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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
安らぎの暇編
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怪談


 夕食を摂り終え、温泉から上がったあとは居間に集まって談笑していたが、誰が言い出したのかそれぞれが知っている怪談話を語ることになっていた。


「……それでね、私はランプを持って外へと確かめに行ったんだ」


 今はキロルが体験した不思議な話を皆で聞いている。まだ二日酔いが残っているのかナシルとブレアの片手にはお酒ではなくて温かな紅茶が淹れられたカップが持たれていた。


「とん、とんと音が続くものだから、外に何かいるのかと思って扉を開けたんだよ」


 キロルが今語っている話は彼が教団にいた頃に体験した話らしい。


「ひえっ……」


 思わず声を上げていたのはレイクだ。その隣ではユアンが自分の腕で身体を抱きしめながら聞いている。


 他の先輩達はというと、それほど怖がっている様子は見られない。この二人だけは特別怖がりらしく他の怪談話を聞いている時もずっと震えていた。

 恐らく、友人のミレットといい勝負の怖がりだろう。


「この時、他の団員は見回りに行っていたから私一人で借り家の留守番をしていてね。だから、他の団員が自分を脅かそうとからかっているのかと思ったんだ」


 一つずつ紡がれる言葉に、皆が食い入るように耳を傾けているようだ。


「でも、見回りに行っている団員が帰って来る時間ではないし、何よりその人は真面目な性格だからこんなことはしないと分かっていた。魔物だったら魔力反応ですぐ気付くけれど、魔力も感じない」


 そこで一度、キロルは紅茶を口へと含んだ。


「私はランプを片手に音がする方へと近付いてみた。どうやら借り家の壁を曲がった先からその音が聞こえるらしいと思い、少しずつ歩みを進めた」


 完全に身体を震えさせているレイクとユアンが珍しく、隣同士で肩が擦れる距離で身を寄せ合っている。余程、怖いらしい。


 ちなみに自分はというと、幽霊などに対する耐性はかなり強い方だ。亡くなった人の魂が彷徨っているという認識なのでそれほど怖いと感じないのだ。


 隣のクロイドもそういう認識なのか、特に表情に変化は見られない。


 なので話として聞く分には怪談話は面白く感じられた。もちろん、自分がそういう状況に陥ったことないから言えるのかもしれないが。


「私が音へと近付いて行っても、その音が止まる気配はない。それどころか音は少しずつ大きく聞こえるばかりだ。もしかすると、近くに住んでいる住民が夜の散歩に来たのかもしれない。そんなのん気なことを考えながら、私は一つ声をかけたんだ。――誰かいるのかい、と」


 話の続きが気になるのか、その場にいるほとんどが唾を飲み込んだように見えた。


「すると、音はぴたりと止んだ。私は音がしていた方へとランプをかざしてみた」


 キロルの目がすっと細められる。


「そこには……大きな木があってね、その前に一つの影が浮かんでいたんだ。よく見るとそれが人間の頭くらいの大きさで、目を凝らしてみたら……。影だと思っていたのは黒髪で、浮いているそれは頭部だったんだ。気付いた時にはゆっくりとそれがこちらへと振り返り、そして私はその首だけのものと目が合ってしまった」


「ぎゃーっ!!」


「ひゃあぁぁっ!」


 レイクとユアンが同時に叫びを上げつつ、お互いの身体を抱きしめあう。


「……レイク、うるさいよ」


 ミカが頬杖をつきながら溜息交じりのレイクを軽く睨む。


「何で俺だけなんですかっ」


「まぁ、まぁ……。それで、そのあとキロルさんはどうなったんですか?」


 場を治めつつ、セルディがキロルに話の続きをしてくれるように促した。


「いやぁ、こういう反応があると語り甲斐があるねぇ。……私もこういう体験は初めてだったからね。祓魔課だったら対応すると思うけれどその時は霊体に対する魔法は持っていなかったから、相手を刺激しないように背を向けないままゆっくりと借り家の中へ戻ることにした」


「何もしてこなかったんですか?」


 疑問に思ったのかナシルが首を傾げながら尋ねる。


「うむ。私には何もしてこなかったね。ただ、虚ろな瞳で私の方をじっと見つめて来た時はさすがに背筋が凍ったけれど」


 そう言ってキロルは何でもなさそうに笑っているが、レイクとユアンは歯を鳴らすように震えている。


「そうしていたら、見回りを終えて帰って来た団員が慌てて私を呼びに来たんだ。すぐそこで殺人事件があったって」


「ひっ……」


 話がただの怪談話から現実味を帯び始めて来た気がした。


「私も団員と一緒にその現場へ行ったんだ。そこには遺体が二人分あった」


 セルディが何かを覚ったのか息を飲み込み、手で口を押えた。


「その場に居合わせた他の住民達に話を聞くと……。何でも痴情のもつれによる殺人らしく、酒に酔った男が妻に浮気を知られたことに逆上して殺してしまったらしい。しかし、不思議なことに同じく死んでいた男の手には凶器はない。凶器が刺さっているのは妻なのに、男の死亡原因が分からなかったんだ」


「……妻を殺して、男が自殺したんじゃないの?」


 のん気に聞いているミカが何気なく尋ねるとキロルは首を横に振った。


「その男は何も持っていなかった。酒に酔った勢いで、転んで頭をぶつけたのかと思ったが外傷もなかったらしい。……その後に分かった話だが、私が変な音を聞いた場所にあった大木は普段、男の妻が世話をしていた木らしい。毎日祈りを捧げていると他の住人から聞いたんだ」


「祈り?」


「その祈りの仕方がまた独特でね。こう……額を何度も太い幹に叩くように当てながら祈りの言葉を捧げるらしい。古の祈り方らしく、男の妻以外は誰もやっていなかったみたいだけれどね」


「じゃあ、もしかすると妻の祈りを大木が叶えたなんてことも……」


 ナシルの言葉にキロルは再び首を横に振る。


「その話を聞いて、私も他の団員と一緒に大木を調べてみたが、特別な力が宿っているものではなかったんだ。……ただの木と変わりないものだった」


「え、それじゃあ、男はどうして……」


 怯えた表情のユアンは自分の出した言葉の異変に気付き、口を押えた。


「そう、男の死因は今でも分からない。……だから、不思議なんだ」


 一度、キロルが静かに目を閉じる。

 レイク達程に怖いわけではないが背筋が一気に冷たいもので広がっていく気がした。


「私はね、並ぶように置かれていた遺体を目にしたんだ。その時、被せられていた布が夜風で少し剥がれてしまった。その時に見た、男の妻の顔は……私が見た虚ろな瞳の持ち主と一緒だったんだよ。だが、その遺体の瞳はまるで笑っているように見えたね」


 キロルは全てを話し終えたのか、カップの中の紅茶を全て飲み終えて音を立てずに机の上へと置いた。


「これで私の話は終わりさ。……どうだったかな?」


「どうだったかな、じゃないよ……。ただの怪談話じゃなくって、キロルさんが現実で体験した話じゃん。現実味があり過ぎる怖い話じゃん……」


 呆れたようにミカが溜息を吐くとキロルは小さく笑った。


「最初から言っているだろう。私の体験した話だと」


「怪談と言ったら、もっとこう……。誰から聞いた話とか、噂で流れていることとか、そういうものだと思っていたが、やはり実際に体験した話だと自分の身にも起きるかもしれないって思えるから怖いよな。……なぁ、レイク、ユアン」


「ひっ……」


「何で俺達に話を振るんですか、ブレア課長!」


 ブレアは確実にレイク達の反応を楽しんでいるようだ。


「おや、もうこんな時間か。そろそろ寝るとしようか」


「えっ……」


 壁にかけられた時計を見てそう言ったキロルに対して、レイク達が同時に声を上げる。


「……よく、言うよね。怖い話をしたら、怖いものが寄って来る」


 追い打ちをかけるように、それまで黙って話を聞いていたロサリアがぼそりと呟いた。


「あぁぁ……。何でそんなこと言うんですか……」


 頭を抱えながらレイクはその場に顔を伏せる。


「ロサリア……」


 たしなめるようなセルディの視線から逃れるべく、ロサリアはふいっと顔を背けた。


「……うぅ。こうなったら仕方がない。……アイリスちゃん! 一緒の部屋で寝てもいいかな!?」


「えっ!?」


 涙目のユアンに両手を握られつつ、迫られたアイリスはたじろいだ。


「あ、ずるいぞ、ユアン!」


「死活問題なのよ! 怖くて眠れないから仕方ないでしょう! ……私は床でいいから! お願い! 一晩だけ一緒の部屋で寝させて!」


「い、いいですよ……」


 表情がかなり切羽詰まって見えたのでアイリスはつい頷いてしまった。


「くそっ……。……クロイド、頼む! 床でいいから一晩だけ一緒の部屋で寝させてくれ!」


「え……」


「だって、先輩達に頼んでも入れてくれなさそうだし……」


「人聞きが悪いなぁ」


「じゃあ、ミカ先輩の部屋で寝させてくれるんですかっ?」


「それは嫌」


 さらりと答えるミカにレイクは顏を顰める。


「というわけで、頼む!」


 両手を合わせて祈るように頼まれているクロイドは困り顔をしていたが、ユアンと同じように切羽詰まっていることを読み取ったのか了承の意で頷いていた。


「後輩に頼むなんて、格好悪い~」


「それなら、ミカ先輩の……」


「それは嫌」


 即答しているので余程、一緒に寝るのは嫌らしい。レイクとミカのやりとりに皆は小さく笑ってから、それぞれの部屋で寝るために立ち上がる。


 アイリスとクロイドはこっそりと視線を重ねて、そっちも大変だなという意味を込めた瞳でお互いを見つつ、頷き合っていた。



   

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