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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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未熟者


「それじゃあ、さっそく今回の任務の内容を確認していくわよ」


 アイリスはクロイドによって用意された資料を机の上へと広げていく。


「任務対象とされるラザリー・アゲイルらしき人物が滞在しているのがトレモント地方のトゥリパン村よ」


 広げた地図はイグノラント王国だけが大きく載っているものだ。アイリスは場所を確認するために地図の端の方を指で示した。


 地図の端ということはそれなりの田舎であるため、その辺りまで汽車が通っているかは調べないと分からないようだ。

 いざとなれば最寄りの駅で降りて、荷馬車に乗って村まで移動することも考えておかなければならないだろう。


「大体、汽車でどのくらいの時間がかかるんだ?」


 クロイドが紅茶を口に付けながら訊ねてくる。


「そうね……。明日の朝にイグノラント駅を出たとして、着くのは昼過ぎくらいかしら。最寄り駅からの移動時間も考えたら村に一泊はすることになるでしょうね」


 その村の教会で働いているのがラザリー本人なのか確認もしなければならないし、村人達にラザリーがどういうことをしているのか聞き込んでおいた方がいいだろう。


 そう考えるとやはり時間にゆとりを持って行動をした方がいいと思う。


 ちらりとエリックの方を見やると、彼女は手帳に必死にアイリスの言葉を書き込んでいるようだった。 少々、臆病ではあるものの、根は真面目なようだ。


「それで任務内容だけれど……。私達二人は、ラザリーと思われる人間が持っている魔具の回収を最優先にするけれど、それで構わないかしら?」


「ふぇっ!? あ、はいっ……。お二人に迷惑がかからないように、頑張りますっ……!」


 エリックは手帳からぱっと顔を上げて必死の形相で返事をした。


「大丈夫よ。あなたの任務もちゃんと手伝うから。……ラザリーは対人魔法が使えるから、あの人の魔法で魅了されると何かと面倒だもの。協力した方が任務も成功すると思うわ」


 アイリスが苦笑して答えるとエリックはどう答えたらいいのか視線を迷わせていた。



「……だが、どうして今更ラザリーを捕らえることになったんだろうな。あの件のあと、関わった奴らにはそれ以上の罰は下っていないはずだが……」


 クロイドが腕を組みながら小さく呟くとその言葉が聞こえたのか、エリックが顔をゆっくりと向けた。


「ラザリー・アゲイルが使っている対人魔法を魔的審査課で使う魔法として取り込むためだと思います」


「え?」


 何でもなさそうに言い放たれた言葉にアイリスとクロイドは同時にエリックへと視線を向ける。


「私は任務対象となっているラザリー・アゲイルのことをよく存じていませんが、彼女の使う魔法はかなり希少なもののようですね。声だけで魔法を使っている人は教団内にはいないようですし。確かラザリーは歌で霊を呼び出すだけじゃなくって、生きている人も多少は操ることが出来るんですよね?」


 エリックは手帳を捲り、何かを書き込んでいるのかそれに目を落とす。


「呪文ではなく声だけで操ることが出来るというのなら、ラザリーの声自体に魔力を込められやすくなっているのかもしれません。それゆえに歌を歌うだけで彼女は人を魅了する……。言葉を吐けば、その通りになってしまう言霊の力を持っている可能性もあります」


 あまりにもエリックが流暢に喋るのでそちらの方ばかり驚いてしまうが、アイリスは納得するように頷いた。


「だから、魔的審査課で彼女の体質を研究したいのだと思います。そしてあわよくば、新しい魔法を作る気でいるのかも……。前に読んだ報告書だと、ラザリーが操っていた霊が祓魔課の方に祓われたと記載されていたので、彼女の魔法と相性が良い相手と悪い相手がいるようですね。色んな方法でラザリーの魔法が何に有効かを試すことが出来ると考えられます」


 いつ息をしているのかと思ってしまうほど、エリックは頭の中から資料を引っ張り出しているように喋り続ける。


「でも、ほとんどの人が魔具を媒体として魔法を使うので、ラザリーのように声だけで魔法を扱える方が稀なんですよね。研究するとは言っても望み通りにいくことは難しいでしょう」

 

 全てを言い終えたのかエリックは手帳を閉じて顔を上げる。


 そして、アイリス達から視線を向けられていることに気付いたエリックは引き攣った顔へとすぐさま変化させた。


「ひぃっ……。す、すみませんっ! 私ったら、調子に乗って……」


 再び怯える表情へと変わったエリックだったが、彼女が謝ることは何一つないはずだが。


「ううん。ごめんなさいね。少し、驚いただけなの」


「……その話はハワード課長から直接聞いたのか?」


「ふぇっ!? い、いえっ……。私が勝手に考えていることで……。でも、ハワード課長や他の人がラザリーを使えば、扱える魔法の幅が広がるって話していたのを小耳に挟んだので、何となくそうなのかなぁって……」


 小耳に挟んだだけで、そこまで推測が出来るとは恐れ入った。

 言葉で話すよりも彼女は頭でゆっくりと考えることの方が適している人物なのかもしれない。




「……私、本当は魔的審査課じゃなくって、魔法課に所属希望だったんです」


 手帳を抱きしめつつ、ぼそりとエリックが泣きそうな顔で呟く。


「対人を専門とするよりもゆっくりと魔法のことを考える方が好きなんです。魔法の原理や法則とかを研究して、新しい魔法を作りたかったんですが……。叔父さんやハワード家の皆は魔的審査課に属してばかりだからって、無理矢理にこっちに所属させられてしまって」


 どこか困ったようにエリックが笑みを浮かべる。


 彼女の希望は通らず、家の人間によって無理に望んではいない場所に身を置く事になってしまったらしい。


「……私、凄く人見知りだから、人を相手するだけで怖いですし、すぐに緊張して話せなくなっちゃうので……。でも、所属してしまったからには精一杯に頑張りたいんです……」


「…………」


 何となく、いつかの自分を見ているように感じたアイリスは自らの拳を握りしめた。


 エリックが持っている手帳はかなり年期が入っているように見える。その中に彼女が書き留めた色々な情報が詰まっているのだろう。


 エリックは彼女なりに努力しているのだ。自分の希望ではない課に所属させられても、失望することなく、真剣に目の前のことに取り組んでいる。


 それをアイリスは称えたいと思った。


「だから、先程のラザリーについての推測はあくまで私の考えなので、あてにしないで下さい。……魔的審査課が本当にラザリーを捕らえる気でいるなら、未熟者の私を派遣するわけがないですし」


 任務初心者ゆえに、経験が未熟だと自覚しているのかエリックは溜息交じりに言葉を吐いた。

 彼女も何故、自分が合同任務に参加する一人として選ばれたのか奇妙に思っているようだ。


 ……ハワード課長は自分の姪までも見下しているのかしら。


 もしそうならばブレアの言う通り、アドルファスは見る目がない男だとアイリスは溜息を吐いた。


 自分はまだエリックと会って三十分も経っていないが、彼女はこちらが思っているよりも魔法に関することに詳しく、優秀なように思えたのだ。


「それなら、任務を無事に成功させてハワード課長を見返してあげましょう」


「えっ?」


 エリックが大きな碧色の瞳を丸くした。


「あなたが未熟者じゃないってことを証明すればいいのよ。この任務を機会に一人前になるの。……あなた自身が自分のことを一人前にしてあげないと、ずっと半人前のままよ?」


「…………」


 今度はぽかりと大きく口を開けて、エリックはアイリスを凝視してくる。


「わ……私が一人前?」


 そんなまさかと言わんばかりに驚いた表情をしている。エリックは彼女が持っている力を信じていないのだ。


「で、出来るでしょうか……」


 エリックは再び、抱きしめている手帳へと視線を落とした。

 しかし、すぐに顔を上げてアイリスとクロイドの方を真っすぐと見る。


「あのっ! 私、頑張って一人前になりますので! なので、今回の任務で至らない点があった場合のご指導、どうぞ宜しくお願い致します! アイリス先輩、クロイド先輩っ!」


 小動物のような潤いを含んだ瞳でエリックがこちらを見て来たためか、クロイドは少し視線を逸らしたように見えた。

 あまりにも真っすぐに綺麗な瞳でエリックが見てくるのでその眩しさにどうやら当てられたらしい。


 ……レイク先輩達が先輩呼びを喜んでいた理由が分かる気がするわ。


 先輩、と親しみを込めて呼ばれる上に純粋な瞳を向けられ、信頼を寄せるように頼られてしまったら、首を横に振ることなんて出来なくなってしまうだろう。


「……こちらこそ宜しくね、エリック」


「はいっ!」


 魔具調査課へ入って来た最初と比べて生き生きとした表情になったエリックは意気込むように返事をした。

       

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