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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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悪趣味


 ハオスが右手の指を一度、軽く鳴らす。


 次の瞬間、彼の周りを取り囲むよう緑色に淡く光る小さな魔法陣がいくつも出現し、彼が登場した際と同じように鉄製の杭が次々と召喚される。


 掌くらいの大きさの杭はまるで自我を持っているかのようにゆらりと揺れて動いている。

 先端は尖っており、少しでも触れれば怪我どころでは済まないだろう。


「こいつは普段、魔物を生きたまま飼い繋いでおくために、直接足に打ち込むものだ。人間では試したことないが、刺さったらどんな味がするだろうなぁ?」


「……」


 挑発的な言葉をアイリスは無表情で返す。それが気に食わなかったのかハオスは不愉快そうに舌打ちした。


「――行け」


 ハオスの冷たい号令に従うように杭が数本、アイリスに向けて勢いよく飛んでくる。

 それを全て見切ったアイリスは剣の刃先を杭の横っ腹を叩くように一本一本を薙ぎ払った。


 しかし、叩き落してもすぐに次の攻撃が繰り出され、アイリスは数歩後ろへと飛び上がるように下った。

 自分がそれまで居た場所に深々と刺さる杭を見て、小さく眉を寄せると上空のハオスが鼻で笑ったような声が聞こえる。


「ははっ。まるで間抜けな踊りみたいだな!!」


 馬鹿にされていることは分かっているが、相手にしないままアイリスは剣を構え直し、助走を付けてから床を思いっ切り蹴った。


 それは時間で表現するなら瞬きをする暇さえない程の一瞬で、アイリスはハオスの目の前へと飛び上がる。


「っ!」


 さすがに突然、目の前へと距離を詰められたことに驚いたハオスはほんの少しだけ両目を見開く。

 アイリスは彼に生まれた小さな動揺の隙を見逃すことなく、剣を左から右へと一直線に薙いだ。


 だが、剣を握る手に鈍い感触が響き、攻撃が硬い何かで防がれたのだと瞬時に理解する。


 その場から離脱する前に見えたのはハオスの右手だった。彼の右手は光る黒曜石のようなものへと変化しており、腕一本でアイリスの攻撃を防いだようだ。


 ぱっと、アイリスは後方へと勢いよく上体を反らして、後ろ向きに身体を一度回転させてから、床の上へと着地する。


「……へぇ。面白い靴だな、それ」


 顔を上げてみると、やはり黒曜石のように変化している右手には傷一つついていないようだ。


 詠唱無しで魔法を自在に操れるだけでなく、肉体変化も出来るらしいが、これで分かったことが一つある。


 ハオスは実体を持っている悪魔だ。

 その理由は何故なのか分からないが、握っている剣越しに伝わって来た腕に残る鈍い感触がそれを証明している。


「あなたには必要ないでしょう? ずっと浮いたままでいられるもの」


 嫌味のように言い返すと彼はわざとらしく肩をすくめて見せた。


「まぁな。俺は人間共を見下すのが好きなのさ」


「……悪趣味ね」


 そう言えば、以前対峙した悪魔メフォストフィレスも宙に浮いたままだったことを思い出し、アイリスは軽く溜息を吐く。

 やはり、悪魔というものは好きになれそうな性格をしている者はいないようだ。



「あなたのその腕……。魔法で硬化しているのかしら?」


「おお、お察しの通り。人間の肉体は弱いからな。だが、逆を言えば改造をしやすいから、便利なんだよ」


「……身体は人間って、どういう意味よ」


 何となく嫌な言葉を告げられる気がしていたがその予想を勝ったのは、ハオスの弱点を知りたいという知的好奇心だった。


「あ? さっき、ラザリーが言っていただろうが。俺はエレディテルに作られたんだよ。そうは言っても、作られたのはこの身体だけで、俺自身は人間の身体という器に入っている悪魔の魂と言ったところだな」


 何故か自慢げにハオスはそう告げて、自らの胸元辺りを指先で何度か叩く。


「元々、死体だったものをエレディテルが魔法で細胞や皮膚を色々と作り変えて、人形みたいにしたのさ。その中に俺の魂を括りつけているんだよ」


 まるで人体実験のようではないかと、アイリスは顔を思いっ切り顰めた。


 つまり、ハオスが少女の容姿なのは仮の姿ということなのだろう。

 自分の意思に関係なく、器として使われてしまった少女のことを思うと何とも言えない気持ちになり、アイリスは唇を噛んだ。


「……あぁ。そう言えば、お前は人間を相手に攻撃するのが苦手らしいなぁ?」


 余計なことを思い出したらしいハオスは意地悪そうな笑みをこちらに向けていた。

 だが、アイリスはそれを逆手に取って、不敵な笑みを浮かべて言い返す。


「あら。あなたが下等として見下している人間と同じ扱いをして欲しいのかしら? 悪魔の矜持も意外と安いものなのね」


 分かりやす過ぎる挑発だというのに、ハオスは見事にそれに乗ってくれた。片眉を少し斜めに上げて、こちらを睨んでくる。


「……お前の顔、エレディテルに似ているから、正直ずたずたに切り裂いてやりたいんだけどなぁ」


 ハオスの発言に強く反応したのは視界端に映っているクロイドだった。


 彼には結界を張りつつ、ラザリーの治療に専念してもらっているが、やはり一人でハオスを相手しているアイリスのことは気になるらしい。


「……自分のご主人様のことが嫌いなら、さっさと消せば良いじゃない」


 興味なさげにアイリスが返答するとハオスは感情の込められた溜息を吐いた。


「馬鹿だな。悪魔である俺でさえ、あいつには敵わないんだぜ? 簡単に手を出せるなら、今頃俺は自由の身さ。まぁ、今も結構自由にさせてもらっているから、文句なんて無いが……。やっぱり、一度くらいは綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいとは思っているけどな」


「だから、私をエレディテル・ローレンスの代わりにしようっていうの? 本当に悪趣味ね」


 もちろん、自分はハオスにそのような事される気は更々ない。


「言っておくけれど、その人形を返してもらうためなら、あなたの腕の一本や二本、叩き切るつもりでいるから」


「ほう?」


 面白いもの見ているような表情でハオスは口元を大きく歪める。この悪魔は根っからの戦闘狂らしい。


「いいねぇ、その心意気。……まぁ、こっちもお前が死なないくらいには手加減してやるよ。せいぜい、楽しませてくれよなぁ?」


 黒曜石のように変化していた右腕は瞬時に子どもの細い腕へと戻っていく。

 ハオスは先程と同じように指で大きな音を立てるように鳴らした。

    


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