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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
312/782

消え去るもの


 帰り支度を整え、宿屋で借りていた部屋を引き払ってからアイリス達は昨夜、村中に響き渡った大きな音がした方向へと向かっていた。


 歩く間も言葉を発することはなかった。エリックは昨晩、布団の中で声を押し殺して泣いていたことは知っているし、クロイドの表情も暗いままだ。


 ――ラザリーは死んだ。自分達の目の前で。


 その現実を受け止めきれないでいるのは、目が覚めたら夢だったと思いたかったからかもしれない。何て甘い考えなのだろうと自分でも思う。

 だが、そう思わずにはいられなかった。


 ……だって、私達がこの村に来なければ……。


 そんな考えばかりが頭の中を巡っていた。


 重い足取りのまま、教会が建っている丘をゆっくりと上っていく。その間にも村人が慌ただしそうにアイリス達を追い越していった。


 見えて来たのは瓦礫の山だった。確かにあったはずの教会の姿は真っ黒な石の塊で山を形成していた。


「……おぉ、危なかったなぁ。この教会も年代物だし、壊す手間が省けて良かったけどさ」


「いやぁ、夜中で良かったよ。誰もいなくて……」


「昨日の雷は凄かったからなぁ。丘の上だと、落ちやすいんだろう。新しい教会を建てるなら、別の場所に……」


 崩れ去った教会の跡を村人の男達が眺めつつ、そう口々に言っていた。彼らは雷が落ちた原因は自然によるものだと信じて疑わない。


 ……何も知らない。何も見ていない。


 ラザリーの言葉が胸に強く残る。村人達は何も知らない。ラザリーがいた事も、彼女が村人達をどれ程大切に思っていたかも。


 彼らは昨晩のうちにウィリアムズから、自らが知らない間に忘却魔法をかけられている、だから、この教会に誰が居たということを忘れてしまっているのだ。


 忘れ去られることを望んだのはラザリー本人だ。それなのに、どうしてこれほどまでに胸が苦しくなるのだろうか。


 アイリス達が何とも言えない表情で立ち止まり、教会址を見ていると話し合っていた男達がこちらに気付く。


「お、姉ちゃん達。危ないから、あまり教会には近づくなよ~。……とりあえず、この瓦礫の撤去について、村長と話すしかないな」


「そうだな。新しく建てる教会の場所と大きさとかも……」


 アイリス達は男達に会釈するように頷きつつ、歩を進める。

 村人達は崩れ去った教会がどのようになっているのか確認しに来ただけらしく、足早にその場から立ち去っていった。


 風が運ぶ静けさだけが、アイリス達の重たい空気に重なるように満たしていく。


 昨日、あったはずのものが突然無くなる。その恐ろしさを一番理解しているのは自分達だ。

 大切なものを一瞬で失うことの恐怖と、残された感情。それを深く知っているからこそ、何も言えなかった。


 ラザリーに対して、良い印象があったわけではない。それでも彼女の全てを否定したいわけではなかった。


 ふと、足音が聞こえてその方向へと視線を向けると黒い外套を羽織ったセド・ウィリアムズがいた。

 昨日の服装のままらしく、外套は少し灰色に汚れている。染み込んでいたラザリーの血の跡が見えないのは魔法で隠されているのだろうか。


「……酷い顔だな」


 彼は顔色一つ変える事なく、アイリス達を見てそう言った。


「……ラザリーは」


「この村の村長にかけあって、村の墓地に埋葬させてもらった。今は眠っている」


 そう言って、ウィリアムズは彼の後方へと目を向ける。墓地というものは教会のすぐ傍にあるものだ。

 この教会址から30メートル程離れた場所に無数の石碑が並んでいるのが見える。その石碑の中の一つに数人の男女が集まっており、花を手向けて祈りを捧げていた。


「……この村の人は本当に、心優しい者ばかりだな。見知らぬ誰かに向けて、その者の安らかな旅立ちを願うことが出来るのだから」


「……」


 ウィリアムズの言葉は忘却魔法が確かに効いていることを意味していた。村人達は今、彼らにとって知るはずのない人物に向けて祈りを捧げている。

 その光景を見続けることに苦しさを抱いたアイリスは目を逸らした。


「ラザリーがこの村を気に入った理由が今ならよく分かる」


 ウィリアムズの視線が墓地から教会址の方へと向けられる。彼の瞳は細められ、やはり何を考えているのか読めない。


「彼女は生まれながらに、人の魂を縛る声を持っていた」


 静かな言葉は耳に心地よさを感じさせるほどに穏やかだった。


「だが、その頃のラザリーの力は彼女自身が制御出来ない程に強かったのだ。力の影響ではないが、彼女は幼くして両親を亡くし、そしてウィリアムズ家に引き取られた。彼女の母親は私の妹だったからな」


 そういえば、以前ウィリアムズがラザリーにはもう自分しか家族と呼べる者はいないと言っていたことをアイリスは思い出す。


「しかし、ラザリーの力を……ウィリアムズ本家は恐れていた。自分の魂も彼女の声によって、縛られるのではと思っていたからだ」


「あなたも……恐れていたの?」


 アイリスはウィリアムズに向けて、ゆっくりと訊ねる。


「私にとっては、彼女は亡くした妹の子だ。……他の親族達は露骨にラザリーに対して嫌悪感を向けていたが、私だけでも彼女に優しくしようと努めていた」


 ウィリアムズの瞳が遠くを見つめるものへと変わる。懐かしい日々に思いを馳せているのだろうか。


「だが、私の優しさでは駄目だったのだ。彼女が本当に必要としていたものは……この村で、やっと手に入っただろうな」


 教会址から、丘の下に広がる村を見下ろすようにウィリアムズは瞳を細める。愛しいものを見ていたラザリーの表情とよく似ており、アイリスは小さく唇を噛んだ。


「私は暫く、この村に残る。……教団への報告は好きにするといい」


「……分かりました」


 彼はこのまま村に残って何をするつもりなのか、訊ねることはしなかった。何となく、予想は出来たからだ。

 ラザリーがこの村で味わった幸せを彼も感じ取りたいのだろうと密かに思った。


 自分達に背を向け始めるウィリアムズに対して、アイリスは思わず叫ぶ。


「――ウィリアムズさん!」


 少し進んでいた彼の歩がすぐに止められる。


「あなたは……恨んでいないの? ……奇跡狩りをしに、ここへ訪れていなければ……ラザリーが死ぬことは無かったと」


「……」


 アイリスの言葉にクロイドもはっとしたように口を閉じて、視線を逸らしていた。彼も自分と同様に思っていたらしい。ラザリーの死は自分達のせいではないかと。


「関わらなければ……何もなければ、ラザリーは……」


 喉に引っかかる言葉が、息を詰まらせていく。


「思っていない。……何も、思っていないさ」


 ほんの少しだけ、ウィリアムズがこちらを振り返る。


「ただ、ラザリーは自分らしく、気高く生きた。それだけだ」


「……っ」


 その一言は何よりも重く心の奥底に落ちていく。


「さらばだ、アイリス・ローレンス。どうか、君が……君達の道がこの先、茨でないことを祈っている」


 ウィリアムズは再びアイリス達に背を向けて、素通りするように横を堂々と通り過ぎていく。アイリスは流れるように視線でウィリアムズの背中を追った。


 丘の坂道を下りていく彼を見えなくなるまで、見つめ続ける。小さくなっていくその背中に語り掛けられる言葉はもうなかった。


 一度、目を瞑り、そして教会址の方へと視線を向ける。


 この場所にラザリーがいたのだ。確かに自分は見ていた。子ども達に囲まれて、楽しそうに話をしていたラザリーを。その表情は微笑みだったことをはっきりと覚えている。


「……本当に、何も……ないのね」


 アイリスは一歩、教会址へと歩を進めようとしているとクロイドのその腕を掴まれる。はっとして顔を上げると、クロイドが首を横に振っていた。


「それ以上は……」


 瓦礫になっている山に近づくなという事なのかそれとも、ラザリーが確かに居たという痕跡を探すなという意味かどちらだろうか。


「……」


 アイリスは溢れそうになる感情を無理矢理、腹の中へと押さえ込み、教会址から一歩後ろへと下がった。


   


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