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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
安らぎの暇編
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夜の宴


 最終日は午前中がリッツ邸と温泉の掃除が全員で行われた。

 

 休暇に使わせてもらったのだから、キロルに休んでいて欲しいとナシル達は言っていたようだが、掃除をすることも好きなキロルは楽しそうに床掃除をしていた。

 

 午後からは夕飯の材料の買い出しのためにキロルが荷馬車を出してくれたため、その間に馬小屋の掃除を残っている者達だけで済ませることにした。

 先輩達とブレアが張り切って肉とお酒を買いに行ったのはそのためだ。


 なので、残ったアイリスとクロイド、ユアンとミカの四人で馬小屋と作業小屋の掃除を担当することになった。

 馬小屋の掃除は初めてだったがやはり、こういう時は人数が多いと作業を分担できるので思っていたよりも早くに掃除を終えることが出来た。


 ナシルとブレアによって大量に買い込まれた肉とお酒はどのような食べ方が一番合うかを考えた結果、夕食は初日のように野外料理をすることになった。


 二度目となるのでさすがに準備が滞ることはなく、順調に進められたので、初日よりも早い時間から最後の夕食会を始めることとなった。




 既に鉄板の上で焼かれている大量の肉と野菜の前でフォークを両手に持って待機しているのはナシルだ。肉を焼き始めてからずっとあの状態のままなので、余程肉が食べたいらしい。


 皆に皿とフォークが行き渡ったのを確認して、レイクが皆を見渡すように見ながら挨拶を始める。


「えー……それでは休暇最後の夕食会の司会を務めます、レイク・ブレイドが……」


「はい、乾杯っー!」


 レイクが音頭を取る前に、ユアンがジュースの入った瓶を片手に持って、自身の頭上へと思いっきり上げる。


「乾杯ー!」


 ユアンの音頭に合わせるように他の皆も自分の持っている飲み物で近くにいる者と乾杯し合った。

 アイリスも隣にいたクロイドとお互いの持っているジュースの瓶を擦るように音を立て合う。


「おい、ユアン! 何で俺の出番を取るんだよ!」


「あんたの挨拶は長いのよ。せっかくのお肉が焦げちゃうわ」


 ユアンはさっそくナシルとの肉の取り合いに参加しているようだ。


 視界の端では肉よりも先にお酒に手を付けているブレアが見えた。

 彼女が座っている長椅子の周りにはまだ開いていない酒瓶の山があった。あの量のお酒を全て飲む気でいるらしい。

 明日、二日酔いになって汽車の中で具合が悪くならないといいが。


「…………」


 ここ数日は任務のことを忘れて楽しんでばかりだった。あまりにも楽しかったので少し感傷的になっているのかもしれない。


 今、見える景色は確かに楽しいものなのに寂しさが混じっているように映ってしまった。


「アイリス?」


 クロイドが顔を覗き込んでくる。彼の持つ皿の上にはあの肉の取り合いから勝ち取ったのか、数切れの肉が載せられていた。


「……また来年、皆で休暇を楽しめたらいいわね」


 一応、教団には冬の時期にも休暇が数日与えられることになっているが、そちらは夏に比べると少し休暇日数が少ない。

 こうやって遠出をするならば、やはり1週間くらいは欲しいものだ。


「きっと、一年なんてあっという間だ」


「そうかしら」


「俺も教団に入って、君と一緒にここに来るまでがあっという間だったからな」


 苦笑しつつ、彼は懐かしいものを見るように穏やかな瞳で周りを見渡していた。


 先輩達が肉を取り合いつつも、楽しそうに見えてしまうのは和やかな空気が流れているからだろう。


 この課は誰かを見下したり、嘲笑ったりすることはない。お互いがお互いを尊重している人達ばかりが集まっているから、きっと人間関係がこじれたりすることがないのだ。


 ……私も、あっという間だったわ。


 魔犬に家族を殺されてから、脇目もふらずにただ復讐のためだけに剣術の稽古と魔法に関することを勉強し続けた。

 教団に入団してから、魔物討伐課と魔的審査課に所属していたこともあったが、それさえ遠くの出来事のように思えてくる。


 魔具調査課に入ってから、過ごした時間が一番短いというのに、その時間の流れは他の課にいた頃と比べようがないほどに早く感じられた。


「来年の課内旅行が楽しみだわ。……出来るなら穏やかに休暇を迎えたいけれどね」


「それは同意だな」


 もう二度とうんざりしてしまう程の任務を短期間でこなすのは御免である。


 ふと、視線を向けるといつの間に席を外していたのか、キロルが家の中から出て来た。彼の手には何故かヴァイオリンケースが持たれている。


「――盛り上がるなら、これも必要かなと思ってね」


「おぉ! キロルさん、いいですね! 宴には音楽は必需品!」


 肉だけでなく、お酒も同時に飲んでいるのかナシルが大笑いしている。


 その傍で少し目を細めながら水を入れたグラスを持っているのはミカだ。すでにナシルが酔いつぶれることを前提として準備しているらしい。


「久しぶりだから、ブランクがあるかもしれないが……。一曲どうだい、セルディ」


「えぇ? 僕ですか……」


 何とキロルが指名したのはセルディだった。


「確かに昔は少し習っていましたが、もう何年も触っていないですよ」


「何、気にすることはない。こういう場で大事なのは音楽を楽しむということだ」


 そう言ってキロルはヴァイオリンケースをセルディへと渡した。

 追加の肉を焼いていたセルディはその任をロサリアに任せて、少し困り顔でヴァイオリンケースを受け取っていた。


「セルディ先輩、ヴァイオリンが弾けるんですか……」


「昔、やっていただけだよ……」


 驚いたような表情のままで肉を食べながら訊ねるレイクにセルディは苦笑する。


「それでは、私はこれで盛り上げようかな」


 キロルが次に取り出したのはオカリナだった。白地に小鳥と蔦が描かれたオカリナは何とも可愛らしい見た目をしていた。


 ヴァイオリンの弦の調節などが終わったのか、セルディが顔をキロルの方へと向ける。


「それで何の曲をお求めですか」


「そうだな。……やはり、宴の席と言えば『収穫の乱舞』かな」



 「収穫の乱舞」という曲なら自分も聞いたことくらいはある。宴の席や収穫祭の時によく流れている曲で、どんな楽器でもこの曲を奏でれば、場の空気が一気に盛り上がる曲なのだ。



「それではいくよ。1、2、3……」


 オカリナの音がすっと身体を抜けていくとともに、セルディの奏でる軽快な音がその場を柔らかな空気で包んでいく。


 ちらりと隣のクロイドを見ると、彼もヴァイオリンを以前習ったことがあるのか、指先がセルディの左手と同じように動いていた。


 普段は表情が動かないロサリアも、音楽に乗っているのか身体が少し揺れているようだ。

 視界の端に映るブレアは音楽に乗せられて、お酒を飲む速さが先程よりの倍以上になっている気がする。

 

 音楽の力というものは自分が想像しているよりも強いらしい。


 だが、そういう自分も身体が音楽に乗らないというわけではない。気付かないうちに軽く右足を叩くように音を鳴らしていた。


「あー、もう我慢出来ん! 私は踊るぞ!」


 ナシルが酒瓶に残っていた酒を一気に飲み干してから、すぐ隣にいたミカの両手を掴み、強引に踊り始める。


「え、ちょ……。えぇ……!?」


 突然、ナシルに踊りを強要されたミカは現状を理解出来ず困惑しているようだ。

 ナシルにされるがまま、両手を握りしめられた状態でくるくると身体を回されているが遠心力で飛ばないか心配である。


「やめてぇ……。ちょ、お酒飲んだ後は駄目だってぇ! 絶対、吐くって!」


「あっはっは……! はははっ……!」


 もはや踊りというよりも、狂乱と言った方があっているかもしれない。巻き込まれているミカには申し訳ないが、見ている分には楽しそうに見えてしまう。


 キロルとセルディによって奏でられている曲が一気に盛り上がる場面へと差し掛かる。


 いつのまにか足だけではなく、身体全体が揺れてしまっていたが楽しい気分なのだから仕方がない。お酒は飲んでいないが、この雰囲気に酔ってしまったような心地よさがあった。


「よっしゃ、一曲踊ろうぜ、ユアン」


「仕方ないわねぇ。でも、あんた踊れるの?」


「音楽に合わせて楽しく、身体を動かせば良いんだろう? 要は楽しい気分が大事ってことだ」


 レイクの言葉にユアンが思い切り顔を顰めていたが、肉が盛られた皿を置いてからレイクの手を取った。


「おぉ! 二人も参加か。よし、どちらが楽しく踊れるか勝負だ。あはははっ……!」


「だから、お酒飲んだあとは、酔いが回るから駄目だってばー」


 未だにぐるぐると回され続けているミカが情けない声で叫んでいる。


 その一方で相棒のセルディがヴァイオリンを弾いているロサリアは敵がいなくなったと言わんばかりに自分で焼いた肉に香辛料をかけまくり、一人で黙々と食べていた。

 食べながらも彼女の身体が音楽に合わせて揺れているのには変わりない。


 軽やかさと可愛らしさ、穏やかと上品さが混じったような曲は聞いているだけで楽しいが、それでも影響を受けないわけではなかった。


 自分はあまり音楽というものに耳を傾ける機会が少ない人間だが、やはりこういう時は周りにつられて動きたくなってしまう。


「……一緒に踊るか?」


 自分が音楽に合わせて揺れていることに気付いたクロイドが小さく苦笑していた。


「踊りの真似事しか出来ないわよ」


 自分も田舎にいたころに見た、小さなお祭りの踊りしか知らない。


「楽しむことが大事だからな」


 どこかアイリスを試すような表情でクロイドが手を差し伸べてくる。誘われるなら、それを受けるだけだ。


 アイリスは皿とフォークを長椅子の上に置いてから、クロイドの手を取った。


 手を取りながら、弾むように右と左で交互に足を出しては引っ込める。簡単だが、盛り上がっている時に踊られる踊りだ。


 思えば、誰かと踊ることは初めてかもしれない。それなのに不安などは全く感じられなかった。


 恐らく、クロイドに対する安心感と場の空気で緊張がほぐれているからだ。だから、普段の自分なら物怖じしてしまうことだって気分に合わせて出来てしまう気がした。


 クロイドと踊りつつも、座ってお酒を飲んでいるブレアの方へと視線を向けた。彼女は音楽に合わせて、不揃いに踊っている自分達を穏やかな瞳で見ていた。


 彼女の視線と一瞬だけ重なった時、ブレアは酒瓶を乾杯する時のように軽く持ち上げて見せた。その表情が彼女にとっては一番ご機嫌な時の表情と同じもので、アイリスはつられるように笑顔を零す。


 

 ヴァイオリンとオカリナで奏でられる曲はそのまま続けて、宴のもう一つ定番の曲である「水鳥の宴」へと変わった。こちらも盛り上がる曲として有名だ。


 まだまだ休む気はないのか、先輩達もそのまま踊りを続けている。


 レイクとユアンはお互いに簡単な踊りを相手に合わせて踊っているようだが、ナシルとミカの方は相変わらず、回りっぱなしである。

 ナシルの体調も明日、悪くならないことを祈るしかないだろう。



 そして、自分の粗削りでうろ覚えな踊りと比べて、クロイドの動きは洗練されたものだった。


 細やかな動きにさえも気を配りつつ、自分が合わせやすいようにしてくれているのは彼の動きを見ていれば分かることだ。

 

 しかし、動きよりも大事なのはやはりクロイドのその表情だ。見ているこちらがつられそうになる笑顔をしており、本当に楽しそうに彼は踊っている。


 ……ずっと、このまま――。


 同じ時間が続くことはないと知っている。それぞれの時間に色が付いているように、同じ出来事を二度味わうことはない。


 だから、こうやって違う時間を楽しんでは一つ一つが箱に詰められる思い出のように蓄積されていくのだ。

 今の時間はその一つに過ぎない。楽しい思い出はやがて懐かしむものとなるのだ。


 その懐かしむ時間がいつかまた、ここにいる皆で味わえればいいと思う。


 

 目の前で手を取り合っているクロイドが自分に笑いかけた。

 思い出にしてしまうのが惜しく思えてしまうその表情にアイリスは何度目か分からない笑顔で答える。


 流れていくのは陽気な声と耳を傾けては動きたくなる音楽。美味しいものと笑顔で溢れたこの場所からは夏とは違う熱気が漂っているようだ。


 夜の宴はまだ始まったばかりだ。


 恐らく皆の体力がなくなるか、肉とお酒がなくなるまで続けられるのだろう。アイリスは長丁場の宴になるのを予感しつつ、明日の帰路についての不安はとりあえず忘れることにした。



   


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