占い師
課内旅行から数日が経った。
大きな任務は特になかったが、それでも休暇前の日常に戻りつつあった。
「えっと……。さっきのインクで全部揃ったかしら?」
アイリスは買う物が記された紙切れを覗き込む。ブレアに買い物を頼まれたアイリスとクロイドはロディアートの街をゆっくりと歩いていた。
セントリア学園が長期休暇というだけあって、街中には子どもの姿が多く見られた。
楽しそうな表情をしている子ども達が何かを話しながら勢いよくアイリス達の横を駆け抜けていく。
熱風というほどまでではないが、太陽から注ぐ熱はそれなりに暑いので早く室内に戻りたいところだ。
「そうだな。それじゃあ、帰るか」
この後は任務が控えてはいないが、先輩チームの『影』と『風』が短期出張に行っているので、課内には自分達とナシル達しか残っていない。
『種』は内勤でより輝くチームなので、次に何か任務が下りるとしたら自分達しかいないだろう。
やはり、もう少し魔具調査課の人数を増やした方がいいのではと思うが、少ない方が気心知れた者ばかりなので、人付き合いが楽でもある。
紙袋をお互いに一つずつ持ち、少し早足で歩いている時だった。
「――おーい、そこの。そこのお二人さん」
アイリスは声の主は誰を呼んでいるのだろうと周りを軽く見渡したが、一人で歩く人はいても二人組で歩く者達はいない。
もしや、自分達に声をかけたのかと思い、立ち止まって見ると建物の壁に沿うように椅子に座っている人がいた。
紫色の布を被ったその人物は明らかにアイリス達の方に手招きしていた。顔はよく見えないが、身体の骨格は何となく女性のように見える。
その人物の前には小さな机が置かれており、机の上に水晶が載せられていた。
「…………」
同じように立ち止まったクロイドが胡散臭そうなものを見るような瞳で手招きしている相手を見ている。
「ちょっと、占いでもやっていかないかい?」
「……いえ、結構です」
布の下でにやりと浮かべられた笑みが何となく不愉快に思えたアイリスは思わず即答していた。
「お金は取らないよ? ちょっと君達と話したいだけさ」
「それなら、余計に怪しい奴と話す必要なんてない」
きっぱりとクロイドが言い放つ。
路上で商売をするには許可が必要だが、この占い師風情の女性はしっかりと許可を得て、この場所で営業しているのだろうか。
被っている布といい、身なりは綺麗だが明らかに怪し過ぎるのだ。
「つれないなぁ~。私は別に怪しい奴じゃないぞ? ただの旅の占い師さ」
このまま彼女を無視して通り過ぎても良い気がするが、布の下からちらりと覗く視線が何故か気になってしまう。
「……占って欲しいことなんてないわ」
それでもここは無難に過ごさなければ、あとで法外な値段を要求されることだってあるだろう。
やはり、無視をしようとした時、彼女の口が小さく緩んだのが見えた。
「……探し物があるだろう?」
その言葉にアイリスとクロイドはぴたりと足を止める。
「しかも、君達に共通している探し物だ」
占い師に占って欲しいことがあれば、探し物が多くを占めているだろう。
だから、彼女が発した言葉は客を誘う謳い文句だと思っていたのだ。
共通という言葉を聞くまでは。
クロイドもアイリスと同じように眉を深く寄せながら、占い師を小さく睨んでいる。
「お互いの利害が一致している探し物だ。しかし、見つけるための手がかりがない。……そうだろう?」
「利害の一致だと……?」
クロイドが一歩前へと進んだ。
「何も知らないくせに、勝手なことを言うな」
確かに自分達が魔犬を探しているのは利害が一致しているからではない。
復讐のために、そしてクロイドの呪いを解くために魔犬を討つと約束しているだけだ。それを利害の一致という言葉でまとめられるのは少々腹が立った。
「知らないよ。でも、見えちゃったんだから仕方がない」
占い師は悪びれた様子もなく、肩を竦めた。
「まぁ、手がかりを見たいならもう少し先を見ないと見えないな……」
そう言って、占い師は顏を少しだけ上げる。
被っている布の下から見えた彼女の視線と一瞬だけ重なったアイリスはすぐに目を逸らした。
「おや、知らなくて良いのかい?」
「自分達で探すもの。占い師には頼らないわ」
「強情だねぇ~。お金は取らないって言っているのに。……単に君達が面白そうだから、助言してあげているんだよ」
飄々とした物言いは「水宮堂」のヴィルを思い出すが、彼女は彼ほど性格が良くないだろう。
何となく、目の前の占い師は自分達の反応を見て楽しんでいるように思えたのだ。
「まぁ、いいや。これは私が勝手に喋ることだから、勝手に耳を傾けておいてくれ」
占い師はわざとらしく溜息を吐いてから、右手の人差し指をぴんと真っすぐ立てる。
「これから君達にとある災いが降りかかる」
「……はぁ?」
クロイドは何を言っているんだと言わんばかりに占い師に向けて不審な声を上げた。
確かに災いが降りかかるなんて言われて、良い気分になる人間などいないだろう。この占い師はその職業で食べていけているのか逆に不安になってきた。
「それは度重なって襲ってくる。……誰かの黒い笑みが見えるね」
布の下から覗かれる瞳が再びアイリスの方へと向けられた。
「終わりを呼ぶには、自分達で選ぶしかない。……その決断は己の命と紙一重だ」
まるで呪いの言葉のような助言にアイリスも思わず顔を顰める。彼女にどういう意図があって、そのようなことを言っているのかが掴めない。
ただの占い師なら、客からお金を得るために良い事ばかりを言うのではないだろうか。だが、目の前にいる占い師は一般人が喜ぶようなことを何一つ言っていない。それどころか、悪いことばかりだ。
しかし、占い師の言葉がそこでぴたりと止まる。何かを思案するように右手を口元に添えながら唸った。
「……冗談、きついなぁ」
呟かれた言葉と共に、アイリスを真っすぐ見てくる。
「お嬢ちゃん。どうやら君は大事なものを失うことになる」
「……え?」
何を言われたのか理解出来なかったアイリスはつい声が裏返ってしまった。
「襲いかかる災いが……大きく揺れている。その中で、君が大事にしているものが失われるだろう。それを防ぐには――」
占い師が言葉を紡ぐ途中、クロイドに腕を掴まれる。
「……行こう。耳を貸すことはない」
「え、でも……」
クロイドの表情は険しくなっており、占い師を見下すように鋭い視線を送っている。どうやら占い師の言葉が彼の癇に障ったようだ。
これ以上、ここにいれば更にクロイドの機嫌が悪くなることは間違いないだろう。
「聞いて行った方が身のためだと思うけどなぁ~」
どこかからかうような口調で占い師が机の上で頬杖をつく。
「……未来をどう動かすかは自分だ」
「そりゃあ、まぁ……。未来なんてちょっとの匙加減で良くも悪くもなるものだからね」
クロイドの言葉に同意するように占い師は低く笑った。
「だから、あんたには頼らない。……行こう、アイリス」
「え? う、うん……」
アイリスはクロイドに掴まれたまま、引っ張られるように占い師から遠ざけられる。占い師はさして気にする風でもなく、右手をこちらに向けてひらひらと振っていた。
自分も今の占い師に良い印象を持っていたわけではないが、少し気になるところが心に残る。
……あの人はどうして私達に助言しようなんて、思ったのかしら。
クロイドに急き立てられるように引っ張られていくアイリスの瞳にはもう、胡散臭い占い師の姿は映らなくなってしまった。
「――ふむ。未来が動いたな。……どうやら近々、大事なものを失うのは黒髪の少年の方だったか」
アイリス達の後ろ姿を面白そうに眺めつつ、占い師は他人事のように呟いたがその言葉は熱風とともに掻き消えていった。




