泥酔
「えっと……」
「――うわっ、何だこれ……」
アイリスが状況を説明しようとしていたところ、店の入り口の方からレイクの声がしたが客達の壁が築かれているので姿は見えなかった。
「何、この人だかり……」
どうやらミカもいるようだ。
「あ、クロイド……。一体何が……」
人の間を何とか抜けてきたセルディがこちらの状況を見て、口をぽかりと開け放つ。それもそうだろう。
いつの間にか自分の相棒と先輩、そして上司が酒を飲み続けている光景を見ればどういうことなのか疑問を持たないわけがない。
「おい、ユアン。ブレア課長と先輩達、何やっているんだ?」
背が低いレイクとミカは他の客に押しつぶされながら何とかアイリス達がいるところまで顔を出してきた。
「見て分からないの? ……あっちの男の人達と飲み比べしているのよ」
「はぁ? 飲み比べ?」
不審にそう呟きつつも転がっている酒瓶の量を見て、レイクはげっそりとした表情で口元を抑える。
「……どういうことなんだい?」
やっと我に返ったセルディがこちらを振り返ったのでアイリスとユアンは先程遭った出来事を簡単に四人に説明すると、四人は眉を深く寄せながら、ナシル達の隣で浴びるように酒を飲んでいる男達に視線を向けた。
「状況は理解したけれど……」
そう言いつつセルディは深い溜息を吐いてロサリアの方を見る。ロサリアは店主の男性から注がれるお酒を表情一つ変えることなく延々と飲み続けている。
視線が一瞬だけこちらに向いたのでセルディ達がいることは気付いているようだ。
お酒が注がれていく速さは先程と変わりないが、男達の一人がとうとう飲むことが出来なくなったのかグラスを置いて机に臥せった。
「おい、寝るんじゃねぇ!!」
大柄の男が怒鳴り散らすも、気分が悪いのかそれともすっかり寝ているのか反応はない。
「……3対3」
男に聞こえるような声でぼそりとロサリアが呟いた。
「うるせぇ! 最後までどうなるか分からねぇだろうが!」
大柄の男がすぐに反論するように吠えた。
「……酒が不味くなるな」
男に聞こえないように呟いたのはナシルだ。やはり、度数が高いお酒を飲んでいるため、先程と比べると少し目が据わってきている。
「んー……」
女性陣の方で先に潰れたのはブレアの方だった。持っているグラスを一気に喉に流し込んだあと、そのまま椅子に背中をもたれさせて深い息を吐く。
「あー……。飲み歩いた酒がまだ残っていたかぁー……」
独り言のようにそう呟いているが、それもそうだろうとアイリスとユアンは頷いた。その後、ブレアは手をひらひらとさせながら、後は頼んだと言わんばかりに寝始める。
これで状況は3対2だ。
「ロサリア……」
不安そうにセルディがロサリアを見つめている。
「あー……俺、水でも用意しておこうかな」
ミカは溜息を吐きつつ、給仕の人に水の用意を頼みに行った。やはり、よくナシルが酔いつぶれるのでその辺りの手際は慣れているのだろう。
「うっ……」
ナシルが頭を抱えつつ、青い表情で空になったグラスを置いた。
「もう、無理……。ロサリア、あとは頼んだぞ……」
「はい」
ロサリアはナシルの方をちらりと見つつも、無表情のままで酒を飲んでいく。
「はい、ナシル。……ゆっくり飲むんだよ」
「おぉ? あぁ、ミカかー……。すまないな……」
ミカによって用意された水を飲んだナシルはブレア同様に椅子にもたれかかって、寝始める。
「……どうやら姉ちゃん以外は潰れたようだな」
にやりと大柄の男が嫌な笑い方をした。
「私が残れば問題ない」
だが男の言葉を特に気にすることなくロサリアは捨て去るようにそう言い放つ。
「……でも、そろそろ飽きた」
グラスを空にしたロサリアが顔を上げて、セルディを真っすぐと見る。
「セルディ。お酒に合う辛いおつまみ、作って」
「えっ?」
突然、名前を呼ばれたセルディは驚いたように目を見開きつつも何とか頷く。そして、調理場を借りるために店主に掛け合い始めた。
「……食い物まで腹におさめたら、酒が入らなくなるってのに随分と余裕じゃねぇか」
恨みがましい瞳でロサリアを睨んでいるが、ロサリアはその言葉を無視して次に注がれたお酒を飲んでいく。
しかし、次の瞬間、男の仲間二人が同時に椅子から転げ落ちていった。
その中にはナシルの財布を盗もうとした男も含まれており、顔を真っ赤にしつつ、唸るような声で気分が悪いと言っている。
間を置くことなく飲み続ければ、そうなるのは目に見えていたことだ。
「結局、1対1の勝負になったな……」
「これだと、どちらかが酔いつぶれるまでになるでしょうね……」
レイクが唾を飲み込みながらロサリアを心配そうに見ている。ユアンも自分の両手を握りしめるようにしながらこの勝負の行く末を見守っていた。
「――はい、簡単なものだけれど出来たよ」
そこへセルディがロサリア希望の辛い料理を運んでくる。ロサリアの前に置かれた料理は野菜を簡単に炒めたもののようだが、香辛料によって赤く染まっていた。
「っ……」
香辛料によって染められた料理の異常な赤さに対して、さすがに驚いたのか大柄の男の目が一瞬だけ見開かれる。
「いただきます」
ロサリアはフォークを片手に持って、お酒を飲みつつセルディが作った激辛料理を食べ始める。
「……セルディ先輩、激辛の料理も作れるんですね」
「たまにロサリアに頼まれるんだ。……味見はしないけどね」
確かに目に見えて分かる程の辛さを持っているあの料理を作り手が自ら食べるとなれば、相当の覚悟が必要だろう。
「ロサリアは最初だけ、お酒の味を楽しめるらしいけど、飲み続けると水みたいに思えてくるらしいんだ。それはそれで身体が大丈夫か心配だけれどね」
だからお酒のつまみに激辛を食べて味を飽きないようにしているのかと納得しかけたが、やはりあの量のお酒を平然として胃袋におさめていくのは恐ろしいという言葉以外に表現が分からない。
しかし、激辛の料理のおかげなのかロサリアがお酒を飲む速さが先程よりも少し早くなったように思える。
その姿に焦りを見せ始めたのが大柄の男の方だった。
飲む酒の量が増えていくたびに、男がグラスを傾ける時間が短くなっている気がする。頬も先程と比べれば、少し赤らんでいるように見えた。
「…………」
ロサリアはそんな男を煽るように料理を片手間に食べながら、お酒を飲んでいく。
周りを囲むようにしながら様子を窺っている他の客達もそわそわと二人になった飲み比べの行く末を気にしているようだ。
「……そろそろ決まりそうだな」
隣に立っているクロイドが目を細めてそう言った。




