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教会

 

 一度、教団の魔具調査課の部屋へと戻ってきたアイリス達は任務の報告書を書き終えてから、ブレアが不在の課長室の机に提出しておくことにした。

 そのため、現在も遂行中の任務の本拠地である孤児院に戻って来たのは深夜二時半を回ってしまっていた。


「眠い……。眠いわ。明日というか今日、早起き出来るのかしら……」


「それよりもどうやって部屋に戻るんだ? 玄関の扉は鍵が閉まっているはずだぞ」


「あ……」


 そうだった。

 自分達は二階にある部屋の窓から飛び降りてきたのだ。もちろん入口は鍵を閉められているに決まっている。


「まあ、何とかなるでしょう。二階に向けて壁を登るなり、跳べばいいんじゃないかしら?」


「……」


 疾風の靴(ラファル・ブーツ)さえあれば、ある程度の高さまで跳ぶことが出来るアイリスは何でもなさそうにそう言い切ったが、クロイドの方はというとどこか呆れたような瞳でアイリスを見て来ていた。

 もちろん、向けられる呆れた瞳を気にするような性格は持ち合わせていない。

 

 だが、何となく孤児院の扉の取っ手を引いてみるとそれは簡単に開いてしまう。


「……あれ?」


「まさか力ずくで……」


 クロイドが、とうとう壊してしまったのかと言わんばかりに顔を引き攣らせたので、アイリスは必死の形相で弁明するように左手を横に振った。


「してない、してない。そこまで馬鹿力じゃないわよっ! ……でも、開いているなんておかしいわね。必ず閉めたかどうかは確認されるはずだけど……」


 孤児院では戸締り当番のシスターが扉と窓をちゃんと閉めたか、寝る前に確認する規則になっている。今日は自分達ではない当番のシスターが確認をしているはずだ。

 すると、隣に立っていたクロイドが突然、真後ろを振り返った。


「どうしたの?」


「……誰か来る」


 少し慌てるようにクロイドから背中を押されたアイリスは言葉を言う暇もなく、孤児院の中へと入っていく。


「何よ。一体どうしたの?」


「匂いがした。……ローラだ」


「何ですって?」


「静かに。来るぞ」


 孤児院の大広間は灯りが点いていないため真っ暗である。アイリス達は並べられた長い台の下に潜り込み、その暗がりの中で息を潜めた。

 

 数秒後、表玄関の扉は外側からゆっくりと開かれた。外にある外灯の光が少しだけ射し込み、その影の正体を確認する事が出来た。


 孤児院へと入ってきた影はクロイドが言っていた通り、ローラだった。

 ローラはそっと中へ入ると扉の鍵を内側から閉めて、自室に戻るのか階段を音を立てずに上っていく。それを見送ってから二人は長台の下から這い出た。


「こんな時間に……」


「辿ってみるか?」


「え?」


「ローラが何所に行っていたのか、匂いを辿って場所を突き止めるか?」


「……匂いの痕跡なんて残っているの?」


「ああ」


 アイリスに軽く返事をしつつ、クロイドは鍵が閉められた扉を再び開けて外へと出て行く。


 その一瞬だけクロイドの姿が見えなかったが、アイリスが扉を開けて彼を見た時にはすでに黒い犬の姿になっていた。


「……犬に変化する時、着ていた服とかどうなっているの?」


 先日、彼の変身を見てから常に不思議に思っていたことだ。変化するということは魔法の一種だと思うが、どのようになっているのか、やはり気になってしまっていた。


「……俺もその仕組みはよくは分からないな。念じれば、この姿に変わるだけだし。……ほら、行くぞ」


 自身が変化しているというのに、クロイドは特に気にしていないようだ。それなら、これ以上答えを求めても分からないものは分からないだろう。


 犬の姿となったクロイドが走り出し、アイリスもそれに付いて行くように駆け始める。夜の闇は更に濃くなり並んでいる外灯の光さえ頼りなく思う。


 だがクロイドは迷う事なく、ローラが歩いた跡を追うように進んでいく。


 周りの景色は相変わらずの住宅街だが、進んでいる道は次第に大通りから遠ざかっていく。

 ボルーノ橋を渡り、さらに歩を進めていくと並んでいた家々は突然そこで途切れてしまい、自分達が辿っている道は静寂な場所へと変わった。


「……新しい家が建てられる予定の空き地ね。こんな場所に何かあったかしら……」


 あまりこの辺りには訪れた事がないためこの道の先がどうなっているのかは数年間、ロディアートに住んでいるアイリスも知らなかった。


 何もない寂しい場所を通り抜けて一つの小さな林を越えると、その先にある丘の頂上に古びた建物が見えた。


「あの場所だ」


 クロイドはそう呟くと走る速度を上げる。何かを感じたのだろうか。

 だが、アイリスには魔力の気配を感じる事は出来ない。


「……少し気持ち悪い場所ね」


 この地に踏み入れた途端に漂う空気が一段と低い温度になった事は分かる。

 建物に近づいていくとそれが古びた教会だと認識出来た。


「こんな所に教会が……。あ、クロイド?」


「匂いはあの中まで続いている」


「……ローラがこの場所で何かをしていたって事ね」


 アイリスは教会の中へ入ろうと古びた扉に手をかけた。

 だが、その瞬間アイリスの手は何かに遮られたかのように簡単に弾いたのである。


「痛っ……。何これ……」


 勘違いかと思って、もう一度触れようと試みてみたが、やはり少し強めの静電気が走ったように手は扉から弾かれてしまう。


「おい、大丈夫か?」


「ええ……。あ、クロイドは触らない方がいいわ。結界系の魔法がかけられているなら魔力無し(ウィザウト)よりも魔力がある人の方が与えられる衝撃が大きいはずよ」


 アイリスは手を軽く揉みほぐしながら顔を顰める。


「魔法……。ローラが施したのか? この結界を?」


「その可能性は大きいでしょうね」


 他に入口がないかアイリスは教会の周囲をぐるりと一周して見て回るがやはり裏口の場所も結界が張られているため中に入る事が出来ない。


「……どうやら教会全体に結界が張られているみたいね」


 まるで何かを守っているようにも思える。しかし、何を守っているのかは教会の窓から覗き込んでも室内が暗すぎて何も見えなかった。


「魔法を使って破る事は出来ないのか?」


「その方法も確かにあるわ。でも……」


 アイリスは眉をひそめて拳をぐっと強く握り締める。


「ローラが行おうとしている事を私達が勝手に壊してしまっても意味が無いのよ」


「……君はローラが何をしようとしているのか分かっているのか?」


「いいえ。でも……何となく分かるの」


 アイリスは急に黙ってその場からそっと離れる。クロイドは何か言いたげな表情をしていたが、それ以上を追究しようとはして来なかった。


「アイリス、中に入らなくていいのか?」


「……今は駄目よ」


 だが、教会から少し離れたアイリスは歩みを止めてクロイドの方へと再び振り返った。

 そして、何かを決心したかのようにクロイドへとそっと告げる。


「明日、ローラの後を付けるわよ」

  

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