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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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熱風


「悪魔なら、あの姿は霊体か?」


 ウィリアムズはハオスから目を逸らさないまま、尋ねてくる。


 以前、彼が所属していたのは魔的審査課だ。専門は対人であるため、やはり得意不得意はあるのだろうか。


「……悪魔混沌を望む者(ハオスペランサ)。身体は人間よ。悪魔の魂をあの身体に括りつけているらしいわ」


「……あぁ、なるほど」


 妙に納得したような彼の呟きにアイリスは仕方なさそうに溜息を吐く。


 アイリスは数か月前、ウィリアムズが率いる選ばれし者(シェルティスト)達によって起こされたとある件に巻き込まれている。


 黎明の魔女と謳われたアイリスの先祖であるエイレーンの魂をこの身に降ろされそうになったのだ。

 そのため、目の前にいる悪魔ハオスがどういうものなのか、簡単に理解することが出来たのだろう。


 アイリスとしては例の件は終わったことになっているため、蒸し返すつもりはないし、今はそれどころではない。



 アイリスは状況に応じて動けるように、靴の踵を三回叩くように鳴らしておく。


 ウィリアムズのおかげで何とか動けるようになってはいるが、傷が完全に治ったわけではない。

 一時的に痛みを抑えているに過ぎないため、あまり酷使は出来ないだろう。




「――よぉ、セド・ウィリアムズ。まさかこんなに早く会えるとは思っていなかったぜ」


 ハオスがすっと目を細めて、見下すような笑みを浮かべる。


「お前の姪、使わせて貰ったがあれは駄目だな。力はあっても、力の使い方がなっていねぇ。どういう教育をしたんだ?」


「……」


 ウィリアムズは何も答えないまま、杖の先端をハオスの方へと向ける。


 この際、教団を抜けた彼が魔具である杖を持ち、魔法を普通に使っていることへの疑問は置いておこう。

 こちらとしては加勢してくれるというならば、今は誰の手でも借りたいくらいだ。


「……俺とやるつもりか? お前も早死にしたいようだなぁ?」


 戦闘すること自体を楽しんでいるハオスは発した言葉とは裏腹に、玩具を与えられた子どものような表情を見せる。


「……アイリス・ローレンス。君は手出しするな」


「え?」


 アイリスにそう言い残して、ウィリアムズは足を一歩前へと出した。


「――冷酷な業火クルエルド・ブレンネン


 ウィリアムズが杖を軽く振ると、杖の先端が発火したように炎の玉が形成されていく。


 それはやがて大きいものとなり、ウィリアムズがもう一度杖を振ると、自ら意思を持っているかの如く、ハオス目掛けて飛んで行った。


「そんなの弾道が分かり過ぎだって」


 しかし、ハオスは避けることはせずに、右手をすっと炎の玉に向けた。そのまま受け止めるか、何かの魔法を繰り出すのかどちらだろうかと様子を見ていた時だ。


 一直線を描いていた炎の玉がハオスに触れる前に二つへと分離したのだ。


「っ!?」


 さすがのハオスも炎の玉が二つに分かれることは想定していなかったようで、彼の瞳が大きく見開かれる。


「……破裂する炎華(バンフィオーレ)


 ぼそりとウィリアムズが呟いた言葉に反応するように二つに分かれた炎の玉はその場で、風船が破裂したように形を失い、塊だったものが弾けるように炎を広がせていく。


「っ……」


 熱に飲み込まれていくハオスの姿が見えたがその表情は強張っているように見えた。


 爆風による振動がその場に響き、一番離れているはずのアイリスのところまで熱風が届いた。

 ハオスは一体どうなったのだろうかと、爆風が過ぎた後にアイリスは顔を上げる。


 しかし、現状を認識する前にアイリス達がいる方向に炎の玉が向かって来ていた。


「……!」


 その炎を操っているのは無傷のハオスだった。魔法が使えないアイリスから見ても、先程ウィリアムズが放った魔法は強大な力による攻撃だったと思う。


 それにも関わらず、ハオスは掠り傷一つしていないのだ。


 ……もしかして、この炎ってウィリアムズさんが作った魔法を利用しているというの?

 

 もしそうだとすれば、ハオスは自分に向けられた攻撃をそのまま操って、自分の魔法へと変えたということになる。


 人の魔法を自分のものにして操る方法など知らないアイリスは背筋に汗のようなものが流れていくのを感じていた。


「ほーら、お返しだぜ! ちゃんと受け取ってくれよぉ!」


 ハオスの指先に従うように炎の玉は動いていた。


 ここから逃げるべきかとアイリスが身体を構えた時だ。自分の目の前にいたウィリアムズの黒い外套が大きく揺れた。


「……伏せたまえ」


 彼の外套によって、視界は塞がれたと同時に、近づく熱の温度を感じたアイリスは思わず両腕で顔を防いだ。


透き通る盾(クラルティ・ミューレ)


 ウィリアムズの口から冷静に呟かれた呪文によって、見えない盾が形成される。


 炎の玉が身体に近づく一歩手前で見えない壁に直撃したことで、それらは形を無くしたように分散していった。


 見えない盾があるにも関わらず、その熱量が伝わって来たアイリスは額に汗を浮かべる。

 これ程、熱いものが身体に触れれば火傷だけでは済まないだろうと唾を飲み込んだ。



「……」


「……」


 ウィリアムズとハオスによる魔法の戦闘はまだ続くらしい。お互いに出方を見計らっているように見えて、アイリスは手を出せずにいた。


 恐らく、余計なことをすれば巻き込まれるに違いない。そう思える程に二人の魔法は強力で、なおかつ隙が無いものだったのだ。


 ……でも、逃げられる前にハオスから人形を奪わなければ。


 ハオスに攻撃をすることは考えず、そちらに集中した方がいいのかもしれない。


 自分は近接攻撃を得意としているが、身体を硬化することが出来るハオスとは相性が合わない気がしていた。

 そこでアイリスは忘れていたことを思い出し、ウィリアムズに耳打ちする。


「……ウィリアムズさん」


「何かね」


 視線はハオスに向けたまま、ウィリアムズは答える。

 アイリスは今、ウィリアムズの背中に隠れている状態だ。ハオスからこちらが見えることはない。


「ハオスは硬化の力を持っているわ。でも、これは推測なのだけれど……魔法を使う時に硬化は発動されないみたいなの」


「……ほう」


「もしくは硬化している時には魔法が使えないと言った方が良いかもしれないわ。……硬化するのは大体が身体の一部よ。私がハオスの硬化した右腕と長剣を交えた際に、短剣で首を狙ったのだけれど、彼の顔には簡単に傷が付いていたわ」


「なるほどな」


 ウィリアムズはアイリスだけに聞こえるようにそう呟いた。助言というわけではないが、これくらいの情報を得ておいた方が対峙しやすいだろう。


 本当なら自分がこの情報を早く用いて、ハオスを討ち倒すことが出来れば良かったのだが、今は失敗したことを嘆く暇はない。


 アイリスは一つ息を吐いてから、ウィリアムズの背中から顔を覗かせて、ハオスを小さく睨んだ。


   

 

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