には握られており、杖の一番上には碧玉が載っていた。


 アレクシアの表情は厳格という言葉が似合っており、小心者だが優しく穏やかなエリックの実の祖母とは思えないくらいに生真面目そうな顔をしている。


 他の団員達とは違って、アレクシアが纏っている外套は黒い杖と同じ黒色の膝まで長いものだった。外套の裾を翻しながら、彼女は颯爽と立ち台の中央まで歩いてくる。


 そして立ち止まった彼女は長い杖を右手に掴み直し、一度床を鳴らすように突き立てた。


「っ……」


 運動場全体に響く音は思わず、緩めていた気を引き締め直すような急き立てる音に聞こえた。

 まだお喋りを続けていた者達もアレクシアが杖を使って立てた音を聞いて、一瞬で口を閉ざす。


「――諸君、ついにこの日は来た」


 立ち台の上に立っているアレクシアはそれ程、大きな声を張っているわけではないのに遠くまで響き、はっきりと透き通るような声をしていた。


「年に一度の武闘大会の日だ。心待ちにしていた者も多いだろう」


 アレクシアは細い瞳で運動場の半分を埋め尽くしている団員達を端から端まで見渡すように左から右へと視線を移す。


「諸君らが日々、己の力に慢心せずに極めようと努め続けていることは称賛されるべき行いだ」


 誰もが背を伸ばし、目の前に立っているアレクシアを逸らさずに真っすぐと見ている。


「今日と明日、行われる武闘大会で勝ち進んだ者には褒美として賞金と名誉、そして教団において最も強き者の称号が与えられるだろう。己の魔法、知力、武術……諸君らの全てを以て、この大会に挑めよ! そして、その手で栄光を掴み取れ! 最強は誰なのかを示せ!」


 アレクシアは黒い杖を右手で頭上へと持ち上げる。


「手に入れた己の武勲を記すために! ここに、武闘大会開幕を宣言する!」


 演説とも言えるようなアレクシアの熱弁に対して心が震え、血が滾ったのか、他の課の誰かから気合の入った声が所々で聞こえ始める。


「……気合入っているわねぇ」


「まぁ、負ける気はしないけどな」


 前に並んでいるユアンとレイクが黒い笑みを浮かべながら楽しそうに笑い合っている。気合が入っているのは誰しも同じのようだ。


「諸君らの健闘を祈る。……以上だ」


 アレクシアの挨拶が終わったらしく、彼女は深々と頭を下げてから再び外套を翻す。去る姿さえも格好良く見えてしまい、アイリスは思わずその後ろ姿が見えなくなるまでアレクシアの背中を眺めていた。


「今年の挨拶はアレクシア黒杖司(こくじょうし)かー」


 挨拶が終わったため、緊張の糸が解けたのか一番前に立っているミカが背を伸ばすように身体を動かしていた。


「去年は確かハロルド黒杖司(こくじょうし)だっけ? あの人の話、長いからな~」


「居眠りしたくなるよね、あの低音の声って」


「……セルディ、お腹空いた」


「試合前に食べると具合が悪くなるよ……」


 他の先輩達だけでなく、周りの課の団員達も無事に挨拶が終わったと言わんばかりにお喋りを再開する。


「……え、開会式って今の挨拶だけなのか」


 初めて武闘大会に参加するクロイドは戸惑うような素振りでアイリスに話しかけてくる。


「そうよ。淡々としている方が、楽でいいでしょう? あまりに話が長いと大会に参加する方としてはやる気が削げちゃうし」


 去年、武闘大会の開会式での挨拶を担当していた黒杖司(こくじょうし)はかなり長く話を続けており、あまりの話の長さに立ったまま寝ている者も続出したくらいだ。


 このくらい短い方が、試合で勝ちたいという強い気持ちを持って行きやすいと開会式の挨拶をしたアレクシアも分かっているのかもしれない。


    


三碧の黒杖を間違えて、三壁と書いていました。修正しました。すみません。

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