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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
悪魔の人形編
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足音


 教団の本部内は外と比べるとかなり涼しかった。室内全体にどこからか爽やかな風が吹いてくるので、それほど暑さを感じない。

 魔法で涼しい風を発生させて、本部全体に行き届くようにしているらしい。


 自分も寒さと暑さだったら、暑い方が苦手なのでこうやって涼しくしてもらえるとかなり楽だ。


 ただ、隣を歩いているクロイドはそれどころではないようだが。


「……まだ、怒っているの?」


 少し呆れ気味にアイリスが訊ねると彼は無言でちらりとこちらを見てくる。


「気にするようなことじゃないわ。……まぁ、さっきの占い師のことはそれなりに気になるけれど」


 思い出せば先程、路上にいた占い師風情の女性のことは気にはなっているが、彼女の言った言葉をそれほど気にしてはいなかった。


 それは多分、クロイドが自分の代わりに言ってくれたからだろう。


 ――未来をどう動かすかは自分だ。


 運命が近づいてきたとしても、選択して進むのは自分だ。だから、災いが来るならば、自分は最良の選択肢を選んで立ち向かうだけだ。


 ……ううん。クロイドが気にしているのはきっと……。


 恐らく、占い師が自分に向けて「大事なものを失う」と言ったことをクロイドは気にしているのだ。


 ……絶対に失わせたりしないわ。


 自分の大事なものはたくさんある。その中で、占い師に言われた時に頭に浮かんだのはクロイドだった。


 それなら尚更、自分は襲い掛かる災いとやらに立ち向かってやろうではないか。

 何が起きるか予測は出来ない。それでも、この手で守り切ってみせる。



「部屋に入ったら、機嫌を直してね? 先輩達が心配するわ」


「……分かっている」


 そうは答えるものの仏頂面には変わりない。

 アイリスは軽く溜息を吐きつつ、紙袋を抱えていない方の手で魔具調査課の扉を開けた。


 室内に入ると廊下よりも更に冷えた風がふわりとすり抜けていく。


 天井には何故か大きい氷の塊が浮かんでおり、勢いよく横に回転しているという不思議な光景が浮かんでいた。

 その氷が回転によって削られていき、冷たい空気へと昇華しているようだ。


「あ、おかえり~。暑かっただろう」


 室内ではナシルとミカが書類と睨めっこしていた。

 アイリス達が天井を不思議そうに見ていることに気付いたナシルがにやりと笑う。


「お手製の冷風製造魔法だ! これで暑い季節も楽々に越えられるぞ」


「……名前は今、決めたみたいだけれどね」


 どうやらナシルが大きな氷の塊を魔法で作ったらしい。快適な方が仕事がやりやすいのだろう。


「買い物、ありがとうね。インクはあった?」


「え? あ、はい。ありました」


 アイリスは紙袋からミカに頼まれていたインクの瓶を取り出して手渡した。


「ありがとう。このインクじゃないと万年筆が上手く滑らないんだよねぇ」


 ミカは嬉しそうにインクの瓶を受け取り、ふっと何かを思い出したように顔を上げた。


「冷たいお茶でも淹れてあげたいところだけれどさ、おつかいの報告がてら、ブレアさんが二人に話があるって」


「話ですか?」


 新しい任務についてだろうか。

 アイリスとクロイドは顏を見合わせて、紙袋をそのまま持った状態で課長室へと向かった。


 扉を叩くと中から返事がすぐに返って来る。


「失礼します。……只今、戻りました」


「おう、お疲れ。すまないな、暑かったか?」


「いえ、それほどまででは……」


 課長室は魔具調査課の室内と同じくらいに涼しかった。もしかするとブレアも魔法で部屋全体を涼しく保っているのかもしれない。


「頼まれたものは全部、揃っていると思いますが確認の方をお願いします」


「うむ」


 アイリスとクロイドは座っているブレアの前へと紙袋を差し出し、課長机の上へと置いた。

 紙袋の中からブレアは早速、新しいインクの瓶を取り出す。


「あ、領収書もちゃんと貰ってきたか? あとで私が署名してから経理の方に提出しておくよ」


 ブレアの言葉にアイリスは領収書の存在を思い出し、すぐにブラウスの胸のポケットから折り畳んだ紙を取り出す。


 課内で使うものとして買ったものは領収書と課長の署名があれば、必要経費として経理からお金が下りるようになっている。


 アイリスは二つ折りにされた領収書をそのままブレアに提出した。


「それで話があると聞いたのですが」


 すぐに領収書に署名をしようと万年筆を手に取ったブレアに向けてクロイドが呟いた。


「……あぁ、そうだったな」


 それまで普通だったブレアの表情が一瞬だけ、険しいものになったように見えた。

 ブレアが視線で座るようにと促してきたので、アイリスとクロイドは隣同士でソファの上へと座る。


「今更、蒸し返したい話題じゃないんだけれどな。少し情報が入ったから一応、伝えておこうと思って」


 ブレアはどう切り出そうかと言葉を選んでいるように見えた。


「……以前、セド・ウィリアムズが率いる選ばれし者(シェルティスト)達がアイリスを使って、エイレーンの魂を降ろそうとした件があっただろう」


 巻き込まれた本人よりも早く反応したのはクロイドだった。その証拠に彼の顔は再び顰められたものへと変わっている。


「あの件はそれで終わっているし、関わった奴らにそれ以降、怪しい動きは見られないんだが……」


「何かあったんですか」


 クロイドが鋭く問いかける。自分はもう終わったことだと納得しているのだが、彼はいまだに気にしているようだ。


「……ラザリー・アゲイルを覚えているか」


 眼鏡の下でブレアの瞳が薄っすらと光ったように見えた。


「ラザリー……。確か、あの件以降は失踪していると聞きましたが」


 今となっては懐かしい名前だ。ラザリー・アゲイルはあの件以降、唯一の失踪者として行方知れずとなっていた。


 終わった件を蒸し返してまで彼女を捜索する必要はないだろうというのが教団側の見解だ。


「……彼女らしき人物が見つかったらしい」


「え……」


 ブレアが右手に持った万年筆をくるりと指で回した。


「西方のとある田舎町の古い教会に居候していると情報を得た。教団の支部が置いてある教会ではないため、隣町に駐在している支部の奴らが田舎町まで行って確認中らしい。まだラザリー本人とは決まっていないが、その町に彼女が住み着いた時期は例の件があった以降だ。しかも、伝えられた容姿もラザリーと似ているとのことだ」


「…………」


 アイリスとクロイドは顏を見合わせる。お互いにどう答えればいいのか分からないと言った表情をしていた。


「ラザリーは今、何をしているんですか」



 彼女が自分に言った言葉をはっきりと覚えている。


 ――魔女の血も、とうとう落ちぶれた。


 ラザリーの歪んだ笑みがその言葉と共に脳内で再生される。


 彼女は魔法使いの血が流れていることに誇りを持っているようだった。そんな彼女が田舎町の教会に勤めながら、魔法を使わない生活を送っているなど、想像が出来なかった。


「うむ。それが……」


 ブレアが問いかけに答えようとしていた時だった。

 課長室の扉の向こう側から、荒々しい音が聞こえたため、その場の三人はお互いに顔を見合わせる。


「……何だ、今の音」


「扉の音ですかね……?」


 そして今、ナシル達が何かを言い合っているような声が聞こえた。


 勝手に入るな、困る、と言った言葉が聞こえたため、誰かが魔具調査課に来たということは安易に想像出来た。


 ナシル達のものではない声と床を踏み落としそうなくらいに荒々しい足音にアイリスは思わず身構えた。


    

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