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悪魔

 

 二人の姿を見送ってからアイリスは魔法陣へと視線を移す。


「……ルーア文字、東西南北に書かれた神々の名前、明星のペンタクル……」


 魔法陣に書かれている情報を次々と読み上げていくが、違和感がふと浮かんでくる。

 何かがおかしいと思ってしまったのだ。


「この魔法陣……。違うわ、だってこれは……」


 アイリスはそこではっと何かに気付いた。

 この魔法陣は決して人を蘇らせるための物ではない。嫌な予感がしたアイリスは魔法陣に書かれている小さな文字を声を抑えて読んでいく。


「……我、汝と死なる契約を結びて、虚偽の繁栄を望む……。我、汝と臣下なる契約結びて、表裏の安寧を望む……」


 やはり、これは反魂(はんごん)の魔法とは違う。この魔法陣に書かれた文はまるで契約書のようだ。

 アイリスは独学で学んできた大量の魔法の中から、魔法陣に記されている情報を元に、一つのとある魔法の存在を思い出す。


「……なるほどね」


 まだ自分は使った事もないし、使おうとも思った事がない魔法。

 禁魔法とされているものの一つにその魔法は存在した。


「これ程の禁魔法を何も知らないローラが突然使えるようになるわけがないわ」


 まるで誰かに問いかけるようにアイリスは何もない宙を強く睨む。


「……あなたが教えたのね、紅い瞳の悪魔。……いいえ、『光を愛さない者(メフォストフィレス)』」


 静寂に満ちていた空間に突如、入り乱れたような空気が流れ出す。

 空気が冷たくも淀んだものへと変わり、最初に響いたのはやや高いがしわがれた声だった。


「――おや、我輩の事を知っているとは……中々知的で興味深いお嬢さんだ」


 その言葉はアイリスを褒めているつもりだろうが、どこか馬鹿にしたような含み笑いが潜んでいた。


「……あなたがこの石に封印されている悪魔ね? 私の友人がこの石が一体何の石なのかを詳しく調べてくれたのよ。まさか悪魔が封印されていたなんて思ってもいなかったけれど」


 前方の祭壇辺りに、重力に反して宙に浮かぶ影を見上げる。


 はっきりとしたその姿はまるで人間のように見えた。見た目は中年の男性で、鼻の下に髭が生えている。

 そこらに居る紳士のような服を着ているが、その服の年代がかなり前の服装だということは聞かなくても分かった。

 長い筒状の帽子の下で、紅い瞳がこちらを見て、すっと細められる。


「メフォストフィレス……とある小説ではメフィストフェレスとも言われているわね。そんな有名人に会えるなんて私もいい経験になるわ」


「ほう。悪魔には会った事はないかね。君はあの教団の人間だろう?」


 ふわりと祭壇へと降り立ち、帽子を右手で取って優雅に会釈する。帽子の下から、さらりと黒髪が零れ落ち、少し尖った耳が見えた。

 悪魔だと知らなければ、本当にどこかの紳士のような立ち振る舞いだ。


「あら、ご名答。それじゃあ私があなたの目の前で対峙する意味をお分かりかしら?」


 口先では強気でいられるが、内心はかなり冷や汗を掻いていた。


 悪魔に出会った事など一度もない。例え相手が上級の悪魔では無いとしても力を持っている事には変わりはないだろう。

 一方のアイリスは魔力が無いただの人間同然だ。少々、剣が扱えるとしても悪魔相手に通じるかさえ分からない。


「我輩を封印した石を教団へと持ち帰るためだろう? そのくらい分かるさ」


 悪魔と言えども、「奇跡狩り」のことは知っているらしい。メフィストはわざとらしく肩を竦めながら鼻を鳴らした。


「それなら話が早いわ。この石の中に戻ってくれない? そうすれば任務が終わるんだけれど」


 アイリスはローラから託されていた「悪魔の赤い瞳」を取り出して、メフィストに対してこれ見よがしに見せつける。


「またその中に戻らねばならないのかい? そいつは嫌だなぁ」


 帽子の下で薄ら笑いをする音が聞こえた気がした。笑い声は耳に残る特徴的なもので、恐らくこの声色で数多の人間を誘惑してきたのだろう。


「せっかく、あの少女が我輩を出してくれたのだ。暫く現世(うつしよ)の人間を使って暇潰しでもしようと思っていたのにねぇ」


 メフィストから零される言葉にアイリスは大きく反応する。


「まさかローラと契約を……っ!?」


「ああ、まだだよ。彼女はただ封印を解いてくれただけさ。今の状態は霊体と同じでただの思念の塊……つまりは魂だけの状態だからね。契約をすれば完全な姿と力が蘇るんだが……残念ながら君達に邪魔をされてしまったからな」


 本当に残念だと言わんばかりにメフィストは盛大に肩を竦めて、わざとらしく溜息を吐いた。


「あなた……ローラに何をしたの?」


「別に何も。ただ彼女は力を欲していた。我輩はそれに共鳴しただけ。封印が半分解けたのは彼女が我輩に願いを込めたからさ。……過ぎる年月を数えることが飽きる程に眠らされていたんだ。さすがの我輩も少しくらい力が戻るだろうよ。それに我輩を封印した魔法使いはすでに死んでいるから、封印の魔法の効力も薄れているのだよ」


 メフィストの口ぶりはかなり呑気で、何故か昔を懐かしむように語っている。


「……禁魔法に指定されている悪魔との契約の仕方もあなたが教えたのね」


「教えたと言う表現は合わないなぁ。今は魔力も少し戻ったおかげで君と話す事が出来るが、ローラは我輩の事が見えていなかった。だから我輩は彼女の脳内に直接呼びかけたのだよ。魔法の知識も分かりやすいように文や図面に表しながらね。……彼女は良いねぇ。とても飲み込みが早い。将来、きっと良い魔女になるよ」


 自分の子どもの将来を楽しみにしている親のような言い方だが、帽子の下で不気味な笑みを浮かべていたことをアイリスは見逃さなかった。


「つまり……ローラを操っていたって事でしょう⁉ あなた、ローラを一体どうするつもりだったの⁉」


「先程も言ったが我輩の本体はその石の中にあるため、契約を結ばなければ全ての力も完全なる姿も戻らないのだよ。だから、少しばかり復活のために協力して貰っただけさ。……残念だなぁ。契約さえすれば彼女は母親を蘇らせる力が手に入ったというのに」


「最初からあなたにはそんな気なんてなかったじゃない!」


 アイリスは鞘から剣を抜いて、剣先をメフィストへと向ける。


 悪魔メフォストフィレスを題材にした小説では、この悪魔と契約した者はあらゆる望みが悪魔の力によって叶えられる話となっている。


 だが、契約を結んだ者の最後は自身の破滅を迎えるのだ。そしてその魂は契約した悪魔に回収され、エネルギーとなるのだと聞いた事がある。


「ローラの魂が目当てだったんでしょう⁉」


「いやいや……。彼女とて、我輩と契約してまで得たい力があったと言う事だろう? ちゃんとそれ同等の対価だと思わんかね?」


 悪びれた様子もなく飄々とした表情で答える悪魔にアイリスは心の底から怒りが煮えたぎる。


「あの子の純粋な気持ちを弄んで利用しようとしていたなんて……最低よ」


 いつでも戦闘に入れるようにと、アイリスは右足の靴の踵を三度、地面を叩くように鳴らす。


「ほう、『疾風の靴(ラファル・ブーツ)』か。以前、それと似たような物を作っていた職人に会った事があるよ」


「そう。……それは羨ましいわねっ!」


 アイリスは思い切りに地を蹴り、メフィストに向かって長剣で鋭い一撃を放った。


「おっと、危ないなぁ……。すぐに熱くなるのは良くない。短気は損気だ。それに今の我輩は霊体同様、全てを透き通らせてしまうから君がいくら攻撃しても無意味だよ」


 アイリスの一撃を華麗に避けて、メフィストは眉を下げながら困ったような表情で呟く。


「無意味かどうかは私が決めるわ! それにあなたが封印された『悪魔の紅い瞳』を回収するのが目的だもの」


 メフィストと同じように祭壇の上へと降り立ち、アイリスは次の一撃を左から右へ貫くように薙いだ。

 しかし、その攻撃さえも全てを見切ったと言わんばかりに躱されてしまう。


「ん……? 君はローレンス家の者かい? 懐かしい香りがするねぇ」


「っ……。そうだけど、それが何か問題でも?」


 匂いでどこの家の出身なのかが分かる事に驚くが、はっきり言って勝手に匂いを嗅がれるのは嫌な気分だ。もちろん、その枠の中に嗅覚が鋭いクロイドは入っていないが。


「ローレンス家は代々、強い魔力を持って生まれてくる人間が多いと聞いている。だが……君には魔力がないみたいだね?」


 まるで嘲笑うようにメフィストは片手で帽子を深く被り、表情が見えないようにする。だが、彼の声を聞く限り、魔力無し(ウィザウト)の自分を馬鹿にしているのは聞かなくても分かっていた。

   

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