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団服


「……」


 突然のことに驚いたのかユアン達が過ぎ去った後、エリックは安堵したように溜息を吐いていた。


「と、とても……親しみやすい人達ですね」


 しかし、表情を取り繕うようにエリックは真面目な顔を作った。


「えぇ、私達の先輩なの。ユアン先輩とレイク先輩よ。……ユアン先輩は可愛いものが好きだからつい、あなたを愛でたくなったみたいね」


「か、可愛い!?」


 真面目なものとなっていたエリックの表情は一瞬で真っ赤な林檎のように染まった。あまり、誉め言葉を言われ慣れていないのかもしれない。


「団服も凄く似合っているわよ」


 苦笑しながら更に追加で容姿を褒めるとエリックは耳まで真っ赤にしてから石のように固まった。


 今、自分達は揃いの団服を着ている。これは教団から支給されている言わば制服のようなものだ。正式な行事や儀式、式典の際に着る物であるため、普段は中々着る機会はない。

 通常の任務の際は私服を着用しているので、団服を着ていると逆に目立つのだ。


 白いシャツの上に重ねるように着ているのは薄茶色のベストだ。更に重ねるように着ているのは紺色の外套で、右の片腕が動きやすいように開けている。


 そして、アイリスにしては珍しく短めの赤いスカートを穿いているのは、先輩であるユアンが絶対に穿くべきだと強く押して来たためだ。

 正直に言えば、裾の短いものを穿きたくはないというのがアイリスの本音だが、笑顔のユアンがかけてくる圧があまりにも凄かったため、仕方なく頷くしかなかったのだ。


 それでも、短いスカートの下には動きやすいようにと黒色の短い下穿きを穿いていた。

 短い丈が恥ずかしいアイリスだったが、クロイドから似合っていると言われたので、満更でもないと思ったのは彼には秘密である。


 クロイドの方はというと、白いシャツに黒いネクタイを結び、薄茶色のベストを着ている。そして黒色のズボンを穿いているがこれは男女共通の色となっていた。


 同じように紺色の外套を羽織っているが、これはアイリスが着ているものとは違って、腰辺りまでを覆う長さのものだ。

 はっきりとクロイドに伝えてはいないが、物語の中から出て来た魔法使いのようでかなり好みの格好となっている。


 その一方で、目の前のエリックはアイリスと揃いの格好で、短いスカートは紺色だ。

 シャツの胸元を飾っているのはアイリスと同じ色の黒のリボンで、エリックが動くたびに微かに揺れている。


 ちなみに、団服の種類は女性の方が豊富だ。スカートは短いものだけでなく、長いものもあるし、ズボンも着用可能となっている。

 そのため、魔具調査課の先輩であるナシルとロサリアは黒色のズボンを着用していた。


「え、えへへ……」


 似合っていると褒められたのが嬉しかったのか、赤らめた頬のままでエリックは口元と目元を盛大に緩めて、嬉しそうに笑っている。


「魔的審査課の皆からは団服に着られているって、からかわれたのでそう言って貰えると嬉しいです……」


「まぁ、そんなことを言う人がいるの?」


「皆、武闘大会に参加するから気持ちに余裕がないだけですよ、きっと」


 エリックは本人の意思とは関係なく、魔的審査課に所属している。

 本当なら魔法課に所属希望だったらしいが、親戚筋のほとんどが魔的審査課に所属しているため、半ば無理矢理に入団と同時に所属させられたらしい。


「……それなら、今日の試合で活躍して、魔的審査課の奴らを見返してやると良い」


 隣を歩きながらそう言ったのはクロイドだ。彼の口元は少し上げられており、どこか不敵な笑みが浮かべられている。


「あら、それは良いわね。せっかくだもの。エリックがちゃんとやれば出来る子だってことを証明しないと」


「えぇっ!?」


 クロイドの提案に同意するようにアイリスが頷くとエリックは顏を少し引き攣らせていた。


「む、無理ですよぉ……。最初の試合相手、魔物討伐課の人ですから……」


「やってみないと分からないわよ。……そうだ、魔法部門で50位以内に入れたら、美味しいアップルパイを奢ってあげるわ」


「ご、50位ですか……。うーん、それなら、何とか……頑張れば……。でも、出来るかな……。50位……」


 真剣な表情で唸りながら悩み始めるエリックを見て、アイリスは小さく苦笑する。


 こういう場合は上位の順位を提示するのではなく、程よく頑張れそうな順位を提示する方が、目標が手身近にあるように感じるため力を入れやすいのだ。


 エリックに必要なのは彼女自身に対する自信と少しの勇気だ。だが、無理に後押ししては潰れかねないので、ゆっくりと見守った方が良いだろう。


「……俺も魔法部門で参加するから、もし対戦するようなことがあればお互いに遠慮なしでやろう」


「は、はいっ……!」


 確かに初戦は魔物討伐課と対戦するのは決まっているが、勝ち進んでいけばクロイドとエリックが対戦することもあるだろう。

 先日まで同じ立ち位置で戦っていた二人が、お互いの魔法を撃ち合うのは何ともやりにくいだろうが、試合は試合なので、手を抜かずにやってもらいたいものだ。


 緊張気味に頷き返しているエリックを微笑ましく見ていたアイリスは気付かれないように、ふっと真顔になった。


 ……そういえば、エリックはラザリーの件から立ち直れたのかしら。


 人の死を目の前で目撃して、彼女はどう感じたのだろう。小さな身体は冷たくなったラザリーを映して確かに震えていた。


 今は明るい表情で過ごしているが、優しいエリックのことだ。彼女も自分と同じように胸のうちに後悔を抱えたままではないかと心配してしまう。


 ……考えても、聞かなければ分からないわね。


 だが、エリックに訊ねたことで彼女が治めていた感情を再びこじ開けしまうのが怖いのも本音だ。

 今は武闘大会の試合前なので心を乱すようなことは言わない方がいいだろうとアイリスは口を閉ざした。


 


 三人で並んで歩いている間に開会式が行われる運動場へと辿り着く。

 真正面には木材で組み立てられた一部屋分程の立ち台が作られていた。あの立ち台で開会式の挨拶が行われるのだろう。


 開会式はそれぞれが所属している課で二列に整列してから行われるため、ここでエリックとは一時的に別行動になるようだ。


「それじゃあ後で、あなたの試合も見に行くから。頑張ってね、エリック」


「はいっ! 私も先輩達の応援に行きますので」


 アイリス達に向けて深々と頭を下げてから、エリックは彼女が所属している魔的審査課が整列している場所を目指して駆けていった。


「……それにしても凄い人数だな」


 運動場の半分を埋め尽くす程の団員の数にクロイドが溜息交じりに呟いた。周りは自分達と同じように団服を着ている者ばかりで、老若男女の魔法使い達がこの場に揃っている。

 しかし、誰もが爛々と目を光らせているのは試合で優勝することを目指しているからだろう。


「これでも人数は教団に籍を置いている半分の人数だと思うわよ。さすがに地方に派遣されている支部の人は参加していないと思うし……」


 教団への入団者は毎年、それなりの人数がいるので所属する者は年々増えている一方だろう。


「さて、先輩達はどこに並んでいるかしら」


 アイリスは人込みをすり抜けながら、先に整列しているはずの魔具調査課の面々を探す。


「こうも人が多いと鼻が利きにくいな……」


「……こんなに人が多くても匂いは特定出来るの?」


 魔犬によって呪いをかけられている彼は人ながら犬並みの嗅覚を持っている。ふと思った疑問を何気なく小声で訊ねてみるとクロイドは軽く頷き返してくれた。


「一度覚えた匂いは忘れないからな。人が多いと嗅ぎ分けるのに時間はかかるが、匂いを遮断されていない以上は特定出来る」


 先輩達の居場所を探してくれているのか、クロイドは先を歩いていたアイリスを追い越して、先導するように前を歩き始める。


「……ちなみに、アイリスがどこにいても匂いが続いていれば絶対に見つけられる自信だけはある」


「……どんな自信なのよ、それ」


 喜ぶべきなのか、恥ずかしがるべきなのか分からなくなったアイリスは思わず顔を下へと向けつつ、クロイドの背中を追う。


 ……でも、人込みに紛れても私を見つけてくれるのなら、ちょっと嬉しいかも。


 零れそうになる笑みを押さえ込み、アイリスは頼もしく思えるクロイドの背中を穏やかな瞳で見つめていた。


   

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