慕うもの
「……ここでなら、全てが叶うと思っていたのに。あなた達はいつも私の邪魔ばかり」
それは直接アイリス達に向けて言った言葉ではないように聞こえた。
彼女の瞳は少し虚ろのように見えて、ぼんやりとした表情でステンドグラスを眺めていた。まるで気が抜けているようだ。
「……人形を渡してもらえるかしら」
アイリスは短剣の刃先を下に向けて、ラザリーへと一歩近づく。
「……嫌と言っても、あなた達は奪うつもりなのでしょう? 本当、そういうところは教団らしいわ」
わざとらしく悲しみを含んだ瞳でラザリーは問いかけてくる。
「それが私達の仕事だもの。でも――」
アイリスはちらりとエリックの方を見やる。彼女は何か言われるのかと思ったのか、肩を少々震わせていた。
「この場所にラザリー・アゲイルはいなかった。いたのはラジーというシスターだけ。魔具も予期していない入手によるものだった――」
「……」
目の前のラザリーが驚きの表情で目を見開いた。
視線を少し右方向に向けた先に立っているクロイドはアイリスの意見に渋々同意しているのか、肩を竦めて軽く頷いている。
その一方で、ラザリーを教団へと連行する任務を任されているエリックはその任務自体をあまり快く思っていなかったためか、アイリスの意見に大賛成だと言わんばかりに表情を輝かせていた。
エリックもラザリーに対して心苦しく思っていたのかもしれない。根は素直で優しい子なのは承知済みだ。
ただし、この場合はエリックにも協力してもらう必要がある。魔的審査課へ嘘の報告をすることになるので、それはそれで迷惑をかけることになるだろう。
その辺りはエリックが処罰を受けないようにこちらも何らかの補助をするしかない。
「あなた、馬鹿じゃないの」
本気でそう思っているように少し強めの口調でラザリーが言葉を吐き出した。
「そんなことをして、教団の規則違反になるでしょうに。あなた達にとって、利になる事なんてないでしょう」
「あら、私達の任務は魔具回収だもの。ラザリーがいた場合のみ、確保することになっているわ」
アイリスはもう必要とないと感じた短剣をスカートの中に下げている鞘へと収めた。
「ここにいたのはラジーという人物であって、ラザリー・アゲイルではない。実際にあなたがラザリー・アゲイルだということを知っているのは私達だけだもの」
斥候で隣町の教団の支部から来ていた者も、ラザリーが元々どういう顔かは知らないはずだ。
つまりは、自分達が口外しなければ、この村にいるのがラザリー・アゲイルだということが洩れることはない。
わざわざ、本人かどうか確かめに来る物好きで暇な団員はいないはずだ。
「屁理屈だわ……」
ラザリーにしては珍しく呆れた表情をしていた。
「あなたの情け深さか正義感からそんな事を言っているのかもしれないけれど、教団に知られたら、罰則ものだわ。よく他人のために馬鹿馬鹿しいことが言えるわね」
アイリスがラザリーを教団へ連行する件を見逃すと暗に言っているというのに、彼女は呆れたように溜息を吐くばかりである。
「あなたが望むなら、教団に連れて行ってもいいのよ」
アイリスは真っすぐとラザリーの瞳を見つめながら、そう問いかけた。
クロイドとエリックは静かにこちらの様子を窺っているようだ。
ラザリーの瞳が少しだけ揺らめく。やはり、教団に連れて行かれて魔法の研究材料とされるのは嫌らしい。
……誰だってそうだわ。自分を消耗品みたいに扱われるのは。
しかし、目の前にいるラザリーは霊体を道具のように扱う人間だ。だから、一つだけ約束をしたかった。
「あなたが今後、魔法を人前で使わないと約束してくれるのなら、私達はあなたを教団には連れていかないわ」
「……何ですって?」
「正直に言って、あなたの降霊魔法は好きじゃないの。どれほど稀有な力を持っているとしてもね。……他人の魂を弄ぶような行為を私は許せない」
「……」
「でも、こちらの条件を受けてくれるなら、私達は魔具だけ回収して教団に帰るわ。あなたがいたことも絶対に話さない」
「……どうして、そこまで……」
ラザリーは戸惑っているのか身を小さくよじった。
「あなたが村の人達に慕われているからよ」
はっきりとした声で、アイリスはラザーに向けて言い放つ。
「私達、教会に来る前にあなたの話を村の人達に聞いてきたの。あなたがこの村でどういう人間なのかを確かめるために」
「……」
ふっとラザリーは気まずそうに視線を逸らした。
両腕で自分の身体を抱きしめるように、腕を組んでいる。
「確かにあなたの降霊魔法を奇跡だと言って、喜んでくれている人は大勢いたわ。でも、あなたが慕われている理由はそれだけじゃなかった」
村人達がラザリーを語っていた言葉をゆっくりと思い出す。どんな話も以前のラザリーと合致するものはなかった。
「あなたは一ヵ月前にこの村を訪れた。それまでは一人旅をしていたと聞いたわ」
「……おしゃべりな村人達だわ」
「村人達は旅人のあなたを歓迎して、そして他に当てがないあなたを教会へと住まわせてくれたそうね」
管理する者がいないからという理由で教会はずっと放置されていたらしい。
そのため、好きに使っていいと村人の厚意からラザリーはこの教会に住むようになったと聞いている。
「住む場所だけではなく、食料まで与えてくれる村人達の優しさに触れて、あなたも何か思うところがあったのでしょう?」
「……」
アイリスの質問にラザリーは目を逸らしたまま答えることはない。
「村の子ども達に勉強を教えたり、本を読んだり……。農作業が忙しい人がいれば、それを手伝っていると聞いたわ。……あなたは村人達から与えられた優しさに対して、何か返したいと思ったから、村人達のためになることをしているのよね?」
「……そんなの、ただの妄想よ。私はこの村の人間から信頼を得るためだけにやっているだけだもの」
その呟きさえ、今はわざとらしく聞こえてしまう。
「私は私らしく生きられる場所が欲しかっただけ。自分の魔法で誰よりも優位に立ちたかっただけ。……エイレーンのことも、家のことも。今だってそうよ。私は誰よりも特別でいたいだけだもの」
「……」
捲くし立てるような呟きにアイリスは静かに目を瞑り、そして開いた。
「それがあなたの望みなのね、ラザリー」
自分の前に立っているラザリー・アゲイルという人間の真意を初めて垣間見ることが出来たような気がした。
ラザリーはこの村で、やっと特別な存在になれたと思っていたのかもしれない。
だが、彼女は自分の家柄も過去も魔法も、何も知らない村人達からの優しさを受けて、少し変わったのだ。
他人のために、自分も何かしてあげたいと思うようになったからこそ、彼女の優しさを知った村人達から慕われるようになったのだろう。
今日の夕方以降に、登場人物の絵を追加したいと思います。
お目汚しになる可能性もあるので、興味がある方だけ覗いてみてください……。




