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決起集会


 教団内で開かれる武闘大会当日。アイリスを含めた魔具調査課の全員は課長であるブレアの前に一列に並んでいた。


 課長室はそれなりの広さだが、やはり八人も横に並ぶと狭いように感じてしまう。まるでどこかの軍隊の整列のように思われるかもしれないが、この場はそんな堅苦しいものではない。


「諸君! とうとうこの日が来たが、準備は出来ているか!」


「おぉーっ!」


 ブレアの気合の入った声に答えたのは拳を頭上へと掲げたナシルである。魔法部門で優勝する気でいるらしく、彼女の瞳は爛々と光っている。

 彼女の隣では背の低いミカが溜息を隠すように口元を袖で覆っていた。その表情は少し憂鬱そうだ。


「他の課に比べて、我が課は参加人数に限りがある。だが、各々が持っている技術を最大限に活かすことが出来るのを私は知っている! 他の課を圧倒させるものを諸君は確かに持っている!」


 そういえば、ブレアはお祭りや楽しい行事が好きだったことを思い出し、アイリスは心の中で小さく笑った。

 ブレアに参加出来る資格はないが、それでも部下である自分達が武闘大会に参加することを楽しみにしているらしい。


「武闘大会の初戦は基本、自分が所属する課の団員と試合することはない。それはつまり、参加人数の多い魔物討伐課が圧倒的に有利ということだ」


 アイリスは事前に武闘大会に不参加のミレットから、今回の大会に参加する人間は誰がいるのかを聞いていた。

 魔物討伐課では普段から危険な任務に就いている団員が揃って参加するらしく、今回はそう簡単に優勝は出来ないだろうとのことだ。


 だが、そのような事を言われて易々と引き下がるアイリスではない。むしろ戦う相手が強いほど、気合が入るというものだ。


「賞金は欲しいか!」


「おーっ!」


「予算は欲しいか!」


「おぉーっ!」


「優勝するぞーっ!!」


「おおっー!!」


 ブレアの掛け声に合わせて、相槌を打つようにナシルが気合の入った声で答えていく。その一方で、他の先輩達はというと苦笑いしながら、その光景を見守っていた。

 この決起集会らしき集まりに、参加はしているものの、気合を入れた声を上げるのは躊躇しているらしい。


 それでもアイリスと同じように参加する先輩達は皆、十分に気合が入っているようで、各々が持つ魔具を念入りに手入れして、自分の装備に不備が無いかとしっかりと確かめていた。


 ……私の得物は長剣だから、試合用を使わないとね。


 魔法部門に参加する人間は各個人が持っている魔具を装備して参加することが出来るが、武術部門に参加する人間は木製の長剣や短剣を使用することになっている。


 もちろん、大きな怪我を防ぐための正式な決まりとなっているため、指定された武器以外のものを使えば、参加失格と見なされるのだ。

 自分と同じく武術部門に参加するロサリアも木製の短剣を使用すると言っていた。


「打倒、魔物討伐課!」


 ブレアが張りのある声で右拳を上げて高々と言い放つ。


 彼女の本心で言えばブレアの持つ剣術の全てを以て、武闘大会に参加する者を一蹴したいところなのだろう。

 しかし、課長以上の役職に就いている者は参加出来ない上に、ミカとセルディに冷めた表情で見張られているため、やりたくても出来ないのだ。


 ナシルにこっそりと聞いたが、ブレアが彼女よりも立場が上の人間に課長以上の役職の者も武闘大会に参加する権利が欲しいと訴えたらしいが、軽く受け流されたらしい。

 ブレアの剣術ならば、本当に軽々と優勝しかねないので、それを抑えるためでもあるのだろう。


 この武闘大会は、教団に所属する団員達の魔法と武術の技術向上と意欲を保持するために行われているようなものだ。もちろん、その中には己の力を見せつけたい者もいる。


 様々な理由を持って参加する者が多く居る中で、まさか課内で宴をしたいがために賞金を目指すのはブレアだけに違いない。


 そんなことを思い出して、小さく息を吐くと隣に立っているクロイドがこちらに視線を向けた気配がした。


 アイリスがゆっくりと顔を左に向けるとクロイドが黒曜石のように綺麗な瞳で自分を真っ直ぐと見ている。彼の口は閉ざされたままだが、黒い瞳は少し物憂げに見えた。


 ……まだ、心配しているのね。


 先日のラザリーの件から、自分がまだ立ち直っていないと思っているのだろう。正直に言えば、早々と割り切れるものではないし、後悔ばかり思い返している。

 それでも止まったままではいられないと分かっていた。


 アイリスはクロイドに向けて、微笑を浮かべる。自分は大丈夫だと伝えるように、口元と目元を緩めて微笑むとクロイドは何か言いたげな表情をして、言葉を飲み込んでいた。


「……」


 この武闘大会で自分の剣術がどれ程のものなのか、改めて思い知ることになるのだろう。未熟な自分を戒めるために剣を取るしかないのだ。


「午前の部は誰が最初に試合があるんだっけ」


 ぽつりとミカが呟きながら、試合表が書かれた紙を取り出して眺め始める。


「確か、ユアンじゃなかったか? あぁ、ほら。……相手は魔物討伐課だな」


 ミカの隣に立っているナシルが、彼の持つ試合表の紙に記されている名前を指さしている。


「ふふっ。久しぶりの魔法の試合だから、腕がなるわね~」


 ユアンは髪飾りとしても使っている白い杖を手に持って、楽しそうに笑っている。


「おいおい、ユアン。暴れすぎて男共から引かれないにしろよ。去年はお前に幻滅していた奴がたくさんいたの、知っているだろう?」


 レイクが深い溜息を吐きながらユアンの肩を軽く叩く。


「あら、それを言うなら、レイクもでしょう? どうして子どもが参加しているんだ、なんて言われていたわよ」


「何ぃっ!? どこの課の奴だ! 今日の試合でぶっ潰してやる!」


 ユアンの言葉にレイクが大きく鼻を鳴らして、床を強く蹴る。背の低いレイクは子ども扱いされたり、身長について馬鹿にされると激しく怒るのだ。

 それを分かっていてユアンもからかっているのだが、二人を見ていると何となく抱いていた緊張が緩和していく気がした。


「……そういえば」


 何かを思い出したのかロサリアがアイリスの方へと首だけ振り返る。


「去年の大会で、アイリスもかなりの上位まで進んでいたよね」


「ああ、僕も覚えているよ」


 ロサリアの言葉に同意するようにセルディも小さく笑う。どうやら自分が去年、魔物討伐課に所属していた時に武闘大会に参加していた際の試合を見ていたらしい。


「自分よりも大柄な団員の男性を叩きのめしていたよね。ロサリアが一度、勝負したいと言っていたよ」


 セルディがそう答えるとロサリアは珍しく、気まずそうに視線を逸らしていた。


 アイリスは曖昧に笑って頷き返す。思い返せば、確かこの頃くらいから自分に対して付けられた「真紅の破壊者クリムゾン・クラッシャー」という忌み名が大きく広まった気がする。

 去年の武闘大会では散々大暴れしてしまったので、印象に残るくらいに目立っていたのだろう。


「……今日の試合、お互いに勝ち進んで戦えると良いね」


 常に無表情のロサリアが口元を少しだけ緩めたように見えた。


「その時は手加減なしで、お相手をお願いします」


 アイリスが小さく笑って答えるとロサリアははっきりと頷き返してくれた。


「実はクロイドが魔法を使うところを見た事がないから、結構楽しみにしているんだけどね」


 そう呟いたのはミカだ。確か、以前ミカとナシルと合同任務をした際にはクロイドは彼らの前で魔法は使っていなかった。

 

 今は「黒き魔手」という手袋の魔具を得ているので人目を気にしていたクロイドは、今は遠慮なく魔法を使うことが出来るようになっていた。


「あ、そうか。クロイドは今回の大会が初めてだったな」


 ナシルの問いかけにクロイドは軽く頷く。


「午前の部でユアンとレイクの試合が先に行われるから、どういう風に戦えばいいのか見ておくと良いよ。出せる火力は限られているから、死にはしないと思うけれど、怪我には気を付けるんだぞ?」


「はい、ありがとうございます」


 ちらりとクロイドの方に視線を向けると、彼は魔具の黒き魔手を自分の手にしっくりくるように、はめ直していた。クロイドも気合は入っているらしい。


「準備はいいな? それじゃあ、諸君! 健闘を祈る!」


 ブレアが胸を張り、力強い声で再び高く右拳を頭上へと上げる。


「おおっー!」


「おー!」


 今度はナシル以外の先輩達も右拳を頭上へと上げていたので、アイリスとクロイドも合わせるように自分の右拳を上げておいた。


 この武闘大会は自分の剣術がどこまで通用するのか再確認出来る場だ。

 強くなるためには、自分に何が足りなくて、何が必要なのかを知らなければならない。


 盛り上がりを見せる場で一人、アイリスは焦る心を裏に隠したまま笑みを浮かべていた。


   


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