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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
安らぎの暇編
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介抱


「ん……」


 何だか身体に気だるさを感じたアイリスは顔に当たる柔らかな風を感じて目を開いた。最初に目に入った天井が借りている部屋だとすぐに気付く。


 どうやら自分はベッドの上に寝かされているらしいが、それは上半身だけで膝下はベッドの外へと出されている。


 身体は熱いのに何故か首元と足がとても冷たい気がして身じろいだ。


「……気が付いたか」


 すぐ隣で安堵したように声が聞こえてアイリスはその声の主を見る。まだ頭がぼうっとしているのかその顔を認識するのに時間がかかってしまった。


「……クロイド?」


 名前を呼ぶと彼は軽く頷いてくれた。


 よく見るとその手には紙製の団扇のようなものが握られており、それがゆらゆらとこちらに向けて揺らされていた。

 その風によって自分は目が覚めたらしい。


「大丈夫か? とりあえず、水を貰ってきたから飲むといい」


「……ありがとう」


 少しだけ上半身を抱え起こされて、カップに入れられた水をゆっくりと口へと含んでいく。


 冷たい水が火照ってしまった身体を内側から優しく冷やしてくれるような気がして、アイリスはほっと息を吐いた。

 水を飲んだ後はクロイドの手によってもう一度、横たえられる。


 自分が温泉に浸かっていたことまでは覚えている。だがその後の記憶が曖昧過ぎて思い出せないでいた。


「……温泉でのぼせるなんて、子どもみたいだわ」


 顔を顰めながらそういうとクロイドは小さく苦笑した。


「肩までお湯に浸かることなんてほとんどなかったなら、仕方ないんじゃないか?」


「……それは先輩達も同じだもの。自己管理が出来ていない証拠だわ」


 つい悔しさと申し訳なさで表情を歪めるとクロイドの手が自分の額へと温度を測るように添えられた。


「先輩達もそれ程気にしていないようだったぞ。むしろユアン先輩は後輩の世話を焼けて楽しそうにしていたし」


「……でも迷惑をかけたのは事実よ。今だってあなたにこうやって介抱されているじゃない」


 先程よりも少し楽になった気がするのは彼のおかげだろう。アイリスは手の先をゆっくりと動かしつつ、手の感触を確認した。


「……もし俺が倒れたらアイリスだって介抱するだろう?」


「それはもちろんよ」


「その時、迷惑だなんて思うか?」


「思わないわ。早く良くなるようにって……」


 自分で言葉を紡いでいて、クロイドが何を言いたいのかに気付いたアイリスはすぐに続きを言うことを止めた。


 ちらりと見上げるとクロイドが微笑を浮かべている。


「まぁ、つまりはそういうことだ。だからそんなに気にしなくていいし、素直に世話を焼かれてくれると助かる」


「……あとで先輩達にお礼を言わなきゃいけないわね」


 ふっと息を吐いて天井を見る。よく見ると服も着替えられていた。クロイドが言っていたようにユアンによって着替えさせられたのだろう。


「……さっき、先輩達に呪いの話をしたんだ」


 唐突にクロイドがそう言った。彼の手は止まることなく団扇を仰ぎ続けているが、その瞳はどこを見ているのか分からない。


「魔犬の呪いとは言っていないが呪いの事を話すのは少し……緊張したな」


「…………」


「それでも俺のことを理解しようって話を聞いてくれたのが凄く嬉しかったんだ」


 ふっと顔を上げたクロイドの表情は晴れていた。


「……良かったわ。あなたがそうやって誰かに話せるようになって」


 アイリスはふっと笑みを浮かべる。


「あなたの呪いは誰かに言いふらしていいものじゃないもの。それでも……あなただけの心に留めて置くには大きすぎるわ」


「だが、俺は君と出会ってからこの呪いをそれほど恨まなくなったんだ。自分のことを好きでいてもいいんだって思えるようになったから……」


 アイリスへと風を送っていた団扇の動きがゆっくりと止まった。


「だから、この呪いのことを……。自分を信用してくれる人になら話しても良いって思えるようになったんだ」


「クロイド……」


 ゆっくりとクロイドに向けて伸ばした手は彼の右手によって優しく包まれる。


 団扇はベッドの上へと置かれ、クロイドの左手がそっとアイリスの右頬へと添えられた。


 頬が熱く感じるのは自分の身体がまだ火照っているからか、それともクロイドの手の温度のせいか。

 熱っぽさを含めたクロイドの瞳が揺らいだように見えた。



 少しずつ、彼の顔が近づいてくる。あと30センチ程まで狭まった時だ。



「――クロイド君、アイリスちゃんの様子はどうかしら」


 扉の向こう側からユアンの声とともに扉をノックする音が聞こえたため、クロイドはすぐさまアイリスから距離を取った。


 お互いに気まずい表情をしつつもクロイドは椅子から立ち上がり、扉の方へと身体を向ける。


「はい、大丈夫です。目も覚めました」


 クロイドが答えると扉がゆっくりと開かれる。片手で水桶を持ったユアンが首をこちらに伸ばしながら部屋へと入って来た。


「良かった~。うん、さっきよりも顔色は良いみたい。クロイド君の介抱のおかげね~」


 アイリスの顔色を窺いつつユアンは満足気に何度も頷いた。


「あのユアン先輩……。私がのぼせてしまったせいでご迷惑を……」


 寝ていた身体を起こそうとするとユアンは片手でそれを制した。


「あらあら、気にしなくていいのよ~。誰にだってあることだもの。……それにアイリスちゃんの可愛い顔も見られたし。ね、クロイド君」


「……どうして俺に振るんですか」


 クロイドは気まずいのか顔をこちらから逸らしてしまう。


「だって、そうでしょう? アイリスちゃんのことを一番心配しているのはクロイド君だもの」


 にこりと有無を言わせぬ笑みにクロイドはたじろいでいるようだ。


「あ、替えの水を置いておくわね。もう少し身体を休めてから起きるといいわ。それじゃあ、クロイド君。アイリスちゃんの介抱の続きを宜しくね~」


 水の入った木桶をベッド下の脇へと置いてから、颯爽とユアンは部屋から出て行った。

 

 扉が閉められ、再び二人きりになった空間は先程と違いどこか気恥ずかしさで満ちているようだった。


「……それで介抱の続きをユアン先輩に頼まれたわけだが」


 くるりとクロイドがこちらに振り向いて、再び椅子へと座る。しかし、表情はどこか悪戯っぽいものへと変わっている気がした。


 クロイドの左手が自分の右頬へとすっと添えられる。その目は細められているがアイリスだけを捉えていた。


「続き、するか?」


「っ……」


 触れられている頬だけでなく身体全体がのぼせた時よりも一気に熱くなった気がして、アイリスは小さくクロイドを睨んだ。


「しないわよ、ばかっ……」


 そう答えつつ、自分の頭の下に敷いてあった枕を引っこ抜いた。

 枕を両手で持って顔を隠すと頭上から楽しげな笑い声が聞こえたため、恐らく先程の言葉が冗談によるものだと思われる。


 冗談でも本気でもどちらにしても熱を感じてしまうのだから仕方がない。どうやら自分の身体はまだ熱を冷ましきれていないようだ。


「すまない。つい、反応が可愛らしくて」


「……もうっ」


 だが、本気で怒っているわけでも、たしなめているわけでもない。お互いに戯れだと分かっているからこその言葉だと知っている。


 笑みを零しているクロイドをちらりと見つつ、その笑みに対してアイリスも微苦笑をそっと返していた。



   


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