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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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蠢く影


 ――蠢く影の息(オンブレスピル)


 囁かれたその呪文にアイリスは目を瞠った。


 ……影魔法。だから、灯りを……。


 何故、ウィリアムズが教会全体に灯りをわざわざ灯したのか、その理由に気付く。 

 影魔法は大きな影がある場所では、自らが操る影は飲み込まれてしまい、力の弱いものかもしくは使えないものとなってしまうのだ。


 この教会は全体的に薄暗いため、自らの影を伸ばしてもすぐに薄暗さによって影は薄まり、力の弱いものになってしまう。

 だから、ウィリアムズは自らの影を際立たせるために灯りを灯したのだ。


 そして、灯りを灯す前に聞いた、ウィリアムズの口から零れた言葉。それはハオスに覚られないために、灯りを灯す前に薄いながらも影を伸ばしていたのだろう。

 魔法でお互いに討ちあっている間に教会全体を覆いつくすように広く影を伸ばし続けていたのだ。


 教会の壁に馴染むような薄い灰色はウィリアムズの呪文によってはっきりと黒だと思える色へと変化していく。

 忍ばせていた影は教会の壁全てを黒く染めて、天井まで伸びていた。




「あぁっ! くそっ、くそっ!! 口にまで砂が入ってきやがるっ……」


 未だに砂塵の竜巻の中でもがいているハオスは伸ばされた影には気づいていない。


 ウィリアムズは無言のまま、杖を軽く上から下へと指揮をするように振った。天井まで這うように広がっていたウィリアムズの影がハオスの真上まで伸びていく。


「――捕えろ」


 低い声で呟かれた号令に従うように天井まで伸びていた影は一点へと集結して、細く伸ばした布切れのような形へと変化させていく。


 そして狙いを定めた獣のように、真下にいるハオスへとその影を伸ばした。


 伸びた影は大蛇が獲物を窒息死させるように、ハオスの身体へと音を立てないまま巻き付いていく。


「っ!?」


 ハオスも自分の身体に巻き付き始める影に気付いたらしい。


「くそがっ! この……。……セド・ウィリアムズっ!!」


 その叫び声はやがて、巻き付き始める影によって口を塞がれたことで静かなものへと変わっていく。


 影の勢いは留まる事がないまま、ハオスの身体に巻きついた後は、手足へと伸びていき、その身体を動かないものへと変えていった。


「……」


 ウィリアムズが再び杖を軽く振る。

 空中の竜巻は一瞬で消え去り、その場に砂だけが灯りによる輝きを反射させながらさらさらと落ちていく。


「んぐぁ……! んんっ……!!」


 影に縛られつつももがき続けるハオスに対して、ウィリアムズはすっと目を細めてからもう一度、杖を構えて、縦に線を描くように振った。


 アイリスの目からでも分かる程、ハオスを縛り上げている影が更に力を込めているようだ。その光景はまるで水を含んだ雑巾を絞っているようにも見える。

 そこに慈悲を与えてはいけないと分かっているのか、ウィリアムズは容赦がなかった。


「――っ!!」


 ハオスの声にならない声がその場に響いた。


 きつく締め上げられた影によって握力さえもままならなくなったのか、ハオスの左手に握られていた人形がその手からゆっくりと離されていく。


「っ!」


 それに気付いたアイリスはすぐさま床を強く蹴った。


 ……人形がっ!


 並んでいる長椅子達を足場にしながら、アイリスは風のように駆け抜けて、人形との距離を一気に詰めていく。


 ハオスの落とした人形が床へと落下する直前にアイリスは何とか人形を受け止めてから、そのまま前転するように身体を転がした。


 ぱっと立ち上がりつつ、空中で影に取り込まれるように縛り上げられているハオスを見上げる。

 彼は人形どころではないらしく、動けない身体を動かそうと必死なようだ。


「アイリス!」


 クロイドの声にはっとしたアイリスは人形を抱えたまま、後ろへと跳ぶように下がった。


 壇上まで下がると結界を張ったままのクロイドが目配せしてくる。一瞬だけ解かれた結界の中にアイリスは素早く入ってから、やっと息を吐いた。


 アイリスが結界の範囲内に入ったことを確認してから、クロイドが再び結界を張って防御に努める。


「……怪我は」


 クロイドはハオスを見上げたまま、アイリスにそっと訊ねてくる。


「ウィリアムズさんに魔法で痛みだけ治して貰ったわ。血は出ているけれど、もう止まっているから大丈夫よ」


「……あとで、君の治療もするからな」


「えぇ」


 クロイドもアイリスが考えている優先順位を理解してくれていのか、それとも渋々納得してくれているのかは分からないが、小さく吐いた溜息はどこか安堵しているものに聞こえた。


「あ、アイリス先輩……」


 ラザリーの傍らに膝を立てて、手をかざしながら治療を続けているエリックが震えた声でアイリスを呼ぶ。


「……エリックもずっと治療を続けてくれてありがとう。身体と魔力の方は大丈夫?」


 治癒魔法は使う側の人間が抱える負担も大きいものとなるのだ。体力、精神力、そして魔力を大きく消耗していくのだが、エリックは首を横に大きく振った。


「わ、私は大丈夫、です。……で、でも……」


 涙を瞳に大きく溜め込みながら、エリックはうつ伏せのまま、動かないラザリーの方へと視線を向ける。


「……」


 その表情は白く、美しい人形のように動かないままだ。息も先程と比べると弱いものになっている。


 ラザリーの身体の下には大量の血が広がり、水溜まりのようなものを形成していた。その血の水溜まりをエリックの服が少しだけ吸い込んでいた。


「……ラザリー。人形は取り返したから。だから……安心して」


 アイリスは震えそうになる声を胸の奥へと押し込んでから、はっきりとそう告げる。


 眠っているのか、気絶しているのかは分からない。反応はないまま、ラザリーは目を閉じたままだった。


 ……ウィリアムズさんなら。


 対人魔法に長けたセド・ウィリアムズなら、治癒魔法の中の上級魔法を扱えるはずだ。彼ならきっと、ラザリーの目を覚まさせてくれる。


 唇を噛み締めつつ、何もすることの出来ないアイリスはそれだけを信じていた。



    

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