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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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風薙ぎ


 もはや、この身体は自分のものではないような気がしていた。

 痛みも重さもしっかりと感じているはずなのに、何故か感覚がないように思えるのだ。


「……」


 アイリスは靴の踵をゆっくりと三回叩くように鳴らした。


「――やめろ、アイリス……!」


 前方から悲痛な声が耳に届く。左目だけで視線を動かすと、クロイドが顔を歪ませながらこちらを見ていた。


 彼が作った結界の頭上に突き刺さっている鉄杭はまた少し、下へと沈み込んでいるように見える。


 こちらに気を向ける余裕さえないはずなのに、彼はまだ自分のことを心配してくれているのだ。


 ……大丈夫、だから。


 そう伝えるようにアイリスは口元だけで薄く笑って見せた。途端にクロイドの表情が泣きそうなものへと変化する。


 自分はまだ立てる。短剣だって持っている。

 この身がある限り、折れることはない。




「――よくやるぜ、アイリス。まぁ、そろそろ終わりだけどなぁ?」


 ハオスがぱちんっ、と指を強く鳴らした。

 瞬間、ハオスの真横に鉄杭が召喚される。その尖端は自分の方を向いていた。


 止めを刺すつもりだと瞬時に理解したアイリスは鉄杭の攻撃から跳んで避けようと足に力を入れる。


「っ!?」


 しかし、力を入れていたはずの足は一瞬で気が抜けたように、両膝が前のめりに折れたのだ。

 自分の意思が、身体の負担を理解していないのだと気付いた瞬間にはもう遅かった。


 その場に膝を折るアイリスの目の前に鉄杭の尖端が数メートル先まで来ていた。


「――アイリスっ!!」


 名前が呼ばれても、動けなくなってしまった自分にはどうすることも出来ない。

 頭を回転させても、この身体が言うことを聞かないのだ。


 唇を噛み締め、出来るだけ攻撃を避けるために身を縮めようと頭を抱えた時だった。





「――風薙ぎの翼(ヴィントホーゼ・アラ)


 静かな呟きがアイリスのすぐ傍で聞こえたのだ。


 発せられた呪文が風魔法だと気付いたアイリスは伏せようとしていた顔を思わず上げる。


 目の前まで来ていた鉄杭は突如発生した渦巻く風によって、向こう側へと押しやられ、そして竜巻の勢いによって砂へと化した。

 鉄杭だった砂が舞うように床の上へと砂の山を作っていく。


 前方の視界に映っているクロイドは結界を保持しているため、魔法は使うことが出来ないはずだ。エリックはラザリーの手当てをしている。

 では、誰が――。


 そう考える前に、風魔法を使った本人がアイリスの隣へと立った。


「――へぇ?」


 宙に浮いたままのハオスが面白そうなものを見たような声を上げる。


 気付けば、教会の扉が開け放たれていた。知らずのうちにその人物は入って来ていたらしい。

 アイリスはゆっくりと自分の右側に立っている人物へと視線を向けた。


 黒い外套を羽織った長身、少し長い黒髪を一つにまとめたものを右肩へと垂らすように結んでいる。


 顔の輪郭と目鼻がラザリーと似ているその人物を見て、アイリスは思わず引き攣ったような声を上げた。


 ……セド・ウィリアムズ。


 ブレアの兄弟子でもあり、数か月前に教団から去ったセド・ウィリアムズがそこに立っていたのだ。疲れているからと言って幻ではない。


 彼の右手には杖が握りしめられていた。

 ウィリアムズの視線は前方の壇上でうつ伏せに寝かされているラザリーへと注がれていた。その目がすっと細められる。


「……間に合わなかったか」


 呟かれた言葉にはどこか後悔のようなものが含まれていた。

 杖を前方へと向けて、ウィリアムズは再び呪文を唱える。


風薙ぎの翼(ヴィントホーゼ・アラ)


 彼の杖から発生した竜巻はやがて大きいものとなっていく。


 その竜巻は壇上で結界を張っているクロイドを援護するように、結界にめり込んでいる鉄杭に向けて直撃した。


「っ……」


 鉄杭と竜巻が直撃したことによる振動がアイリスのもとまで響いて来た。


 結界に半分程、めり込んでいた鉄杭は竜巻の力によって切り刻まれるように欠片と化し、最終的には砂となって結界の上に降り注いでいく。


 結界に与える衝撃がなくなったことに安堵したのか、クロイドが一瞬だけ立ち眩みのようにふらりと身体を揺らすも、気合で持ち直していた。

 エリックも安堵しつつ、再びラザリーの治療を続け始めたようだ。



「……その魔力の波動、ウィリアムズ家か」


 何かを確認するようにハオスはそう呟いていたが、ウィリアムズは答えることなくアイリスの方へと向き直った。


 上手く声が出せないアイリスは左目だけで、何故ウィリアムズがここに居るのかを問うた。

 しかし、ウィリアムズはその視線に答えないまま、アイリスに向けて杖をかざす。


「――祈りの光風(プリエール・ブレッザ)


 ウィリアムズの杖の先端が淡く光り、その輝きが細い線となってアイリスの身体へと纏わりついていく。

 纏わりついた温かいものが身体の中へと染み込んでいき、それはやがて痛みと重さを消していった。


 身体が急に軽くなったことも驚いたが、それよりもウィリアムズが自分のために回復魔法を使ったことの方に驚き、アイリスは思わず目を瞬かせた。


 ……痛みも消えているし、力が入りやすくなっているわ。


 試しに両手に力を入れてみる。先程よりも握力は戻っているようだ。

 それだけではなく、身体中に感じていた痛みが元々なかったようにさえ思えるほどだ。


「……立てるか、アイリス・ローレンス」


 抑揚ない声でウィリアムズが声をかけてくる。


 アイリスは右目に滴っていた血を手の甲で拭い、少しだけ見開いてから、足に力を入れた。すっと立ち上がることが出来た身体は間違いなく自分のものだ。


 ……やっぱり、この人は対人魔法に特化している人なんだわ。


 回復魔法も対人魔法の一つだ。回復する質の高さと速さに驚かずにはいられなかった。


「……どうして、あなたがここに?」


 やっと声を出すことが出来たアイリスはハオスから目を逸らさないまま、隣に立っているウィリアムズへと問いかける。


「その事は後回しだ。状況説明を簡潔に」


「……簡単に言うなら、あの頭上に浮かんでいる悪魔が敵よ」


「ラザリーをあのような姿にしたのも奴が?」


「……そうよ」


 すっと再び細められた瞳の奥が一瞬だけ揺らめいたような気がした。

 魔法はまだ使っていないにも関わらず、ウィリアムズから冷めた空気が発生しているようにも感じる。


 自分の姪を傷付けた悪魔にどのような感情を持っているのかは、無表情のウィリアムズから読み取ることは出来そうになかった。


       

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