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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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嫌味


 荒々しい足音とともに課長室の扉はノックされることなく勢いよく開かれた。


「――ブレア!!」


 開口一番、課長室の中へと突然入って来た男は大声で怒鳴るようにそう言ったのだ。


 栗色の髪をきっちりと整え、新品のような白いシャツと茶色のベストを着た40代後半くらいの男にアイリスは見覚えがあった。


「――ちょっと、ハワード課長! 勝手に入らないでよ!」


 後ろからナシルが男を追いかけてきた。そこでやっと名前を思い出した。


「何だ、アドルファス。あんたは部屋の入り方も知らないのか?」


 ブレアが腕を組んで顰め面で言い放った。


 アドルファス・ハワード。

 この男はアイリスが以前、所属していた魔的審査課にいた人間だ。その時はまだ課長になっていなかったので、自分が魔具調査課に移った後に昇格したのだろう。


「もう、勝手に入るなんて失礼ですよ」


 ナシルが呆れたように言ったが、アドルファスは彼女をきっと睨み返して、扉を荒っぽく閉めたため、ナシルの姿は見えなくなってしまった。


「おい、ブレア!」


 アドルファスは足を鳴らすように床の上を歩く。地響きのような足音にアイリスは不快感を覚えた。


「うるさいな……。あんたの声は耳に悪いんだ。もう少し声量を落として喋ってくれ」


 わざとのようにブレアは両耳を自分の手で塞ぐような仕草をすると、アドルファスはその行動に苛立ったように舌打ちをした。


「貴様、私が休暇中に何かやっただろう!?」


「はて、何のことだ?」


 ブレアは盛大に肩を竦めて見せる。


「私の休暇中、1週間のうちに5日間も雨だったんだぞ! おかげで別荘から一歩も出られず無意味な休暇を過ごすこととなった! 貴様が何か裏で細工でもしたんだろう!?」


 ブレアは本当に雨が降り続ける魔法をこの男へとこっそりとかけていたらしい。


 このアドルファスに対して相当の恨みがあるのかただ単に嫌っているのかは分からないが、ブレアの機嫌がここ最近良さそうだったのは、魔法が上手くいっていたからだろう。


「別荘でゆっくりと過ごせたなら良かったじゃないか。そういえば、奥方と喧嘩していたんだっけ? 休暇中に仲直りは出来たのか?」


 嫌味を言うようなブレアの言い方にアドルファスは額に青筋を立てる。


「貴様……。次の休暇はゆっくり過ごせると思うなよ……」


「教団の労働基準法では、休暇は誰しも与えられるべきものだと記されている。今の発言はそれに反するんじゃないのか?」


 煽るようなブレアの言い方にアイリス達は二人の様子を緊張しながら見守っていた。

 どうもブレアがアドルファスを怒らせるためにわざとそう言っているようにしか聞こえないのだ。


「貴様は昔から、いつもそうだ。私を馬鹿にするような物言い……本当に気に食わん。こんな奴が何故、私よりも早く課長に昇り詰められたのか未だに信じられない。裏でイリシオス先生に媚びでも売ったのか?」


 どうやらこのアドルファスもブレアと同じで教団の総帥、イリシオスの弟子らしい。つまりはブレアの兄弟子と言ったところだろう。


「まだ言っているのか、あんたは。課長に就いたのは実力だ。先生が媚や裏取引と言ったものが嫌いなのはお前も知っているだろう。……良かったなぁ、アドルファス。セドが抜けたおかげで無事に魔的審査課の課長になれたんだから。本当はセドの事が邪魔で仕方がないと思っていたんだろう?」


「ふん。セドなど、居てもいなくても一緒だ。あいつがあのまま居ても、私が魔的審査課の課長になっていただろう。あの男は最初から『エイレーン』にしか目がなかったからな」


 次期課長の跡目争いをこのアドルファスとセド・ウィリアムズの間で繰り広げられていたということだろうか。

 だが、アドルファスの言う通り、セドはあまり課長という地位に興味はないような気がしていた。


 そこでやっとアドルファスはソファに座っている自分達の存在に気付いたようで、眉を深く寄せた。


「……何だ、いたのか」


「…………」


 自分が魔的審査課にいた時、アドルファスは直属の上司ではなかったが、何度か話したことはあった。


 話と言っても自分が魔力無し(ウィザウト)であることに対して嫌味のようなことを言われただけなので、良い印象は全くない。


 むしろ、二度と関わりたくない人物だと思っていたが、まさかブレアの兄弟子の一人だとは知らなかった。だが、兄弟子だと最初に聞いていても悪い印象が拭えることはないだろう。


「君がいなくなってから、うちの課の予算は随分と楽になったよ。前は3日に1回は任務中に何かを破壊していたからな」


 嫌味ったらしい表情でアドルファスは悪気がなさそうにそう言った。


 アイリスも少し腹が立ったが、自分の行動によって迷惑をかけたことに間違いはないので言い返しはしなかった。


 しかし、隣のクロイドはアドルファスの発言に不快感を覚えたらしく、この部屋の温度よりも冷たい空気が彼からすっと流れてくる。


「……その節は大変お世話になりました」


 腹に力を込めて、アイリスは言葉を述べる。こういう時に反論はするべきではないと心得てはいるが、感情の方は抑えきれそうにないようだ。


「『真紅の(クリムゾン・)破壊者(クラッシャー)』の名前と見合う仕事ばかりしているんじゃないだろうな? まぁ、うちの課じゃないから今更関係ないけれどな」


「…………」


 この男は本当に嫌味しか吐かないようだ。

 ブレアが課長達だけで集まる定期会議の後に機嫌が悪いことが多いが、恐らくアドルファスから嫌味を貰ってくるからだろう。


「――あぁ、そうだ。あの件は君が関わっていたせいでもあるな」


 アドルファスのたれ目が軽蔑するように細められる。彼の言うあの件とは恐らく、先程ブレアと話していたことだろう。


 自分を使って、エイレーンの魂を降ろそうとしたあの件は教団で知らない者はいないはずだ。それくらいに周囲に衝撃を与えるものだったのだ。


「おかげでうちの課だけではなく、他の課の人間の入れ替わりも激しく行われたんだぞ。本当に面倒なことを起こしてくれたものだ。これがローレンス家の末裔とは聞いて呆れるな。いい加減、退団して魔力無し(ウィザウト)らしい道でも探してはどうかね」


「っ……」


 捲くし立てられる嫌味に対して、耐えられなくなった時だった。

 


 しゅっと、風を切る音がその場に響いた。

 顔を上げていたアイリスはアドルファスの鼻先に何かがかすめたのが見えたがあまりの速さにそれが何だったのか認識出来なかった。


 ただ、風を切る音と同時に矢が木材に当たったような鋭い音が課長室内に響く。


「…………」


 アドルファスも目を丸くしており、何が起きたか分からないと言った表情をしている。


 アイリスがゆっくりと視線を課長室の扉の方へ向けるとそこには矢の如く、万年筆が深々と刺さっていたのだ。


 万年筆が刺さっている高さはアドルファスの頭と同じくらいの高さで、少しでも位置がずれていたならば彼の頭に刺さっていただろう。


「……それ以上、うちの大事な部下を侮辱するのは止めてもらおうか」


 地よりも遥か底から這い上がって来るような声にアイリスとクロイドは同時に肩を震わせる。

 扉に向けていた視線をゆっくりとブレアの方へと戻すとそこには色のない表情の彼女がいた。


「こう見えて、私は刃物投げも得意でね。……アイリスへの侮辱の言葉が続くなら、二本目の万年筆が次は間違いなく、あんたの頭に刺さるよ」


 眼鏡の下から覗かれる視線は刃物よりも鋭利に見える。ブレアはアドルファスを静かに見つめたまま言葉を続けた。


「アイリスは優秀だ。冷静な状況判断に応じた決断力と、それを実行する行動力がある。そこらにいる奴よりも根性はあるぞ。彼女をしっかりと扱いきれなかったのは魔的審査課の方じゃないのか?」


 ブレアが机の上に置いてあったもう一本の万年筆を右手に取り、くるくると回し始める。


「先日の件だって、アイリスに非はない。勝手な行動を起こして、教団内を掻きまわしたのは選ばれし者(シェルティスト)達だ。むしろこっちは、迷惑をかけられた方だ。あと一歩遅ければ、アイリスの命だって危うかった可能性もあった。責任転嫁も甚だしいな」


 ちらりとアドルファスの方を見ると、彼は先程の状態から少しも動いていないようだ。額には汗が少し浮いているように見える。


「……しかも、セドと同じような志を持っていたのが圧倒的に多かったのは魔的審査課だろう。その多くの団員達がセドを慕っていたと聞いている。あんたは人を見る目どころか、部下に慕われることもセドに劣っていたようだな」


 追い打ちをかけるような言葉にアドルファスは顏を赤くして、拳を強く握りしめていた。


「私をあの下種な男と比べるな!」


「あんたとセドだったら、まだセドの性格の方がましだな。考え方には賛成出来ないが」


 溜息交じりにブレアはふっと息を吐いた。


「……それで? ここに来た用は嫌味を言うためか? そんなわけがないよな。あんたの魔具調査課嫌いは教団内で有名だからな」


 ブレアの嫌味にアドルファスは二度目の舌打ちをした。

 しかし、次の瞬間にはどこか勝ち誇ったような表情で腕を組み始める。


「ラザリー・アゲイルの居場所が分かったらしいな」


「……まだ、彼女だと特定されたわけではない。ただの情報に過ぎないものだ」


「だが、情報だとラザリーは魔具を持っている」


「……何だと?」


 ブレアの知らない情報だったのか、彼女がすっと瞳を細めると何故かアドルファスは機嫌が良さそうな笑顔を見せた。


「魔具が絡んでいれば、仕事は魔具調査課が担当だ。……そうだろう?」


「……魔具が関係しているにしろ、ラザリーの件はどちらかと言えば魔的審査課の方が適任だ。彼女は対人魔法が使えるんだ。それなら対人を専門としているそちらで対処するべきではないのか?」


 ブレアの言う通り、ラザリーは対人魔法が使える。


 それは自らの声を使って霊を呼び出し、悪霊と化すことが出来るだけでなく、声一つで自在に霊を操れるのだ。

 それだけではなく、生きている人間でさえ彼女の声に魅了されれば、霊と同じく操られてしまうのである。


 アイリス自身も実際にラザリーの歌声を聞かされて、身体の自由を奪われそうになったことがあるので、ブレアの意見には賛成だった。


「元々、ラザリーが行方知れずになったのは魔的審査課の不手際だろう? ……彼女の魔法に魅了されたそちら側の人間が勝手に逃がしたんじゃないのか?」


 図星なのかアドルファスの細長い顔が一瞬で真っ赤になった。ブレアの指摘通りなのだろう。


 魔的審査課には一時的に対象の人物を留置しておく場所がある。

 例の件のあと、そこにラザリーも一時的に留置されていたはずだが、突然姿を消したのだという。


 ブレアの言葉が的を射ているならば、ラザリーの声に操られた留置所の見張りが彼女を閉じ込めておく部屋の鍵を勝手に開けて逃がしたということなのだろう。


 そうなれば、ラザリーの失踪原因は明らかに魔的審査課の落ち度である。

   

  

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