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ローラの秘密

 

 深い闇を纏う空。

 冷たい空気が漂う林を抜けて、小さな影はとある場所へと向かった。


 今夜叶うのだ。

 ずっとずっと叶えたいと思っていた願いが。


 それまでどんな思いで準備してきたのか誰も知らないだろう。

 でも、もう良いのだ。今日で全てが終わるのだから。


 ローラは急ぐ気持ちを胸の奥に抑えながら廃墟と化した教会へと向かって走る。入口の扉はもちろん鍵をかけていた。

 いや、これは結界と言うべきものだろうか。


 ローラはポケットから紅い石を取り出して結界が解けるように願う。

 すると教会全体に張られていた結界はいとも簡単に解けてしまった。


 さすがは万能の石だ。

 扉をそっと開けて、壊れた長椅子を避けながらローラはこの教会が祀っていたとされる神の祭壇に向けて迷わず歩いていく。

 そしてランプの灯りを祭壇前の床に向けて照らした。


 床に書かれているのはよく物語などに出てくる「魔法陣」というものだ。暗闇で手元が良く見えない中、魔法陣の一部である細やかな文字を間違えないように書いていくのはかなり大変だった。

 毎晩、孤児院を抜け出してやっとここまで完成したのだ。今から行うことに必要とされる物も全て揃えてある。


「……よし」


 ローラは鞄の中から供物とするために孤児院の厨房から盗んでいた小さな肉の欠片と自分で作った蝋燭を五本、少ないお小遣いで買った安いナイフとお酒を取り出す。

 まず蝋燭を魔法陣の五つの箇所に並べて他に持ってきた物を全て祭壇へと置く。


 そして、うなじ辺りに一つに束ねていた髪を肩の高さでナイフでざっくりと切り、髪の一房を片手で持ちながら、ローラは紅い石を魔法陣の中央に置いた。


 あとは呪文を唱えてから願いを告げて、この魔法陣に切った髪を落とすだけなのだ。

 それだけで全てが終わり、全てが叶う。


 それなのにその願いは一つの声によって中断されてしまう。



・・・・・・・・・・



「――止めなさい、ローラ」


 アイリスは大きくはっきりとした声でローラを呼び止める。

 驚いた表情のローラがこちらを勢いよく振り返った。


「だ、だれ……」


「アイリスよ」


 廃墟となった教会へと躊躇なく入ってくるアイリスとクロイドの二人にローラは彼女自身の目を疑っているようだった。秘密にしていた場所を知られていると思っていなかったのだろう。


 アイリスがちらりとローラの足元を見やると大きな魔法陣が描かれており、今まさに何かの魔法を始めようとしている寸前だったようだ。


「は……入って来ないでっ! こっちに来ちゃ駄目っ!」


「それは無理よ。私達はあなたが持っているその石を回収しに来たんですもの」


 この教会は老朽化のせいで天井が抜けており真っ黒の空が見えた。月はまだ昇ってきていないようだが、時間が経てばすぐにでもあの抜けた天井から月明りが降り注ぐだろう。


 それを見たアイリスは眉を潜める。恐らくローラが執り行おうとしていた魔法は聖なる象徴となる月の光が魔法陣に降り注いでしまうと効果を発揮しなくなるものだ。

 そのことを知っているのかローラはどこか急いでいるように見えた。


「い、嫌っ……! これがないと私は……」


「それを何所で手に入れたの? あなたの物ではないでしょう?」


「こ、これは……」


 ローラは床に置いていた紅い石を奪い取るようにぎゅっと握り締める。

 これだけは渡せないと言わんばかりの表情でアイリス達を威嚇するように睨んできた。


「駄目……。これがないと私は何も出来ない子どもになるもの……」


 悲痛そうに顔を歪めるローラに対してアイリスはぐっと言葉を一度飲み込んでから、静かに彼女の瞳を真っすぐと見据えた。


「……その石の名前を知っているかしら。それはね……『悪魔の紅い瞳』という魔具なのよ」


「ま、ぐ……?」


 初めて聞いた言葉なのかローラは少しだけ脅えたように身体を震わせながら首を傾げる。

 その様子は何も知らないことを表していた。


「世界には色んな呼び方があるらしいわ。『賢者の石』、『黄金と不死の宝石』、『惑わせの秘宝』……恐らくあなたが持っている石の名前もその中の一つよ。人の心を惑わせてしまうの。……だから、あなたはそれを持っていてはいけないわ」


「……ローラ、大人しくその石を渡してくれないか」


 今まで黙っていたクロイドが口を開いた。

 さすがに見習いのシスター・ロイが本当は男性で今、目の前にいるクロイドだという事にも気付いたらしい。ローラの表情が少しだけ変わった。


「……っ! そう……。あなた達が孤児院に来たのは私の宝物を奪うのが目的だったのね……」


 大人びた言い方、その冷たい表情。

 描かれた魔法陣と決意した瞳。


 ローラは何も話していないというのにアイリスはすぐに勘付いてしまう。


 彼女はやはり失っているのだ。

 大切な何かを。


「でも、これだけは渡せない。私は今、大切な事をしている途中なの」


 だからとローラは言葉を繋げる。

 もう後戻りは出来ないと悟っているように。


「私の邪魔をしないでっ!」


 その瞬間、アイリス達の周りに無造作に置いてあった長椅子がぶわりと空中に浮かんだ。その数は数え切れない程である。


「なっ……」


「……やっぱり、ローラはあの石を媒体にして魔法を使っているのよ」


 舌打ちをして、アイリスは腰に下げている剣を素早く抜いた。もちろん、この剣先をローラに触れさせる気は更々ないが、自分達に向けられた敵意に対して丸腰でいるつもりはない。


「ローラ、お願いだから止めて。あなたはその石を使ってはいけないのよ!」


「……っ! わ……私はやらなきゃいけないの! 私がやるのっ! だから、邪魔しないで! もう放って置いてよ!」


 ローラの手に握られた石が光を放ちながら眩しく輝く。


「来るぞ!」


 クロイドが叫んだ瞬間、宙に浮かんでいた長椅子達が二人に向けて一斉に襲い掛かりはじめた。

 

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