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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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エリック


 アドルファスが魔的審査課へ帰ってから一時間もせずに、魔具調査課へと人が訊ねて来た。

 今はナシル達が魔法課へと書類を出しに行っているため、魔具調査課はアイリスとクロイドの二人だけだ。


 開けられた扉の向こう側にいた人物を見て、アイリスはつい目を丸くして固まってしまう。


「ひっ……。え、えっと……。私、魔的審査課から来ました……」


「あ……。どうぞ、中へ」


 扉の向こう側にいた少女の身長はミカやレイクよりも低く、自分達よりも年下に見える。怯えた表情のままで少女は室内へとそっと足を踏み入れた。


「とりあえず、明日からの任務内容を確認するから、そこのソファに座ってね」


「は、はひっ……」


 裏返った声のままで少女は返事をする。ソファの上に座ったのは良いが、かなり端っこの方に座って、身体を縮めているようだ。


「…………」

 

 アイリスとクロイドは顏を見合わせた。お互いに不思議なものを見るような目をしている。


 すると突然、少女がぱっと顔を上げて真っすぐと木のように背を伸ばした。


「あ、あのっ……! 私、叔父さんから……じゃなくって、ハワード課長から任を受けて参りました。エリクトール・ハワードですっ! よ、宜しくお願いしますっ!」


 エリクトールと名乗った少女は一つにまとめた栗色の髪が逆さになってしまうくらいに深く頭を下げる。緊張しているのか声が震えているようだ。


「そんなに緊張しなくても……」


「ひぃっ……。だ、大丈夫、です……。す、すみませんっ……!」


 身体はがたがたと震えているし、表情は泣きそうなくらいに強張っている。

 これで緊張していないというのならば、こちらを怖がっているのだろうか。


 とりあえず、お互いに知らない者同士だ。自己紹介は必要だろう。


「初めまして。私はアイリス・ローレンスよ。こっちは相棒のクロイド・ソルモンド」


「よ、宜しくお願いしますっ……」


 とにかく、彼女の緊張をほぐさなければ話も進まないような気がしたアイリスは立ち上がって、お茶の準備を始めることにした。


「えっと、エリクトールと呼んでもいいのかしら?」


「あっ……。名前、長いので……エリックで良いです」


「……女の子なのに男性名なのね」


 アイリスはお湯を沸かしつつ、茶器と茶葉の用意を整える。その間にクロイドがこの話し合いに必要な資料を素早く準備してくれていた。


 この国ではエリクトールもエリックも男性名だ。アイリスが少し不思議に思ったことをエリックは感じ取ったのか付け足すように言葉を呟いた。


「あの、ハワード家のしきたりなんです。……女が生まれても男の名前を付けなきゃいけないって……」


 まだ緊張がほぐれていないのか大きな碧眼をきょろきょろと動かしながらエリックは答えてくれた。


 確かに「名付け」というものは今でも大事にされている。名前に意味を込めることもあれば、その家の当主が代々受け継ぐ名前もあるくらいだ。

 そういう自分もローレンス家の当主が受け継ぐ「エイレーン」の名が入っている。


「ハワード家って……。ハワード課長の家の出身なのか」


「は、はひっ……。でも、私は叔父さんの姪で……。私の父と叔父さんが兄弟、です……」


 じっくりとエリックを見つめると確かに髪色や瞳の色は同じようだ。


 だが、嫌味ったらしい性格のアドルファスを見た後では、目の前で怯えているエリックと本当に親戚なのか疑いたくなってしまう。


 カップに紅茶を注いでから、アイリスはエリックの前へと差し出した。


「ひっ……。あ……ありがとうございます……」


「ゆっくりと飲んでね」


 一応、そう言っておかなければ、今のエリックだと一気に飲み干してしまいそうだ。


 クロイドと自分の席の前に紅茶を淹れたカップを置いてから、アイリスはソファへと腰を下ろす。


 目の前のエリックがカップを手に取り、自分の息で拭き冷ましながら一口、紅茶を飲んだ。

 味が好みだったのか、ほんのりとエリックの目元が穏やかなものとなる。


「ふぅ……」


 もう一口、紅茶を喉に通してからエリックは深い溜息を吐いた。その表情はつい先程までとは違って、落ち着いているように見える。


「落ち着いたかしら?」


 アイリスが訊ねるとエリックは気恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「すみません……。私、すぐに緊張してしまう性質なんです……」


 申し訳なさそうに肩を竦めているエリックはやっとここに来た本来の用事を思い出したのか、自嘲するように苦笑していた。


「せっかくの初任務なのにこれじゃあ、駄目ですね……」


 ぼそりと呟かれた言葉にアイリスとクロイドはもう一度顔を見合わせた。


「……今回が初任務なのか?」


 空耳ではないことを確認するようにクロイドがエリックに訊ねる。


「はい。初任務です。今年、入団しました」


 それならやはり、エリックは自分達の一つ年下らしい。


 今回はラザリーらしき人物が持っている魔具の回収とラザリー本人の確保が任務の内容となっている。

 しかし、ラザリーは対人魔法が使えるのでそれなりに危険な要素があるのだが、初任務にしては適切な任務内容ではないのではと思ってしまった。


 アイリスがクロイドに目配せすると彼も同じようなことを思っているのかエリックに気付かれないように頷いていた。


 アドルファスが本気でラザリーを確保したいならば、外での任務をこなしたことがないエリックよりも熟練者を選ぶのではないだろうか。


 だが、魔具調査課嫌いの彼のことだ。初心者のエリックと合同任務を組ませることで、任務をわざと失敗させてこちらに汚名を着せるということも考えられる。


 ……もしくは、エリックの性格を無理矢理に叩き直そうとするために、危険なことから場数を踏ませるつもりなのかしら。


 アドルファスにどんな思惑があるにしろ、エリックにとっては初任務だ。

 彼女自身は失敗がないようにしたいだろう。


「……あの、私……未熟者ですが、精一杯頑張りますので……。絶対に、足手まといにならないので……! なので、どうか見捨てないで下さいっ……」


 エリックが両手で拳を作り、二度目の頭を下げる。悲痛そうな声の内側には彼女の本心が聞こえた気がした。


「…………」


 エリックは普段、魔的審査課でどのような立ち位置なのだろうか。


 魔法使いの家として有名なハワード家の出身で、叔父が課長ならもっと堂々としていてもいいはずなのに、彼女は自分を取り巻く全てに怯えているようにさえ見えた。


 名家というのはそれぞれの家によってしきたりや魔法使いとしての方針が違うものだ。それなりに複雑なのは想像しなくても安易に出来た。

 彼女は家の名前を背負っているからこそ失敗が出来ないと怯えているようにも思えたのだ。


 だが、初心者でも矜持はあるはずだ。


 エリックの叔父であるアドルファスが何か卑しい考えがあって彼女をこちらへ寄こしたのではないかという疑念は拭えないが、それでもエリック自身は真摯に今回の任務に向き合いたいと思っている。


 それだけは確かなことだ。


「……エリック、顔を上げて?」


 アイリスは出来るだけ穏やかな声でエリックに言葉をかける。


「あなたと合同任務をするのに、ずっと顔を下げられたままだと話がしにくいわ」


「でも……」


「今から私達とあなたは一緒に任務をするのよ。……ここには誰もあなたのことをいらないなんて言う人はいないでしょう?」


「…………」


 エリックがこちらの顔を窺うようにゆっくりと顔を上げ始める。

 不安そうに眉間に皺を寄せつつ、表情を窺ってくるエリックに向けて、アイリスは優しく微笑んで見せた。


「これがあなたにとって初任務なら、一緒に成功させましょう。……ね?」


 大きく見開かれたエリックの碧色の瞳がほんの少しだけ揺らめくように波打った。


「っ……。はいっ……!」


 はっきりと返って来た言葉には彼女の強い意志が含まれているように聞こえ、そこで初めてエリックの安堵した表情を見ることが出来た。


   

 

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